第1731話「腹ペコ猿」

 レティたちの尽力により、凶暴なエリアエネミーが次々と撃破されていく。滝壺周辺の土地が管理者名義の所有地となり、建築許可も即座に認められた。そうして始まるのは、調査開拓員のフィールド建築士たちによる突貫工事である。


「丸太持ってこい! とりあえず地盤をどうにかしないと建つもんも建たないぞ!」

「キヨウちゃんが大量の木材提供してくれたわ。植林場様々だな」


 主要な建材として選ばれたのは、耐久性もあり軽量で運搬もしやすい木材だった。これは〈キヨウ〉の近郊に作られた大規模植林場から安定した供給も得られるという理由もあった。

 遠く離れた土地で伐採された巨木は枝を払われ、皮を剥いで乾燥させたのち、空輸で運ばれてくる。ここでも〈ダマスカス組合〉が所有する巨大輸送機が活躍した。


「おおー、渇水鱗樹が山のように落ちてきますよ」

「あれってかなり高価な木なんだよね。あそこまで育てようとしたら、かなり時間がかかるって聞くよ」


 ひとまず出番も終わり、休憩していたレティたち。二人は力強いローター音と共に現れた輸送機を見上げる。滝の間際まで迫ったそれが後方のハッチを開き、空中から次々と丸太を投下していく。地上で悲鳴も上がっているが、効率優先のため気にしている様子はない。

 運ばれてきたのは渇水鱗樹と呼ばれる木であった。耐水性が高く、船や漁具にも採用される堅木である。直径2メートルほどの太い丸太は10メートル単位で切り揃えられ、束ねて落とされる。それなりの高度から落としても割れたり曲がったりしていないあたりからも、その耐久性はよく分かる。


「よーし、どんどん刺していけ!」


 届いた丸太は、巨大な人型機械によって荷解きされる。特大機装〈カグツチ〉に乗り込んだ調査開拓員たちは、身長3メートルの巨人となって丸太を運び、杭に加工して地面に打ち付けていった。


「あの作業ならレティもできるかもしれませんね」

「丸太が割れるからやめときなよ」


 カグツチサイズの大きなハンマーで杭打ちをしている様子を眺め、レティはうずうずと動く。シフォンがそれを窘めた。

 生産スキルによって杭を打ち込むのと、〈杖術〉スキルによってぶっ叩くのとでは、根本的な部分で違うのだ。


『レティたちの仕事は終わったからな。あとは現場にエネミーが迷い込んだ時にだけ対処してくれりゃいいさ』

「サカオさん。そうは言っても、エリアエネミーを倒したせいで全然他の原生生物も寄りつかないじゃないですか」


 エリアエネミーとの激闘により、周囲の原生生物も恐れをなして逃げてしまった。レティたち戦闘職には建設現場の護衛という役割が与えられているものの、暇を持て余しているのが現状だった。

 レティは紅茶を飲み、シフォンも生クリームとイチゴで飾ったショートケーキ稲荷を食べて、優雅なアフタヌーンティーを楽しんでいるところである。


『あら、油断するのはまだ早いんとちゃう?』


 そんな二人に釘を刺したのはキヨウである。彼女は着物を襷掛けにして、手には"呪槍・生太刀"を携えた臨戦態勢だ。


『エリアエネミーを一気に5体も片付けたから、この辺の環境負荷はかなり高まってます。プラントの全力稼働もありますし、そのうち閾値を超える思いますよ』


 土地を占有し、ある意味では安定した生態系を構築していたエリアエネミーが死んだ。そしてペンライトが占拠しているプラントは、暴走機関車のように稼働を続けている。際限なく水源を吸い上げ、大量のエナドリを製造していると目されているのだ。

 その結果、〈鎧魚の瀑布〉の環境負荷はじわじわと上昇している。キヨウたちは、いつそれが決壊するかと危惧しているのだった。


「ウェイドがいない状態で猛獣侵攻が発生したら大変なんじゃないの?」

『そやねぇ』


 戦々恐々とするシフォンに、キヨウは驚くほどあっさりとした回答を返す。まるで猛獣侵攻の発生も折り込み済みのような反応で、シフォンの方がきょとんとした。


『まあ、そないに身構える必要はあらへんよ。あてらには強力な助っ人がおりますからね』

「助っ人……?」


 シフォンが首を傾げた、その時だった。


『いえーーーーーーーいっ!』

「はええええっ!?」


 突然空からキノコが降ってくる。否、真っ赤な傘を広げてやってきたのは、小柄な少女だ。その姿を見たレティとシフォンは一様に驚き目を疑う。


「ミート!? どうしてここに!?」


 現れたのは変異マシラのミート。彼女の背後には、白髪のゴリラに似たマシラのワイズたちの姿もある。彼女たちはレッジと特に関わりの深い総勢27匹、いわゆるマシラ四天王であった。

 本来ならば〈マシラ保護隔離施設〉に収容されているはずのミートたちは、重武装の警備NPCたちに左右を固められながらも、自由な状態で現れた。キヨウとサカオも、そんな彼女たちを冷静に出迎えた。


『管理者ウェイドが音信不通になってる以上、あいつの管理している施設もアタシらが代理で管理する必要がある。そんでもって、ミートたちも腹が減ってるらしいからな。――近場の猛獣侵攻が起きそうな場所で、オペレーション"アラガミ"を実施しても問題はねぇだろ?』


 変異マシラのミートたちは、無尽蔵の食欲を持つ。それをわずかでも満たして彼女たちの凶暴性を抑え、収容違反の可能性を下げるためのプロトコルがオペレーション"アラガミ"である。

 人為的に猛獣侵攻を起こすことによって原生生物を大量発生させ、それを変異マシラに提供する。調査開拓団としては異様な発想だが、これが最も安全なのだから仕方がない。


『パパが出てくるまで食べ放題って聞いたよ。ミート、もうお腹ぺこぺこ!』


 サカオたちからどんな説明を受けたのか、ミートは目をキラキラと輝かせてよだれを拭っている。

 ウェイドが見れば卒倒しそうな状況だが、あいにくと彼女はプラントの中だ。いまや、ミートを止める者はいない。


『そら、もうそろそろ動くんちゃいますか?』


 ぴくりとキヨウが反応する。

 直後、〈鎧魚の瀑布〉の怒りが爆発した。


━━━━━

Tips

◇渇水鱗樹

 〈毒蟲の荒野〉に自生する巨木。大地の水を際限なく吸い上げ、その身に蓄える。鱗状の樹皮は非常に硬質で、水を求める原生生物たちの牙から内側の水分を守る。

 安定した水分供給があれば非常に大きく生長し、硬く身の詰まった頑丈な木となる。


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