第1738話「夢の一軒家」

『レッジさん! よかった、やっと繋がりましたね!』

「レティか。こっちはまあ元気にやってるぞ」


 プラントにデカい穴が空いたことで電波遮断も崩壊した。レティとTELが繋がり、彼女たちがこちらに向かっていることを知る。どうやら、この大水の原因は彼女たちにあるらしい。


『そちらに向かったヒル、水を吸っていると無敵になる厄介な相手です。気を付けてください!』

「了解。なんとなくそんな気はしてたが、厄介なやつがいたもんだな」

『すみません、レティがちょっと力加減を間違えてしまって……』

「いや、とりあえず危機的な状況ってわけでもないからな。むしろ助かったくらいだ」


 そういうと通話口のレティも少しほっとしたようだ。


『ちょ、ちょっとレッジ。あの人工甘味料は無害なんじゃなかったんですか? そう言ったじゃないですか』


 仲間との連絡の最中、ぐいぐいと裾を引っ張ってくる管理者がひとり。なぜか狼狽えているウェイドである。

 彼女にヒルを倒せる可能性について話した。それで安心してもらおうという算段だったのだが、期待した反応は返ってこなかった。


「何事も適量ってもんがあるだろ。それを守ってる限り、スイートシェードは0カロリーで甘い、使い勝手のいい甘味料さ」


 ただし、後先を考えずエナドリの原液をがぱがぱと飲み干したり、卑しくもスイートシェードそのものをバクバクと暴食したりしたのならば、話は別だが。


「ウェイドはスイートシェードを食べてたわけじゃないんだろ? だったら平気さ」

『そ、そうですか……。へへっ、そ、それなら安心ですね……』


 ウェイドも普段から砂糖砂糖とうるさいが、それでも管理者であることに違いはない。今回、プラントを強制徴収したのも、第三タンクに篭っていたのも、何か深遠な思考に基づく行動なのだろう。

 しかし、ウェイドには事前にスイートシェードの作り方から性能まで一通りまとめて送っておいたはずなんだがな。


「ひ、ひぎゃああああっ!? 痛゛いっ!? 全身が千切れれれ!?」

『ほわっ!? な、何事ですか!?』


 突然悲鳴を上げたのは、ヨモギの治療を受けていたペンだ。海老反りになって跳ね回り、凄まじい形相で悶絶している。それをヨモギとナットが二人がかりで押さえつけようとしているが、タイプ-ライカンスロープとタイプ-ゴーレムでも苦労するほどの激しい動きだった。

 ウェイドがそんなペンを見て震えている。


「とにかく水を飲ませて、結晶化したスイートシェードを流し出さないといけないんです。神経まで染み渡っているので、全部流そうとすると、文字通り神経を逆撫でするような痛みが……」

『ひょええ……』


 まあ、人生楽ありゃ苦もあるさということだ。

 なんだかウェイドの顔色がどんどん悪くなっているように見えるが、気のせいだろう。


「とにかく今は、あのヒルをどうにかしないといけないわけだ。ペン、あれについて何か知ってる感じだったな」

「ひ、ひぎゃ……、ひぐぅ……」


 何か情報が得られないかと尋ねてみるも、彼女は息も絶え絶えだった。それでもヨモギは容赦なく治療を続行し、彼女の口にフラスコを突っ込んでいる。


「は、話します! 話しますからぁ。もう、痛いのはやめてぇ」

「え? いや、痛いのは仕方ないことなんだが……」


 何故か懇願されてしまった。

 ペンはグズグズと鼻を鳴らしながら、あのヒルの正体――"肥沃のヌロゥ"について驚くほど詳細な説明をしてくれた。まるで彼女自身があのヒルを作り出したかのように、ともすれば隠し要素なのではないかと思うほどの能力まで。

 ただの初心者プレイヤーかと思っていたのだが、警備 NPCにも対等に渡り合っていたり、異常に調査開拓団規則に精通していたり、なかなか謎の多い存在である。

 彼女によれば、ヌロゥは水の穢れを浄化するという役割を持つという。いまいちピンとこないのだが、〈鎧魚の瀑布〉の豊富な水量と澄んだ水質を支えているのがあのヒルらしい。


「……うん? ということは、あのヒルは倒しちゃまずいんじゃないか?」

「はひゅーっ! かひゅーっ。し、神秘の末裔は原理的に倒すことはできません。一時的に無力化できたとしても、あぎぎゃぎゃぎゃっ! ……し、しばらくすればまた動き出します……」


 神秘の末裔、ねぇ。

 また聞いたことのないワードだ。なぜこの少女は、そんなものを知っているんだろうか。ウェイドに目を向けてみても、彼女すらピンときていない。管理者も知り得ない情報ということか?


「し、知ってることは全部言いました! だから助けてください!」

「いやだから、それは治療だから止められないんだ」

「だ、騙しましたね!? ぎゃああああっ!?」

「はーい、どんどん水飲みましょうねー」


 とりあえず、あのヒルは倒すと大変だが、倒してしまうことを考えなくてもいいと理解した。つまり、何をやってもいいということだ。


「じゃあ、ヨモギ。ナットとペンは任せるぞ」

「了解です!」

「いぎぎぎぎっ!」


 ヨモギにここを任せることにして、俺はウェイドの肩を叩く。


「それじゃあ行こうか」

『えっ!? わ、私もですか?』

「このプラントの所有者はウェイドなんだ。色々手伝ってもらわないとな」

『むぅ……』


 あからさまに嫌そうな顔をするウェイド。それでも管理者か。

 などと言っている間にも、プラントのあちこちから限界が近そうな音がする。鉄骨が折れ、壁が砕けているのだろう。せっかく〈ダマスカス組合〉が作ってくれた設備もほとんど水没してしまった。

 ヌロゥが元気に大暴れしている気配は、すぐ近くまで迫っている。


「さあウェイド、一緒に夢のマイホームを建てようじゃないか」


 ウェイドの手を取り、テクニックを発動させる。

 フィールド上に簡易な建築物を構築するテクニックを。


「『野営地設置』」


 核となるものがあればいい。周囲には材料がいくらでも揃っている。

 崩壊したプラントの残骸をかき集め、再構築していく。


『管理者権限により、調査開拓員レッジの協力要請を受諾。土地および建造物の一時的な利用を許可します』


 管理者ウェイドから認められ、俺が認識可能な範囲が急激に拡大する。

 今や、俺はこのプラントの全域を掌握している。

 その中を我が物顔で泳ぎ回るヌロゥの存在もしっかりと把握した。


「要塞っていうのは守るだけが仕事じゃない。時には中のものを封じ込めておくのにも使えるのさ」


 耐水性テント"驟雨"を使用し、周囲を巻き込みながら巨大化させる。

 濁流を堰き止め、水圧を跳ね除け、激流を弾く。


「特殊水密テント"叢雨"。建築完了まであと12分」


 流石にこの規模のテントとなると、ウェイドのバックアップを受けたとてかなりの時間がかかる。ヌロゥがそれまで逃げないように封じ込めなければ。

 俺は槍を手にして第三タンクを飛び出した。


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Tips

◇神秘の末裔

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