首・骨・指
「ひどい砂だ。大層遠くまで来ちまった。なあ」
首は答えない。男の声に頷くように、視界を塞ぐ砂の風に揺られている。
「始めからやばいとは思ってたんだが、ここまで悪路だとは思わなかった。八方塞がりだ。まあ、今はどこも同じか」
首は答えない。腰に一緒に下げられた端末は既に雑音しか出さなくなっている。気候の変動で人との出会いが稀になった今では、その存在自体が、人とのつながりを表す象徴として、男の孤独を癒す呪物になっている。首は、その呪物に自分の地位が脅かされるのではないかと心配し、嫉妬の眼差しを送っているようにも見えた。
「専用の乗り物でもあるといいんだが。最後の金はお前に使っちまったからな」
首は答えない。急に強くなった風の勢いを受けて、男の腿に装備された甲にぶつかり、虚ろな音を響かせた。
「悪い、悪い。どの道、最後に金が使えたのはあの街しかなかったんだ。それにしても、お前が死んだ直後にあの店のある場所に辿り着いたのは、単なる偶然とは思えないな。店で用を済ませた後、すぐに街が燃えちまったことを考えると、なおさらだ」
首は答えない。ますます消耗していく男の声を聞き分けようとするかのように揺れている。風の勢いはさらに大きくなり、指を動かすだけで風音が変化するのを感じ取れるようになった。首は、男がその武骨な指で奏する風の音楽に、砂と疲労にかき消された男の声を求めて、耳を傾けているようでもあった。
「象の墓場ってのがあるだろ。自分の死期を悟った象が赴くってやつ。進路を間違えた象の家族が行倒れになったというのが真相で、墓場なんてものはありはしないんだが、小さい頃の俺は信じてた。それで思ったわけよ。一番最初に死期を悟った象はどうやって墓を見つけたんだろうなって。終始移動しているんだから、悟った場所で死ねばいいのに、なんでわざわざ特定の場所を探し始めるんだろう。もしかすると、象が息絶えるはずの土地に予め何らかの力が備わっていて、その土地が象を呼んでいるんじゃないか。まあ餓鬼の妄想だな。なあ。なんでこんなこと想い出したんだろうな」
首は答えない。歩幅の縮まった男の歩みに眉一つ動かさず身を委ねている。周りを取り巻く砂は、煽りをさらに受けて、大きく揺らぎ、作られては消える形象が、継がれることのない神話を描いた。
「万が一、万が一だ。象の墓場ってのが本当のことだとすると、自然は予め俺たちに墓場を用意してくれているのかもしれないな」
首は答えない。一瞬砂が晴れ、剥き出しになった景色に男と一緒に臨んでいる。まるで花園のように散らばる、人を含めたありとあらゆる動物の骨。倒れた男の体を砂は柔らかく受け止め、風が骸を周りから覆い隠す。樹脂に覆われ、腐蝕を忘れた首は、男のそばに、愛おしそうに転がった。
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