第1727話「根本から断つ」

 ペンライトの強さには、エナジードリンクが関係している。そんな仮説をもとに、レティたちはプラント占拠事件解決に向けて動き出す。


『エナドリが奴の強さの秘密なら、その供給を断てばいい』

「簡単に言いますが、エナドリはあのプラントで生産されてるんですよ。どうやって生産を止めるんですか?」


 エナドリプラントの稼働を止めるには、少なくともプラント内部に入らなければならない。まさしく本末転倒だ。

 だがその時、シフォンが狐耳を跳ね上げた。


「そっか、原材料の供給だよ」

「原材料? エナドリの材料は……あっ、水ですか!?」


 レティの思い至った結論にサカオは頷く。

 エナジードリンクは人工甘味料とスパイス、そして何より水を大量に消費して作られる。人工甘味料はプラント内部で製造され、スパイスも使用量を考えれば無限に等しい量がすでに搬入されている。しかし水だけはそうもいかない。エナドリの体積のほぼ全てを占め、重量も嵩むことから、外部から運び込むのは現実的ではない。

 そもそも、〈ダマスカス組合〉の調査課がこの土地を選んだ理由こそ、飲用に適した水源が近くにあり、そこから直接汲み上げることができるからだった。


「送電線はあっても、水道は整備されてないんだよねぇ」

『水路を作るにせよ、水道管を通すにせよ、大規模な工事が必要だからな』

『フィールド上での建設は環境負荷との戦いやからねぇ』


 都市内部であれば水道網も整備され、いつでも新鮮な水が大量に使用可能だ。しかしフィールド建築物ともなれば水を手に入れるためには色々と手間を講じなければならない。

 特に飲料品を生産するプラントともなれば膨大な水を必要とする。安定した水源を確保することは必須であった。


「しかし水源はプラントの敷地内ですよ。どちらにせよ、それを止めることは難しいんじゃ……」


 〈ダマスカス組合〉の組合員が難色を示す。水源を求めて立地を決めたこともあり、当然ながら揚水設備はプラント内部に含まれている。

 また、本末転倒という結論が薄く浮かび上がってくる。


『いいや、違う。水源よりももっと手前の元栓だ。そこを叩く』


 サカオは動じた様子もなく、不敵な笑みで続ける。

 水源よりも、もっと手前。レティたちは心当たりがなく、首を傾げる。

 察しの悪い彼女たちに呆れたため息をつきながら、サカオは一枚の地図を広げた。ここ〈鎧魚の瀑布〉を射程に捉えた地図だが、レティたちの知るものとは趣きを異にしている。


「これは?」

『地形図だ。地理を調査している専門のバンドがあるんだ。そこから調達した』

「いろんなバンドがあるもんですねぇ」


 そこに描かれていたのは標高や土地の類別といった地相を事細かに分析した情報の塊だった。地表の植生だけにとどまらず、様々な調査機器を用いて地下深くまで丹念に調べ上げられている。

 レティは雑然とした情報量過多の紙面に目眩を覚えながら、ふと気付く。フィールド上を細かく分岐しながら伸びる細い線があるのだ。それが、プラントの間下にまで伸びている。


「もしかしてこれ、水脈ですか?」

『ああ、そうだ』


 ようやく答えに辿り着いたレティを見て、サカオは満足げに頷く。


『あのプラントの水源は、地下を巡る水脈だ。それは連綿と流れているし、当然敷地の外から来ている。その根源を叩けば……』

『末端の水も涸れるいうわけです』


 サカオの結論を、キヨウが先回りする。言葉を取られて赤髪の管理者はむっとするが、とにかくレティたちも彼女の思惑は理解できた。

 プラントが採水している水脈も、無数に枝分かれしながら広がる大きな流れの末端だ。その根源へと指で辿っていけば、やがて大きな壁に突き当たる。


「あの、サカオさん。もしかして……」

『この水脈は、大瀑布を根源としてる。だから水源を止めるなら――滝の水を全部抜く必要があるってことだ』


 いきなり話は壮大なものになった。

 シフォンなど、そのスピード感にきょとんとして、数秒の遅れの後に目を丸くした。


「はえええっ!? ちょ、そ、そんなことやらなくても……」

『プラントに近づけない以上仕方ねぇだろ。それよりもいい案があるってんなら聞くぞ』

「も、もっと別のところで水脈を止めたらいいんじゃないの?」

『この辺は水脈が入り組んではるからね。一つ止めたとこで、別の水脈から流れこむ可能性は高いんです』

「はええ……」


 もし水源を止めるのならば、滝まで辿らなければならない。そして、それより上流となれば〈鎧魚の瀑布〉の上層で止めることになり、それはフィールドへの環境負荷が高すぎるということまで考えられていた。


『滝壺にダムを作る。そこで全ての水を押し留め、ここの水脈を止める。――より重要なのは、これらをペンライトやウェイドに察知されないように進めなけりゃならないってことだ』

「はええ……」


 途方もない計画だった。

 そしてそれは、管理者二人が直接の武力による制圧よりも可能性が高いと判断した計画でもあった。

 唖然とするシフォン。レティも、〈ダマスカス組合〉の者も同様だ。


『なに、フィールド全域を乾かそうってわけじゃねえ。この辺一帯がある程度乾けばいいんだ』


 難しいことじゃないだろうと言うサカオだが、そんなわけがなかった。


「なんだかレッジさんみたいなこと言いますね、サカオさん」

『冗談じゃねぇよ』


 レティが率直な感想を漏らすと、管理者は心底嫌そうに吐き捨てた。


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Tips

◇水道使用料金

 都市内部に建設されたガレージでは、水道が使用可能です。水道使用料金は都市ごとに異なり、一定期間ごとに使用料金の支払い義務が生じます。

“海洋資源採集拠点の水道使用量は案外高いから気をつけるのじゃぞー”――指揮官T-1


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