【ライセンス!】第102話:五人目と枢機卿 2
「何のためかも分からないし、今更戻したところで遅いだろうけど――っと」
ぴろろん♪
シグマは急に鳴り出した電話に驚き液晶に表示された登録されていない番号に不審に思いながら受話して端末を耳に当てた。
『よぅ。シグマ』
「おっと……ついでにっと」
ぽちぽちと、シグマは電話越しの相手を嫌そうにしながらも、何度か操作して再度液晶画面を二人の前にスライドさせた。
二人に邪魔されても困るし、聞こえた声から、一筋縄では行かない相手だったからだ。
「……なんで俺の連絡先を知っている」
『そりゃあ知ってるだろ。俺はハードボイルドだからな』
「人を追いかけ回して。ハードボイルド(変態)の間違いだろ」
何の自信かはわからないが、知っているのは当たり前のようで。
「で、何の用だ。今は少し込み入っていてな」
『ああ、多分それに関係しているぞ』
「……流石情報屋と言えばいいか? 白木」
電話の相手、<情報組合>ギルド『
「何か掴んだのか?」
『ああ、実は――ん? なんだ? トモ――お、おい? なにを――』
自信ありげに話し始めて電話先で焦りだすハードボイルド(笑)はがたがたと物音をたてる。
『ま、まて! 今話し中だ! あぁぁ! シグマ! よく聞けっ!』
「いや、なにをだよ」
『『疾の主』はもう死んでいる! よって、俺が主を継ぐことに――』
電話は最後に、白木の『まて、落ち着け! そこでぽろりはないぞ!』と言う言葉とともに、ぶつんっと音を立てて切れた。
「……な、なんだ?」
とてつもなく重要なことを言って電話が切れ、声が聞こえなくなると、周りの声がよく聞こえだす。
「ん~。つまりは、片方が冬で、片方が今回の悪者で?」
『改竄した情報を作り――いえ、実際に行った可能性が高いですね。その悪名名高い記録は権限により私に気づかれず。ただし、情報だけは更新されていく……』
枢機卿が一旦言葉を止めると、『私より高い権限を使って……』と、怒りの表情を浮かべていまだ嫌そうな顔をしながら電話をしているシグマを睨む。
「ほー。それで、今日、その情報を公開した?」
……よし、話に戻るタイミングがない。
シグマは、まだ電話をしているフリをしてタイミングを図る。
『いえ。恐らくは。自身の情報と、冬の情報をひっくり返したのでしょう。その結果、出来上がるのは』
「悪名しかないラムダの出来上がりー」
『コピーアンドペーストの要領で簡単に書き換えられますからね。電子上の情報など。今回は特に、権限が高いからこそ誰にも気づかずに行われたのでしょう』
「す~ちゃんより権限が高いって、『主』くらいじゃない? 『疾の主』は知ってたのかなぁ?」
枢機卿は『主』とはいえ、自分より権限が高い人物がいたことにむすっとするが、あり得なくもない話であるとも思う。
ただ、枢機卿には、今回の件に『主』は絡んでいないようにも思えた。
『知っていたと言うより、今日、昇格式の時に『疾の主』が情報を初めて見て、その悪行に当たり前のように剥奪を決行といったとこ――』
……ここだっ!
「――それは、ちょいとおかしい話だが……分かった。助かる」
ぴっと。シグマは電話を切る(フリをする)と、大きくため息をついて煙草を吸い始めた。
『何かまた厄介ごとでも?』
灰皿が机にことっと置かれると、シグマは溜まった灰を落とす。
「んーむ。どこかでずれてるのか、それか、どこか抜けているのかって話だな」
シグマはぽりぽりと頭を掻きながら、ほわほわと煙の輪っかを作りながら考えを纏めていく。
「白木からなんだが……」
嫌な顔をしながらシグマが話していた相手が誰か聞いて、二人は納得した。
先日追いかけ回された相手からの連絡であればさぞかし嫌だっただろうと、シグマの隣でにやにやと溜飲が下がる枢機卿ではあるが、次の一言で動きを止めてしまう。
「『疾の主』。……数日前に死んでるってよ」
さらっと。
シグマは、四院の一人が死亡していることを言った。
「まあ、確かに。言われてみたら用意周到の情報の塊みたいな主が、こんな馬鹿げたことはしなさそうだからな。別人がやったと考える方が妥当ではあるか」
『……は?』
一呼吸置いて、四院死亡という情報にフリーズしていた枢機卿は言葉を絞り出した。
「えーっと?……あれぇ?」
「いや、あいつは……暇だったり自分の利益になる場合は見境ないから、やりかねない、か? でも、人を陥れるようなことは……」
『そんな考察より、四院が死亡していることがまずいですよ』
枢機卿はそう叫ぶように言うと、立ち上がった。
『拮抗が崩れているではないですか! 四院は各能力であらゆる人為的厄災を抑えていた存在ですよ……っ』
あまりにも重要なことに、枢機卿は誰よりも『主』に近づく二人が、本質を理解しているのか問おうとした。
「あー……まあ、そこはそこまで気にしてないな。特に『疾』については、だが」
『主』には、役目がある。
『焔』は圧倒的な『個』の力で人を恐怖で抑制し。
『流』は許可証協会の『量』の力で世界を安定させ。
『疾』は『情報』の掌握で世界を把握、調整。
『縛』は『研究』の成果で世界に安寧をもたらす。
その中で、裏世界、引いては表世界への情報統括をしていた代表が死んでいたと言うのだ。
驚かない方が無理ではない。
「『縛』も行方が分からないと言う――」
「いや、それこそ機密だからな? 『縛』も世界樹に今もいるってことにしているだろうに。……『疾』は白木が引き継ぐそうだ」
『出来れば『ミドルラビット』の香月美保様になって欲しいところです』
「いや、適任だろ。俺は嬉しくはないが、公平ではある。ただし、奴が代わりを継いでも、今の『ラムダ』を何とかはできないだろうが、な」
シグマは吸いかけの煙草を灰皿に捨て、液晶画面に触れる。
「やっぱ、やるしかないかね」
「んー? やるのはいいけど、はるはこれからどうするの?」
「俺はここで骨董品売るけど?」
『金にもならないのにですか』
「ほっとけ。十分稼いだし売れなくても一生暮らせるからな」
くるりと、椅子を回転させて二人を見る。
「じゃあ後は冬の方ね。はる。冬はまだ大丈夫そうなの?」
「ああ。もうすぐこちらに抜け出せるようだぞ」
『ならば、すぐに迎えにいきますね』
すくりと立ち上がる二人のうちの一人に。
「お前の方は動けそうなのか? 枢機卿」
シグマは、目の前にいる、彼女へ声をかけた。
そこにいるのは――
『ええ。ある程度掌握はできてますよ』
――鮮やかな青い髪をギブソンタックに整えた女性だ。
「……やはり凄いな。普通の人に見えるぞ」
『凄いのはこれを作られた方ですよ。おかげで自由に動けますし、このように衣服で間接部を隠せば人そのものですから』
濃緑を基調とした服に隠れた細部は、人口筋肉の中に最薄高密ケーブルが所狭しと動作の度にのたうつ。
そこに立つのは、人を精巧に模した、<機械>だ。
『気になるところは、『鎖姫』をモデルとしているところですか』
くすりと笑うそのメイドは、妖艶な笑みも鎖姫そっくりで。
「量産型、なんだろ?」
『らしいですね。昔の『鎖姫』を再現したそうですが、昔を知らないのでなんとも。ただ、このような素晴らしいものを頂けたのは行幸です。製作者には一度お会いして、お礼を言わないといけませんね』
そう言うと、
『では。また後ほどに』
「次は冬と一緒にね、す~ちゃん」
その、鎖姫を模したメイド――枢機卿は、雪に丁寧にお辞儀をして、その場を去っていった。
二人きりになった部屋で、雪はシグマに覆い被さるように抱きつくと、
「でー? ほんとにやるのねー?」
今から冬を救うために行う作業の再確認をシグマに行った。
「ああ。……ていうか、もうやったけど」
「はやっ!」
「いや、同じことやっただけだぞ?」
「同じこと?」
「そっくりそのまま、上書きしただけだ」
液晶画面を指差し、『春』は感慨深くその名前をなぞりながら起こした結果を雪に伝えた。
「『ラムダ』に、『シグマ』をな」
――――――――――
ここで、一話目の伏線回収です(^-^)
白木が、四院の一つ、『疾の主』になるという、どれだけ食い込んできているのかと思うくらい入り込んでいます(笑
――――――――――
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