餅・月・重責

 予告を受けてからの本部の対応は迅速そのものだった。少なくともこの町では未だ前例のないケースであったので、重責を負った司令部はさぞ緊張を感じていることだろう。倉庫は目一杯開け放たれ、装甲服、麻酔銃、果てはとりもちに至るまで、あらゆる道具が各員の手に行き渡った。なので、予告時刻から一時間を切るまで、対象となった建物の前では、道具をがちゃつかせる音が止まなかった。時刻が近づき、暗闇に目が慣れてきた頃、空にかかっていた雲がゆっくりと晴れていく。

 魔法というのは、ある現象をそれ以上明快に記述することができないと分かった時、記述側によってしぶしぶ添えられる修辞の類に過ぎない。「魔法を用いた」説明の裏側には、必ず科学的な原理や法則といったものが存在する。そうであるから、ある現象が魔法とまだ呼ばれている時にいち早くその現象の原理を手にすることができれば、手に入れた者は大きな権力を握ることができる。また、発見された原理はしばしば拡張が可能だ。

 吹きすさぶ風によってヴェールを脱がされた天体は、ついにその柔らかな光を、古今東西の美術品を蔵した館に投げかける。館はガラス窓でその光を吸収し、その内部に織り込まれた様々な構造に向けて反射させていく。

 何も人間である必要はなく、猫でもゼラニウムでも、果ては無生物でも良かったのだ。なぜ人々の間で狼になるのが、人間だけとされてきたのかといえば、それは人間が一番人目につきやすい動物であったからに他ならない。一度人間から狼への変化の過程を記述してしまえば、無生物への応用は容易い。後はサーカス団などでお馴染みの肉食獣を手なずける技術さえ習得すれば、宝を文字通り群れさせて逃亡する怪盗が誕生する。

 月が出てから一分と経たない内に、館内を獣の遠吠えが満たした。各員は、自分の獲物を持ち直して、館の入口に迫ってくる数百の獣の足音を待ち構えている。

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