第1729話「勇士と脱獄犯」

 プラントの水源を止めるためのダム建設にあたり、滝壺周辺の土地を押さえなければならない。所有権の書き換え事態はキヨウとサカオの管理者権限を用いた強制徴収によってどうにかなるものの、そこに居座るエリアエネミーに関しては実力行使で退いてもらわなければならなかった。


「立ち退き交渉は任せてください!」

「強制的に追い立ててるだけなんじゃ……」


 そこで出番となるのが、レティたち戦闘職である。彼女たちは管理者ふたりの要請に従って、エリアエネミー"怪腕のジルグ"を討ち倒した。


『最低限押さえておきたい土地は全部で五つだ』

『でも、危険指数換算やとジルグが一番弱かったからねぇ。他のところはみんなで挑戦するんがええと思います』


 滝壺周辺は基本的に良立地とされており、縄張りとして占有するエリアエネミーのレベルも高い。管理者たちから忠告を受けたレティとシフォンも素直に頷いた。


「シフォンが引き寄せて、レティがチャージ系のテクニックで確殺できれば楽なんですけどね。ジルグ以外は防御力も高そうですし」

「そもそも敵に追われたくないよ!」


 囮戦法はもう懲り懲りだ、とシフォンが訴える。彼女ならまだ余裕はあるだろうと内心睨んでいたレティは、それよりも自分の攻撃力に不足を感じている。彼女も攻撃力特化構成だけあって十分以上の水準に達している。だが、一撃で倒せるかという問いには首を横に振らざるを得ない。

 レティがジルグを一撃で倒せたのは、あの大蜘蛛が防御力よりも機動力に傾いた能力値であったからだ。


『レティたちだけに任せるつもりはないさ』


 戦力はレティとシフォンだけではない。


「野郎ども、祭りだぞ!」

「立ち退きしてもらおうじゃないか。ふはははっ!」


 続々と武器を携えた調査開拓員たちが集まってくる。キヨウ、サカオの二人の呼びかけに応じた戦士たちだ。

 レッジが人質となり、ウェイドが謎の調査開拓員と共に立て篭もるという前代未聞の大事件に、多くの調査開拓員が集まっていた。彼らはようやく出番が巡ってきたとやる気も十分である。


「赤兎ちゃんだけに大きい顔させてやらねえからな」

「俺だって真なる実力が覚醒すればオートパリィくらい余裕だし」


 レティたちに対抗意識を燃やし、この機会に圧倒してやろうと画策する者も。

 レティたちは彼らの顔に見覚えはない。だが、彼らは〈白鹿庵〉の二人をよく知っていた。

 各地から続々と集まる調査開拓員たち。その数は瞬く間に膨れ上がり、群勢を成した。これこそが調査開拓団の真髄である。彼らは互いに力を合わせることで、そこに強力な相乗効果を生み出す。互いの欠点を補い、長所を伸ばす。各々が自由に行動することにより、全体として強い推進力を生み出す。


『ターゲットは"螺旋のロピア"、"躍進のディスブロ"、"腐敗のロージャ"、"鋼拳のエンププ"だ。平均危険指数は650、2パーティ態勢が推奨だ』


 サカオがエリアエネミーの名を挙げていく。そのどれもが、歴戦の調査開拓員に引けを取らない傑物たちである。その強大な敵を相手に、彼らは勇ましい鬨の声を突き上げるのだった。


━━━━━


「――というわけで、外では地上げが始まってることだろう」

「師匠、よくそこまで細かく予想できますね……」


 通信も途絶し、物理的にも外界と隔離されたプラント内部。そこに囚われながら、俺はヨモギとナットに外の様子を語る。俺の憶測に過ぎないものの、状況を考えればおそらくそう大外しはしていないはずだ。

 キヨウとサカオは〈ウェイド〉とも近所同士で、ある意味では歳も近い。出動するとなれば彼女たちが表立つことになるだろう。スサノオも距離的には変わらないが、彼女は長姉として全体を取りまとめるようなポジションに立つことが多い。

 指揮官もT-1は以前から音沙汰がなく、おそらく決定力に欠けている状況だ。主導権を握るのはやはりキヨウとサカオの二人になるはず。となれば、おおよそ立てる計画の内容も弾き出される。


「そんなことがあり得るんでしょうか。土地を強制徴収して、水源を枯らすためのダムを建てるなんて……」

「俺たちが幽閉されてかなり時間が経ってる。それでも救援が来ないってことは、ペンとウェイドが何らかの形で警備 NPCの侵攻を凌いでるってことだ。となると、第二の手段に変わってる頃合いだろ」


 ナットはまだ半信半疑といった顔だが、状況を考えるとそう推測するのが自然だった。

 問題は、調査開拓員の能力すら凌駕する警備 NPCに対して、あの少女がどう戦っているのか分からないという点だ。ウェイドが生太刀を振り回している可能性も考えたが、いくら〈クシナダ〉をインストールしたとしても、あれは無制限に使えるものではない。


「ペンの目的はエナドリらしいからな。そこに何か秘密があるような気がする」

「エナドリってただの嗜好品ですよね。集中力が上がるって効果もあるみたいですけど、ほとんど実感はないと聞きますし」

「もしかしたら特異体質かもしれん。そういうのがないとも言い切れないだろ」


 例えば、エナドリを飲んだ時だけ異常に動体視力や運動能力が向上するなど。そんなことが、個人レベルで発露している可能性も皆無ではない。


「それで、ヨモギたちはどうすればいいんでしょうか」

「そうだなぁ。レティたちが助けに来てくれるのを待っててもいいんだが、ちょっと退屈だよな」


 立ち上がり、周りを見渡す。隔壁が降りた密室は、蟻の一匹さえ忍び込めそうにないほどに閉ざされている。

 ――なるほど、いつもどおりだな。


「まあ、これくらいなら3分でいけるだろ」


 こっちはもう十年以上もリアルで拘束され続けているんだ。密室くらいでは動じない。リアルとは違って手も足も動くし、目も耳も使える。電子制御式の車椅子を調達する必要がないのだから、条件は笑ってしまうくらいに緩い。


「師匠……?」


 壁を見つめる俺を見て、ヨモギが怪訝な顔をする。ナットもどこか不安そうだ。


「とりあえずそうだなぁ。人を閉じ込める時は、ネジ穴を露出させない方がいいな」


 装甲壁は外装を留めるためのネジが打ち付けられている。一応溶接までされているようだが、まあこれくらいならなんとかなるだろう。

 俺の様子をモニタリングしているはずの花山や桑名に手の内をバラしてしまうのはちょっと勿体無いが、まあ初歩的な技術だけならいいか。


「よし開いたぞ」

「えっ!?」


 ガコン、と装甲壁が外れ、奥へ続く道が現れる。

 ヨモギたちの驚く顔に笑みを堪えながら、俺はゆったりとした散歩に繰り出した。


━━━━━

Tips

◇螺旋のロピア

 〈鎧魚の瀑布〉に生息するエルダープラントエルクの一個体。捩れた異形の角を持ち、そこに神秘の力を宿す。周辺の空間が歪み、固い剣さえ破壊する超自然的な能力が、彼を迫害の被虐者から君臨せし王者へと変えた。


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