第1739話「捨て身の特攻」

 タンクの外は濁流が渦巻いていた。テント"叢雨"の構築が進み、プラントの瓦礫が宙を舞っている。その異様な光景の中で巨大なヒルが暴れ回っていた。

 "肥沃のヌロゥ"。ペンが言うところの神秘の末裔。それは瑞々しく膨らんだ体に蛍光グリーンのラインを光らせ、細長い水流を吐き出している。高圧のウォーターカッターは鋼鉄製のプラントもズタズタに切り裂き、破壊し尽くそうとしていた。


「テントの完成まで12分。稼がせてもらうぞ」


 槍とナイフを握り、更に背中の副腕六本も最初から解放する。流石に水場で無敵になる相手に手加減する余裕はない。


『キ、キ、キュィイッ!』

「見つかったか!」


 軋むような声と共に捕捉される。瓦礫を蹴って跳躍した直後、水流が到達した。

 水飛沫すら皮膚を貫きそうなほどの勢いだ。直撃すれば負傷は免れないだろう。ひやりと背中を冷たくしながら、近くの瓦礫を足場にして移動する。


『ィイイイッ!』


 ウォーターカッターの持続時間はかなり長い。大量の水を瞬間的に吐き出しながらも延々と追尾してくる。


「風牙流、四の技、『疾風牙』!」


 槍を振るい、目の前に流されてきた瓦礫を破壊する。プラントそのものは破壊不可オブジェクトだったはずだが、瓦礫と成り果てたことで自然物と判断されたのだろう。物質系スキルがなくとも排除することは可能だった。

 とはいえ、遠距離から激流を向けられていると防戦一方を強いられる。なんとかして間合いを詰めなければ。


「すまん、ウェイド。じゃなくてキヨウとサカオか。――ちょっと借りるぞ」


 ヌロゥの激流を避けながら通信監視衛星群ツクヨミを経由して調査開拓団のメインシステムへとアクセスする。こんなこともあろうかと、日頃からちょこちょこと隙間時間に作業して、ルートを構築しておいたのだ。

 ネット回線さえ繋がっていれば、プラントからの脱出も容易だったんだがな。


『侵入者ヲ発見。排除シマス』

『侵入者ヲ発見。排除シマス』

『侵入者ヲ発見。排除シマス』

『侵入者ヲ発見。排除シマス』

『侵入者ヲ発見。排除シマス』

『ィイイイ、ギギガガッ!?』


 瓦礫の向こうから、俺の頭ほどもある鉛弾が飛び込んでくる。水流を貫いて飛翔するそれは、勢いよくヌロゥの横腹を叩いた。いくら無敵でも不意を突けば驚くのか、ヌロゥの動きが一瞬止まった。

 直後、ワラワラと攻め込んできた警備 NPCの群れがヌロゥの巨体に取りついた。

 彼らはプラントの周囲で待機していた警備 NPCだ。キヨウとサカオは随分気合いを入れていたのか、手練の調査開拓員も鎮圧できるような強力なユニットも多数連れてきていた。それらを偽装権限で動かし、目の前の原生生物を排除するよう指示したのだ。


「ふはははっ! お代わりはいくらでもいるからな。せいぜい足掻いて汗を掻くんだな!」


 さしもの警備NPCとはいえ、ヌロゥが勢いよく体を回転させると振り落とされる。更にその巨体でプレスされたらひとたまりもない。しかし警備 NPCは量産される工業製品だ。待機していた千機近くの NPCが次々と襲いかかる。

 なにもヌロゥを仕留める必要はない。ただ叢雨が完成するまでの時間を稼げばいい。


『侵入者ヲ発見。排除シマス』

『侵入者ヲ発見。排除シマス』

『侵入者ヲ発見。排除シマス』


 赤い目を爛々と輝かせた蜘蛛たちが群がる。

 自分はただ眺めるだけでいいのだから楽なものだ。


『ピ、ガ、ギィイイイイイッ!』

「うおわっ!?」


 そう思っていた矢先、ヌロゥの体表に現れていた緑のラインが複雑に変化する。次の瞬間、彼は体表のあちこちから四方八方にジェット水流を飛ばし、殺到していた警備 NPCたちを吹き飛ばした。

 一瞬にしてかなり身体をしぼませたようだが、それにしても強力な範囲攻撃だ。

 あちこちで機体のひしゃげた警備 NPCたちが痙攣し、爆発を起こすものもいる。一機何Mビットするのか分からないが、なんてことをしてくれたのか。


「もったいないだろ、この野郎!」

『ギギガガガガガッ!』


 思わず叫ぶと、負けじと向こうも叫び返してくる。なんだか正論で殴られているような気がして、絶対に負けるわけにはいかないと決意した。

 これ、俺が怒られるんだろうか。緊急避難として許されるか?


『キュィィィイイッ!』

「ひええ、なんか技のキレが良くなってきてるな!」


 思考に傾いていたところ、顔の真横を水流が掠める。

 ヌロゥは普段滝壺の底で眠っているという話だったが、ようやく覚醒してきたのだろうか。寝ぼけ眼でこの大惨事を引き起こしたと考えると、厄介なことこの上ない。

 残っている警備 NPCもけしかけるが、どれも1秒と待たずにスクラップにされてしまう。


『キュィイイイイイイイイイイッ!』

『ほぎゃーーーーーーーっ!?』

「うおっ、ウェイドか。危ないぞ」


 キュイキュイと叫ぶヌロゥに紛れて、ウェイドの悲鳴が聞こえた。振り返ると、彼女がタンクから出てきていた。どうやら様子を見にきたらしい。


『何が危ないぞ、ですか! なんで警備 NPCを動かして……ていうかどんだけぶっ壊してるんですか! 馬鹿なんですか!? あれ一機で50億ビットするんですよ!?』


 顔面蒼白にしてウェイドがこちらへ走ってくる。危ないんだが……。

 しかし何Gビットの世界だったか。最近の警備 NPCは高いんだなぁ。


『侵入者ヲ発見。排除シマス』

『や、やめ、やめろーーーーっ!』


 そうこうしている間にも、また一機の警備 NPCが花火となって消える。ウェイドが悲鳴をあげるが、こうでもしないと時間が稼げないのだからしかたがない。


『な、なんてことを……』

「叢雨の完成まで時間を稼ぐならこうするしかないんだ。堪えてくれ」

『あとでキヨウたちに怒られても知りませんからね!』


 やっぱり怒られるのは確定なのだろか。そう考えるとちょっとしょんぼりしてしまうが、落ち込んでいる暇もない。


「ウェイド」

『なんですか! 今すぐ土下座するなら多少の弁護くらいは――』

「危ないから気をつけろって」

『ほわーーーっ!?』


 水流がこちらへ飛んでくる。ウェイドを抱えて避け、瓦礫を槍で突き壊してヌロゥへと投げる。この程度ではデコイにもならないが、直撃を避けるための盾くらいにはなるだろう。


『なんなんですか、あの化物は! 私の直轄地になんであんなのが!』

「ウェイドが知らないなら誰も知らないだろ。とにかく出てくるならちゃんと掴まってろよ」

『言われなくても!』


 ウェイドには腹にしがみ付いてもらい、次々と迫るウォータージェットから逃げる。サブアームも使ってなんとか応戦しているが、やはりあの水流の威力が強すぎる。シフォンならパリィでなんとかできるのかもしれないが、俺には無理だ。


「まだ3分……。先は長いな」


 戦いが長引くほど体感時間は遅くなる。遅々として進まない進捗にヤキモキとしながら、ヌロゥと激しい攻防を繰り広げる。

 テント建設に LPを消費し続けていることもあり、こちらも派手に動くことができないのだが……。うん?


「ウェイド」

『な、なんですか? その妙な目つきは』


 流石は付き合いが長いだけのことはある。名前を呼んだだけだと言うのに、彼女は俺に何か考えがあるのを察してくれたようだ。


「管理者機体の八尺瓊勾玉って特別製なんだよな。それに〈クシナダ〉もインストールして、かなりエネルギー効率良くなってるらしいじゃないか」

『嫌な予感がしますが、一応聞きましょう。――何を企んでるんですか?』


 ウェイドのしがみつく手に力が籠る。

 俺は彼女の銀髪をぽんと撫でて、今しがた思いついたアイディアを話した。


「そのエネルギー、俺にも分けてくれ」


━━━━━

Tips

◇重装甲型警備 NPC"土壁"

 暴徒鎮圧用に開発された大型重量級の警備 NPC。重厚な装甲と高耐久の盾を備え、群衆の暴動を抑える他、猛獣侵攻を始めとした原生生物の暴走にも対応する。耐久性を第一に考えられた設計で、殿として警備 NPC部隊を支える。

"調査開拓員ネヴァによって開発された最新の装甲壁を採用したモデルやね。キヨウ祭でも活躍しとるから、探してみてくださいね。"――管理者キヨウ


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