第1726話「捜査の先に」
レティとシフォンが現着したのは、発報から30分後のことだった。彼女たちは即座に重要参考人としてキヨウたちの下へと通される。
「遅くなってすみません。状況を教えていただけますか?」
『〈白鹿庵〉のレッジ、ヨモギ、〈ダマスカス組合〉のナットと連絡が取れません。プラントを占拠してはるのはペンライトという名の調査開拓員で、管理者ウェイドも巻き込まれとる可能性が高いです』
気を利かせたキャンパーによって建てられた臨時の作戦本部にて、キヨウは軽く状況を説明する。
プラントの屋上にはペンライトが銃を構えて立っており、一定のラインを超えた警備NPCは警告なく爆発させられた。無用な損失を避けるため、キヨウたちは一時休戦を選んでいた。
レティたちは更に、ペンライトの異常な射撃についても知らされる。散弾の破片すらも織り込んだ正確な弾道計算によって、防御を固めた重装甲機さえも爆発する。そんな事実には彼女たちも瞠目してしまう。
「そんなことがあり得るんですか……」
『理論上は不可能じゃねぇ。実際にできる奴がいるとは未だに信じられねぇけどな』
耳を疑うレティに対し、サカオも苦々しい顔で答える。
『ペンライトという調査開拓員と面識は?』
「全くありません」
「わ、わたしも」
レティもシフォンも、プラントを乗っ取ってレッジたちを人質に取っている銃士については何も知らない。力なく首を振る二人に、管理者たちも眉を寄せた。
ペンライトに関する情報は、指揮官が閲覧可能な公的データに限られる。それでもアップデートセンターに記録されている最新のスキル構成や、ストレージサービスに保管されているアイテムの目録を見れば、ある程度の活動傾向は掴めるだろう。本来ならば他の調査開拓員に公開してはならない個人情報だが、状況を鑑みて特例的にキヨウはそれらをレティたちに明かした。
「wikiに載っているテンプレートに沿ったような……」
「オーソドックスな〈
スキルビルドに不審な点はない。メインスキルとなる〈銃術〉はレベル49と、〈鎧魚の瀑布〉の適正レベルよりも少し高いが、不自然なほどではない。他のスキルについても、戦闘職がよく採用している〈戦闘技能〉や〈歩行〉をはじめとする行動系がほとんどを占めていた。
「はええ……。すごいストレージだね」
各都市の制御塔からアクセス可能な個人倉庫、ストレージの中身も目録が示される。それを見たシフォンが驚きの声を上げたのも無理はない。声に釣られて覗き込んだレティも同様の反応だった。
「エナドリが大量に……。あとは弾と携帯食料しか入ってませんね」
ストレージは特殊な任務や依頼をこなすことで容量を拡大できるが、ペンライトのものは初期のままだ。そのわずかな枠の大半をエナジードリンクが占めていた。
「このエナドリは?」
『分からん。市場には流通してないもんだった』
「あ、あの!」
サカオが首を傾げたその時、テントに黄色いヘルメットを被った調査開拓員が飛び込んでくる。管理者警護を担っていた警備 NPCたちが動き出すが、キヨウがそれを制する。
息急き切って現れた青年は、グレーの作業着の裾で額を拭い、口を開く。
「そ、そのエナドリは元々あの工場で作ってたものです。試作品を、ペンにあげてたんです」
「試作品?」
『ペンライトはあの工場で働いとったみたいやね』
過去の記録を探ることで、ペンライトが工場で警備員として働いていた事実が浮上する。更に売買記録の調査から、本格稼働前のプラントでテスト生産されたエナジードリンクを大量に受け取っていたことも判明した。
「お給料の代わりにエナドリ払い?」
「よっぽどエナドリが好きなんですねぇ」
『そもそもあの工場はなんなんだ? どうしてエナドリを作ってるんだ』
調べるほどに奇妙な状況が顕在化する。管理者さえも首を傾げる状況に、〈ダマスカス組合〉の組合員でプラントの従業員でもあったという男は語る。
「彼女、ウチのエナドリが好きみたいで。あ、あそこのエナドリはレッジさんが開発したものだって聞いてます。今回レッジさんたちがやって来たのも、その視察のためだと」
「エナドリ作り……。そういえば最近はずっとヨモギに構いっきりでしたもんね」
拗ね顔でこれまでのレッジの様子を思い返すレティ。彼はヨモギと共に〈ウェイド〉にある第一ガレージの工房に足繁く通っていた。そのせいで、レティは暇を持て余し、新たなプレイスタイルを考えるに至っていたのだ。
「つまりおじちゃんはヨモギと一緒に新しいエナドリを開発して、それを組合の工場で量産するつもりだったの?」
「はい。そういうことになります」
頷く組合員に、シフォンは呆れた顔をする。またあの叔父は、妙なことを企んでいたようだ。そのせいで自分が捕まっているのだから、形無しである。
「まあ、おじちゃんなら放っておいても出てくるんじゃないの?」
身から出た錆である。多少お灸を据えられた方が良かろう。そんなことを思ってシフォンが軽く突き放す。しかし、キヨウとサカオは微妙な顔だ。
『そうも言ってられへんみたいやね。エネルギーグリッドと送電網の利用率を見たところ、あの工場は今も全力稼動しとるみたいやから』
「エッ!? ぷ、プラントは避難するときに電源も落としたはずですが!」
組合員が驚きの声を上げるが、管理者はシード02-スサノオから伸びる送電ケーブルの利用率も把握できる。それを見れば、あの工場が凄まじい量のブルーブラストエネルギーを消費しているのが一目瞭然だった。
『いま、工場はウェイド名義だ。あいつが勝手に動かしてんだろう。おかげで今も大量のエナドリが作られてるはずだ』
「どうしてこの状況でエナドリを……?」
シフォンが呈した至極真っ当な疑問。それにレティが耳を揺らした。
「もしかして……。誰か、イザナミ日報持ってませんか? 最近のバックナンバーも確認したいです」
『〈イザナミ新報社〉の新聞だな。直接連絡を取ってみよう』
サカオが管理者権限を用い、大手取材系バンドである〈イザナミ新報社〉の社主に連絡を取る。すぐに直近七日間の日報がデータとして送られてきた。
レティはそれらを見比べ、〈スサノオ〉で販売されていた版に絞り、更にページを捲り、あっと声を上げた。彼女が見つけたのは先日終了した第四回〈準調査開拓指令;暁紅の侵攻〉に関する特集記事。その一面に、巨大なカニ型原生生物に二丁拳銃を向ける、黒いスーツの女性が写っていた。
「この子!」
「ペンライトさんで間違いなさそうですね。インタビューには応じなかったようですが、どうやら戦闘中もエナジードリンクを常飲していたとか」
「そういえば〈スサノオ〉ではエナドリブームが来てるって話だった。ウチもそれに合わせてプラントを建てたもんだと思ってたんですが……」
ペンライトは新聞の一面を飾るほどの活躍を見せていた。その事実に一同は驚く。そして、詳細な取材を行った記者に敬意と畏怖の念すら覚えた。
だがおかげで、事態の理解は一歩進んだ。
「エナドリが彼女の強さを支えてるってこと?」
「しかし、エナドリには特別なステータス増強バフはありませんよ。集中力が上がるっていう、よく分からない説明だけしか書かれてませんし」
プラントで働いていた組合員でさえ、エナジードリンクの効力には懐疑的だ。他にもっと重要なバフ効果を持つ飲食物は多く、実際に大半の調査開拓員はそれらを選んでいる。エナジードリンクなど見向きもされていなかった。
『しかしエナドリ工場を占拠して、今も全力稼動させてるんだ。しかも、作られたエナドリが搬出されてる様子はないってことは、そこで消費されてるんだろう』
サカオが結論を下す。それがどれほど信じられない内容でも、あらゆる疑念を削ぎ落とした先にあるものが真実だ。
『調査開拓員ペンライトは、工場で生産されるエナドリをその場で消費している。それがどう影響してるかは分からんが、あの異常な銃の腕にも関係している可能性が高い』
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Tips
◇【銃声快活! 紅蓮の中に奔る硝煙】
本日、第四回〈準特殊開拓指令;暁紅の侵攻〉が終幕した。〈雪熊の霊峰〉地中で休眠状態から目覚めた蟹たちが平原を埋め尽くすほどの大群となり、散乱のため海を目指す恒例行事。初心者にとって最初の難関とも言われるイベントだ。七日間にわたって開催され、現場では〈大鷲の騎士団〉や〈ダマスカス組合〉など、戦産両面からの手厚い支援もあり、初々しい駆け出し調査開拓員たちが初めての大規模レイド戦闘に挑戦していた。七日目、最終日となる本日は、新たなボスエネミーとしてダイレイザンリュウドウギザミが登場した。規格外の大きさを誇る超大型エネミーであり、苦戦は必至かと思われた新敵だが、当地での状況は意外なものとなった。カニの群勢の中を駆け抜ける一人の銃士が現れたダイレイザンリュウドウギザミに対して神技とも言うべき近距離射撃を繰り出し、その最大の武器である堅殻を早々に打ち砕いたのである。その突破口に次々と勢い付いた参加者たちが殺到し、巨敵は瞬く間に倒された。「これまでの暁紅の侵攻の中でも一番あっさり終わったと思います」と騎士団の男性は語る。本紙でも急先鋒となった銃士に取材を試みたが、そちらは叶わなかった。
――イザナミ日報(シード01-スサノオ版)より一部抜粋
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