第1742話「泥濘を抜けて」
脱水乾燥によってスイートシェードが結晶化し、肥沃のヌロゥも動けなくなった。それから程なくしてレティたちが駆けつけてきて、俺たちも保護された。
「何やってるんですか、レッジさん! こんなになるまで放っておくなんて!」
「今すぐお医者さんに連れてくからね!」
レティとラクトにステレオで叱られながら、シフォンが呼んできた医師によって機体の修復が進められる。テントの外では猛獣侵攻も発生していたようで、トーカたちはその残党狩りを行っていた。
『まさしく身から出た錆やねぇ』
『もうしばらくこのままでいいんじゃねぇか?』
『がが、ぎっぎっ!』
ウェイドはウェイドで、救援要請を受けてやってきたキヨウとサカオから辛辣な言葉を浴びている。全身の血管にスイートシェードの結晶を詰まらせて動くこともできない彼女には、いい薬になることだろう。
ナットも〈ダマスカス組合〉の同僚たちと合流を果たし、あちこちで被害状況の確認と、プラント再建に向けた話が進められているようだった。
「あ、レッジ。ヌロゥが逃げてくわよ」
「おお。もう回復したのか……」
現場が忙しくしている間に、満身創痍のヌロゥも動ける程度に回復した。彼はすっかり縮んでしまった身体を震わせると、水浸しでぬかるんだ地面にもぞもぞと潜り込んでいった。再び地中の深いところへ戻り、そこでしっかりと体を休めるのだろう。
成り行きとはいえ巻き込んでしまったことに少し罪悪感もある。いつか、埋め合わせができればいいんだが。
『パパ、いっぱい食べて元気になってね!』
「おお、ミートたちもありがとうな。……気持ちだけ受けとっとくよ」
活躍したのはレティたちだけではない。隔離施設から飛び出してきたミートたちもまた、猛獣侵攻の鎮圧に一役買ってくれた。彼女は心ゆくまで食べ放題を楽しんだようで、俺に巨大な陸棲鰻の頭を差し入れてくれた。
「どうなってんだよ、おっさんの身体……。このパーツ量は物理的に入らないだろ……」
「増設部品はとりあえず無視してもらっていいぞ。どうせ後でネヴァの所にもいくからな」
治療と修理をしてくれている技師のプレイヤーが、俺の背中を開いて難解な顔をしている。増設に増設を重ねた機体はオリジナルから遠くかけ離れており、本格的なメンテナンスはネヴァでなければ行えない。
"叢雨"の件もあるし、後で彼女の下へ向かう必要はあった。
「ネヴァ……?」
とりあえず半身の仮止めだけを処置してもらっていると、背後から声がした。首だけで振り返ると、ずいぶんと萎れた様子のペンが立っている。彼女はメガネの奥の瞳に驚きの色を滲ませていた。
「ペンも知ってるのか? 俺の友人だ」
「知ってるも何も、この装備は全部ネヴァの作品ですよ。……そういうことでしたか」
何やら一人で納得するペン。それよりも俺は、ネヴァが彼女に全身の装備一式を作ったことのほうが意外だが……。なるほど、ネヴァが言っていた新人とはペンのことだったのか。
「あ、あの……レッジ……さん」
ようやく辻褄が合ってすっきりとしていると、ペンがおずおずとこちらの様子を窺ってくる。何やら、本当にしおらしい。
「こ、この度は大変なご迷惑を……。皆さんのプレイ体験の向上こそが私の使命だというのに……」
深々とした謝罪。
彼女もテントの周囲に広がる惨状を目の当たりにして、事の重大さを思い知ったのだろう。豊かな植生が薙ぎ倒され、泥濘が広がっている。猛獣侵攻はおさまったものの、この辺りが回復するまでは今しばらく時間が必要だ。
「状況が解決に向かい次第、私はデリートして……」
「何言ってるんだ?」
深刻な表情で俯くペンにきょとんとする。
「ペンはただ、エナドリ飲んでハッピーになってただけだろ。エナドリを作ったのは俺で、プラントを建てたのは組合だ。ついでに欲に目が眩んで叛逆したのはウェイドだしな」
「し、しかしその原因は……」
「そんなんでわざわざ引責辞任してたら、俺は今頃影も形もなくなってるだろ」
責任を取るというのなら、それは引退することじゃない。
そんなことはきっと、彼女の本体も望んでいないだろう。
「神の視点で見下ろすことも大事だが、こうして同じ目線で遊ぶのも楽しいもんだろ。まだまだオノコロ島も出ていないんだ。もっと楽しいことがたくさんある」
ペンはぱちくりと瞬きし、少し遅れて大きく口を開く。
「で、ですが――!」
なおも反論しようとするペンの肩に手を置く。
けじめを付けるのも大事だが、調査開拓団規則で許された範囲内で遊んでいたことは事実なのだから、最終的な管理責任は管理者や指揮官に押し付ければいいのだ。たとえリアルでどのような力を持っていても、今ここにいるペンライトという調査開拓員は、ただの一般プレイヤーなのだから。
「実は、新しいエナドリも考えてるんだ。いくつかサンプルも用意しようと思ってるんだが……」
「うぐ、し、仕方ないですね……」
そっと囁くと、それが最後の決め手になったらしい。ペンは満更でもなさそうな表情をする。
それでいい。惑星イザナミでは、誰もしがらみなどないのだから。
「レッジさーん、やっぱりご飯を食べて体力を――って誰ですかその人!? あっ、今回のテロの首謀者ですね!」
「おわああっ!? レティ、あんまり暴れるな!」
大皿に山盛りの料理を載せてやって来たレティが目を吊り上げる。
こっちは重傷なのだから、あまり刺激しないでほしい。
「ペン、ネヴァにもよろしく言っといてくれ」
「わ、分かりました!」
「待ちなさーい!」
ハンマーを取り出して振りかぶるレティを抑え、ペンが逃げるのを支援する。黒髪の少女は軽快に駆け出し、泥濘の中を走り去っていった。
━━━━━
[T-3:〈鎧魚の瀑布〉の調査開拓員叛逆行為、および猛獣侵攻は沈静化しました]
[T-3:しかし、未確認の原生生物に関する情報が明らかになりました]
[T-3:"肥沃のヌロゥ"に関する情報を開示してください]
[T-2:情報開示要請を確認。――検索結果、該当なし]
[T-3:〈タカマガハラ〉データベース、〈オモイカネ記録保管庫〉復旧データ、全て該当なしという結果です]
[T-3:T-1、応答しなさい]
[T-2:T-1へ要請。神秘の末裔に関する情報を開示してください]
[Link Dead]
━━━━━
◇神秘の末裔
[情報は存在しません]
[情報保全検閲システムISCSによる通知]
[当該情報は確認されませんでした。情報の実在性を検証してください]
[当該情報を検索する行為は、調査開拓団規則第六六六条第一項に抵触します]
[ユーザー名"眠る男"を削除しました]
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます