カクカク・快刀乱麻・神発言
カクカクと空をせわしなく駆け回り、夜の帳を引き剥がしていくヘリオスを見ながら、オリンポスの頂上の寝所で、ゼウスは伸びをした。
「大変だ、弟よ」
黒い霧を伴いながらゼウスの傍を訪れたのは、冥界の王。
「どうした、またケルベロスの餌代をせがみに来たか。近頃の現世は死人が少ないからな」
「それどころじゃない。これを見てくれ」
ハデスの取り出した鏡は現世の一部を映し出す。白い髭を蓄えた恰幅の良い老人が、周囲を取り囲む人々に向かって、しきりに何かを説いている。
「ソクラテスという名だ。『精霊に誓って』『ゼウスに誓って』なぞと言っているが、やっていることは、死後の世界、延いては現世を超越した世界の存在を否定しかねないことだ。人々の信仰に支えられている我々としては、このことは一大事だぞ。しかもだ、これが最初ではない。我々が気づく前からタレスやアナクシメネスなぞというような輩が神を差し置いて、この世界の根源を探し始めている」
ペガサスの馬刺しを食べていたゼウスもさすがに神妙な顔つきをして、
「それほど慢性的な物なら一度や二度雷を放っても治るまい。決定的な策は思いつかないが、その営みを鈍らせることはできるやもしれん。そうだ、諸々の神に頼んでその営みを行う者にとてつもない苦悩を背負わせてはどうか。うむ、まさしく妙案、快刀乱麻の神発言だ。なあ、兄者」
「その言葉が使われるのは二千年後だぞ、弟よ」
ヘラクレスの一件がぶり返したのか、捨て台詞を吐きながらハデスは下がる。ゼウスの提案はそれからすぐ実行に移され、人類の歴史に一つ病の種が増えた。
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