第1740話「怨讐の彼方へ」

 管理者機体というものは、俺たち調査開拓員プレイヤーが用いる調査開拓用機械人形とは様々な面で異なる。顕著な例はその高い耐久性で、調査開拓員ならば耐えられないようなダメージも無効化してしまう。それには通常の機体フレームには使用されていない希少な高耐久金属が採用されていることなどが理由として挙げられるのだが、それだけでは説明がつかない。なぜなら同じ爆撃を受けたとて、彼女たちはスキンすら剥げないのだ。

 ウェイドたち管理者が絶対的な防御力を持っているもう一つの理由、それは管理者機体にのみ搭載された特別な炉心――機体の駆動エネルギーを供給する重要パーツでもある八尺瓊勾玉である。管理者機体に搭載された八尺瓊勾玉は特別で、凄まじいエネルギー生産量を誇る。ウェイドなどは、それを金科玉条の如く掲げて砂糖爆食いの免罪符としているわけだが……。

 とにかく、管理者機体はその潤沢な LP供給を前提として、常に防御アーツによる障壁を展開している。これが絶対的な耐久力のからくりだった。


『何を言ってるんですかあなたは!? そんなこと、できるわけないでしょう!』

「まあまあ。こんなこともあろうかと、こっちは色々とアタッチメントを用意してきたんだ。ほら、 LPケーブル」

『ほああああっ!?』


 俺の胸にしがみ付いているウェイドのうなじの辺りを探り、そこに埋め込まれているポートを見つける。インベントリから取り出したるは、機体の LPベッセルと接続可能な特殊ケーブルだ。それをガチャリと繋げれば――。


『こ、この……っ! ほぎゃっ、私の LPが!?』

「ふははっ! いくらでも力が湧いてくるじゃないか。いいぞ、凄まじいな、この全能感!」


 管理者機体の特別な八尺瓊勾玉が産み出す莫大な LPを、俺のものにすることができる。もちろん、管理者機体と通常の調査開拓用機械人形の接続はデフォルトで想定されているはずもないので、 LPケーブルには色々と認証システムをゴニョゴニョする感じのプログラムも仕込まれているのだが……。そのあたりはまあ些事である。

 さらに言えば、ウェイドの機体は省力モジュール〈クシナダ〉による効率化が図られている。それも LPケーブルを用いて共有したところ、全消費 LP20%削減という非常に強力なバフとなって現れた。

 ウェイドが何か悲鳴をあげているが、ちゃんと副作用はないように設計しているはずだから問題はないだろう。


「というか、ウェイドは随分と LP最大貯蓄量が多いな?」

『当然です。大量の砂糖もきちんと使ってこそ最大限に味わえるというもの。これまでの摂食エネルギーは全て LPに変換して保持していますからね』

「どんだけ溜め込んでるんだよ……」


 NPWとやら何やら、〈黄濁の冥海〉を攻略する際の携行食として開発された超高カロリー食も爆食いしていたからな。一生あっても使いきれないようなエネルギーが溜め込まれている。

 これでも、生太刀の発動などでかなり減らしたところなのだろう。


『というか何をさらっと管理者機体をハックしてるんですか! ケーブルを切りなさい!』

「せっかく作ってもらったんだ。勿体無いだろ。それに、これならウェイドを守りながら戦えるんだ」

『ぬわあああっ!?』


 ウェイドはすっかり忘れていたようだが、今はヌロゥとの戦いの真っ最中だ。俺の LPが枯渇すれば、ウェイドも一緒に濁流に沈むことになる。高耐久機体とはいえ、ガラクタと一緒にシェイクされるのは嫌だろう。


『わ、分かりました。私の LPはくれてやりますよ。その代わり何があっても私を守りなさい!』


 俺の体にしがみつき、ウェイドが啖呵を切る。勇ましいが、もうちょっと助太刀を表明してくれてもいいんだぞ。


「分かったよ。ウェイドが側を離れない限り、俺が守ってやる」


 エイミーほど頼りになるわけではないが、精一杯頑張らせてもらおう。


『キュィイイイイイイイイイイッ!!!』


 ヌロゥが身体を膨らませ、体表のラインを激しく輝かせる。なかなか止まらない俺に苛立ちが隠せていない。


「こっちとしては大人しくしててくれたら文句もないんだけどな。――風牙流、四の技、『疾風牙』!」


 効果は薄いと知りつつも『疾風牙』を繰り出す。続いて『飆』、更に『谺』と連続。六本のサブアームで握った三組の槍とナイフも合わせ、四連撃を三回だ。より正確に言うなら、『谺』は二連攻撃だから四連撃を四回か?

 まあどうでもいい。

 湧き上がる LPは実質使いたい放題。それどころか、普段の最大 LPを超えても問題がない。調査開拓員にとっては夢のようなフィーバータイムだ。


「吹き渡る風は螺旋を描き、遥かなる空を渦巻く龍は巡り巡れ――〈嵐綾〉」


 突風が俺の周囲を吹き巡る。

 濁流を巻き上げるようにして風がすさび、ウェイドの銀髪が舞い上がった。

 嵐の渦中に立ちあがる。目の前のヌロゥが緑の輝きを強めていた。そのぬらりとした扁平の身体が横一線にぱかりと開く。


『キュィ、ギ、ギィイイイイイッ!』


 ねっとりとした体液を垂れ流しながら、身体の大部分を占める巨大な口が大きく開く。その口腔で蠢いているのは細長いヒダだ。生々しい赤黒い内部を晒しながら、それは最大圧力を解き放つ。

 その日の最大瞬間風速。

 それを捉える。


「風牙流、八の技」


 空気を切り裂くようにして迫る超高圧の水流。金属どころか、管理者機体さえ危ういほどの殺意の槍だ。それを俺は、手にしたナイフで受け止める。


『レッジ!? 何を馬鹿な――!』


 ウェイドの驚愕が間近に聞こえる。

 俺の半身が吹きとび、機体の三割近くがえぐれた。

 あちこちでアラートが鳴り響き、千切れて露出した血管からブルーブラッドが流れ出す。だが、問題はない。猛烈な勢いで LPを減らしているが、ウェイドから潤沢に供給もされている。わずかな時間を稼ぐには、十分すぎる。


「――『神風吹』ッ!」


 最大 LPの壁が取っ払われたということは、受けるダメージの上限も青天井ということだ。

 そこで、最近習得した〈風牙流〉第八の技を行使する。

 手にした解体ナイフ。恩恵を受け取るための刃をもって代償を支払う。

 そして、握りしめた槍。恩に報いるための刃をもってそれを返す。

 我が身に受けた恩は情けに。我が身に受けた怨は讐撃に。

 祈り、奉り、豊穣を迎える。隣人にして天上のもの、古来より連綿とつながる神秘へのしきたり。


 突風が、その身に還る。


『キィイイァアアアアアアアッ!?』


 絶叫が耳朶を撃つ。

 流石に、この攻撃は身に染みたらしい。


『ちょ、ちょっとレッジ!? 大丈夫なんですか!? 全然ダメージが収まらないじゃないですか!』

「当たり前だろ、半分吹き飛んでるんだぞ」


 吹き飛んだヌロゥの姿を追いかける暇もなく、ウェイドが俺の両頬をわしと掴んだ。珍しく目を潤ませてこちらを見ている。体側に移して庇ったこともあり、彼女は無傷のようで安心した。


『 LPの供給が追いついてない……。このケーブル、容量が少なすぎますよ!』

「無茶言うな……。これでも結構頑張ってくれたんだ」


  LPの減少は止まらない。一気に最大 LPを遥かに超えるダメージを受けたせいで、それを補うことができていない。

 ウェイドはなんとか LPを渡そうとしてくるが、ケーブルそのものがネックになっている以上、どうすることもできないだろう。


『いくらなんでも趣味が悪いですよ! わ、私が実はスイートシェード全部食べちゃったことを怒ってるんですか!? 第二タンクまで空にしたのは謝ります。う、裏切ったのも申し訳ないと思ってますから!』


 ……そこまでの話は聞いてないな?


『〈マシラ保護隔離施設〉を使ったシュガーロンダリングで砂糖を密輸してたことも謝ります。レッジが育ててる砂糖の成る木をあえて見逃してるのも。あとは、えっと……』


 ……このまま黙ってたらどんどん余罪が出てきそうだな、コイツ。


「安心しろ、ウェイド」

『ふぇ……?』


 半分しか残っていない俺の胸に縋り付いていたウェイドの頭をそっと撫でる。

 気が付けば、 LPの減少は止まっていた。残りは3ポイントといったところ。かなりギリギリだったが、計算通りでもある。


『あ、あれ? 死んでない……?』

「特殊水密テント"叢雨"、完成だ」


 テントが完成すれば、そこから莫大な LP回復バフとダメージカットバフが得られる。俺の勝利条件はテントの完成まで時間を稼ぐことで、それさえできれば致命傷の400倍くらいのダメージを受けても持ち堪えることができる。

 周りを見渡せばプラントの瓦礫は全て再構成されていた。鋼鉄の巨大要塞は内部に大量の水を溜め込み、封じ込めている。

 その中に収容されたヌロゥもまた、外へ出ることは叶わない。


━━━━━

Tips

◇八の技『神風吹』

 風牙流、八の技。特定の条件下で被ダメージを増大して攻撃者へと返す。

"祈り、奉り、災禍を転ずる。隣人にして天上のもの。その権能に献納を。その身に受けた恩に報い、怨に讐する。"


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