第1730話「畏怖の情念」

『リ   リ   リ』

「来るぞ! 全員下がれ!」


 捩れる。

 空間に絶対的座標を定義し、そのポイントを入れ替える。歪な角が世界に干渉することで生み出す不可解な現象。神秘とも呼ばれる理外の力が発現された。

 螺旋を描く異形の角を掲げたヘラジカが断続的に声を上げ、一定の回数に達した瞬間に時空捻転が発生する。不可視、不可避の空間断裂は、そこにいる調査開拓員を捻じ切る。防御不可能の攻撃は、理不尽な通用力を持っていた。


「時空捻転終了! 一気に畳みかけろ!」

「うぉらあああああっ!」


 だが、調査開拓員たちも一丸となり抵抗する。大盾を構えたまま散っていった仲間たちの遺志を引き継ぎ、情報を集めて挑み続ける。


『リ  リ  リ』


 螺旋のロピア。その異常な能力の発動条件を調べ、15回のいななきが必ずあることを見つけ出した。

 時空捻転は連発できない。発動時間は長くとも3秒程度。それが終われば、3分ほどの無防備な時間が生まれる。


「『狩人の勇気』『追跡者の眼』――『ムーンフォールスタンプ』!」

「『猛攻の姿勢』『オーバーブースト』――『疾風連斬』ッ!」

「『叫び轟く氷結の嵐』!」


 大鎚が叩きつけられ、刀が振るわれる。氷混じりの嵐が吹き荒れ、ロピアの全身に鋭利な破片が突き刺さる。


『リ  リ  リ』


 暴れ回るヘラジカを取り囲むのは、重装甲の盾兵たち。


「『不退転の覚悟』『堅固なる城壁の主』!」

「『レッドライン』『ウォークライ』!」


 彼らも次々とテクニックを発動させ、防御を固める。


『リ  リ  リ』


 ヘラジカが氷礫を振り払い、大盾に激突する。銅鑼を叩くような轟音が響きながらも、盾役は必死に足を踏み出して堪える。彼が決死の覚悟で攻撃を受け止めたことで、わずかな隙が生まれた。


「『纏い付く泥濘の触腕』!」

「トラップ発動だ! じっとしてやがれ!」


 木の陰で機を窺っていた支援機術師がアーツを発動させる。水分量の多い土中にナノマシンパウダーが浸透し、その泥濘をより粘着質なものへと変えた。ロピアがもがくほどに足は深く沈み、体にまでまとわりつく。まるでタコの腕が絡まるように、巨獣の動きを制限していく。


『リ  リ  リ』


 さらには事前に仕掛けられていた罠が次々と発動し、樹上から強靭なワイヤーが放たれた。それもロピアの全身に絡み、蜘蛛の糸のように拘束する。


「BB爆弾持ってこい!」

「機獣突っ込むぞ! 注意しろ!」

『ブモォオオオッ!』


 機獣使いが手綱を引き、鋼鉄の牛がロピアへ迫る。

 牽引していたのは大型の荷台。そこには青く輝きを放つ大型BB式爆弾が載せられていた。


「パージ! 離れろぉおお!」


 牛に跨った御者はロピアの最接近したタイミングで荷台ごと切り離す。置かれたBB爆弾は、内部の回路を加熱させ、行き場のないエネルギー増幅に膨らみ始める。

 大盾を構えていた盾役が離れ、支援機術師は罠師と共に退く。身軽になった機械牛が軽快に駆け抜け、束の間、誰もいなくなる。


『リ  リ  』


 青い火柱がロピアを飲み込んだ。

 灼熱のエネルギーの奔流は森を焼き、地面を抉る。爆心地には甚大なダメージを与えながら、内蔵されていた有害物質によって環境負荷もぐんと高まる。


「やったか!?」


 誰かが叫んだ。次の瞬間。


『  リ』


「ぐぎゅるぷあ゜っ!?」


 彼は全身が螺旋を描き、悲鳴を上げて破裂した。


「クソッ! まだ倒せないのかよ!」

「残りHPは45%だ。半分切ったぞ!」

「BB爆弾もう一回だ!」


 エリアエネミーは安寧の地を守るため、死力を尽くして抵抗する。調査開拓員たちでさえ、生半可では太刀打ちできない。だからこそ、彼らは諦めることなく戦い続けるのだ。

 再び盾役が前に出る。牽制役の攻撃が放たれ、ロピアが煩わしそうに角を振り回す。


「あの角を破壊できりゃ早いんだがな」

「馬鹿言え、それができれば苦労しないだろ」


 ロピアの神秘の源泉があの角にあることは、早々に判明している。だが、あれを破壊する試みは叶わない。なぜなら、あれが神秘の根源である故に、攻撃が当たらないのだ。捩れた角の周囲の空間も歪められており、そこには物理的な干渉ができない。

 だからこそ、調査開拓員たちはなんとか打ち倒そうと躍起になっている。


「妨害機術頼む!」

「LPが足りない! アンプルどこだよ!」


 何度も繰り返す戦闘プロセス。だが、短時間に連発するため、物資の消耗が激しかった。泥濘を生み出すはずの支援機術師が、ついに LPを枯渇させてしまった。


「やばっ――!?」

『リ  リ』


 カウントがズレる。

 淡々と再び力を貯めるロピアが、眼に力を込めた。


「咬砕流、六の技――『星砕ク鋼拳』」


 盾役たちが死を覚悟して身構えたその時、小さな声が。直後、雷鳴にも似た凄まじい音が森を貫いた。


「うおおおおおっ!?」

「ろ、ロピアの角が!?」


 調査開拓員たちがどよめく。

 空から落ちてきたのは、赤髪の兎だった。彼女のハンマーが、重力すらも味方につけて堕ちてきた。

 強烈な衝撃を周囲に波及させながら、破壊力だけは一点に集中させる、驚異的な鎚使いであった。華麗な振り下ろしに赤髪をなびかせながら、ロピアの頭を地面に埋める。

 そして、破壊不可能なはずの大角を砕いていた。


「しゃあいっ! やっぱりこの破壊力ですよ!!」


 一人熱い声で吠えるレティ。彼女は全身がしとどに濡れていた。


「なあ、おい。赤兎ちゃん、どこから落ちてきたんだよ」

「え? いや……えっ? もしかして……」


 どよめきの種類が少しずつ変わる。

 彼らは一様に頭上を見る。莫大な水を落とす大瀑布。その頂点は霧に霞んで見えないほどだ。

 たしか、『星砕ク鋼拳』は高高度からの落下エネルギーも全て攻撃力と破壊力に転化する。だがそれにそても、破壊不能とされた角を破壊するほどの威力とは。

 調査開拓員たちはゾッとする。同時に、これこそが〈白鹿庵〉なのだと理解する。


「俺、頼まれてもできねぇよ」


 滝の上から落下地点も見えないだろう。にも拘らず、彼女は決めたのだ。数百メートルのフリーダイブ。その先にいるはずの敵に目掛けた、一撃を。


「お、シフォンの方も終わったみたいですね。こちらもささっと片付けましょう」


 角と神秘を失った獣は怯える。

 空から落ちてきた少女の獰猛な笑みに。

 畏怖の情念は、周囲の調査開拓員たちにまで伝播していた。


━━━━━

Tips

◇BB式爆弾

 大型BBバッテリーを内蔵し、循環回路と接続することにより、恣意的にエネルギーの無限増幅とオーバーフローを誘発する方式の爆弾。乾燥粉末火薬式と遜色ない威力を誇り、水中や降雨時にも問題なく使用できるという利点もある。

 重量が嵩むため、機獣などの助けを借りる必要がある。


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