第1725話「異常な弾」

 大盾を構えた重装甲の警備NPCが前進する。土を踏み鳴らし、重厚な駆動音を響かせながら、キヨウの命令に従い対象を制圧するために。だが、


「ふひゃっ!」


 妖しげな笑い声が一瞬聞こえたかと思えば、厚さ70mmの多層装甲盾が大破する。即座に防御を固めようとするも時すでに遅し。次の瞬間にはAIコアを貫かれ、BBバッテリーが爆発する。

 青い炎を噴き上げて倒れる巨躯の警備のNPCを、キヨウとサカオを驚愕の表情で見つめていた。


『なんやの、あの子』

『あの盾を貫ける銃器なんて持ってねぇはずだろ。行動記録はちゃんと確認したんだよな?』

『あんなん、ルナちゃんでもできへんはずですけどねぇ』


 場合によっては最前線で活躍する調査開拓員をも相手取ることを想定した警備NPCである。ようやく第四域に到達したばかりのペンライトを捕縛することなど容易であるはずだった。

 目の前の現実は受け入れ難く、キヨウたちはペンライトの行動記録を確認する。しかし、どれだけ精査してみても、警備 NPCを圧倒するような武器を得たという事実は見当たらなかった。


『まあ手品のタネは後でゆっくり聞けばいいさ。全員でかかれ!』


 血気盛んなサカオが配下の警備 NPCたちに突撃命令を下す。

 重装甲機の影に隠れていた戦闘特化型が勢いよく飛び出し、フェンスへと迫る。その数は二十を超え、さらに方向も散らばって様々だ。誰か一機が狙われたとて、その間に別の一機が到達できる。


「ふひゃぁっ!」

『な、あっ!?』


 そんなサカオの思惑は儚く散った。

 四方八方から突撃した警備 NPCたちが、一瞬にして弾けたのだ。

 重装甲機と比べて防御は弱いとはいえ、代わりに凄まじい機動力を誇る軽量機である。ただ銃撃された程度ならば、難なく避けられるはずだった。しかし、二十機のほぼ全てが詳細不明の爆発を起こした。

 あまりに不可解な状況に、キヨウとサカオは進行の停止を決定せざるを得なかった。相手の手の内を理解しなければならなかった。


『キヨウ、ちゃんと撮れてたか?』

『もちろん。せやけど、解析は誰か別の人に任せた方がええやろね』


 キヨウは周囲に集まった調査開拓員たちに向けて呼びかける。


『こん中に、画像解析や映像解析が得意な人はいてはりますやろか。おったらぜひ、協力してほしいです』


 すぐさま〈鑑定〉スキルに自信のある調査開拓員たちが手を挙げる。キヨウは彼らに、プラントを取り囲む警備 NPCたちが撮影していた記録映像を渡した。

 サカオの警備 NPCが爆発四散した様子を、キヨウの警備 NPCたちが撮影していた。本来ならば警備 NPCの記録データは高レベルの機密情報となっているが、状況が状況であった。

 貴重なデータを渡された調査開拓員たちは、緊張の面持ちで解析を始める。

 そして、報告は程なくして上がってきた。


「き、キヨウさん……」

『どないでした?』


 解析の結果を携えてやってきた調査開拓員は、困惑していた。


「何も、異常は見当たりません」

『はい?』


 キヨウが目を細める。

 別の鑑定者を呼ぶべきかと考え始める。それを察した調査開拓員は、慌てて言葉を重ねた。


「ち、違います。相手は、何も特別なことをしていないんです。ただ――非常に高精度な銃撃によって警備 NPCのわずかな弱点を的確に貫いているんです」


 彼も冷や汗を垂らしていた。

 自分の言葉が、自分の鑑定結果が、未だに信じられないでいた。それでも事実は事実としか言いようがない。彼はウィンドウを広げ、スローモーションと構造透過処理を施した映像を見せる。

 大盾を構えた重装甲機が歩き、一線を超えた。その瞬間、プラント屋上の方角からマズルフラッシュが確認された。撃ち出されたのは――


『散弾?』

「はい。おそらく、レベルⅢ散弾かと」


 一発の弾丸が弾道の途中で無数の破片へと分裂し、重装甲機へと襲いかかる。その程度の攻撃で装甲盾が破れるはずがない。だが、散弾はそのままシャワーのように重装甲機へと降りかかり、そしてその頑強な機体を爆発させた。

 映像が切り替わる。

 今度はサカオの放った軽量機だ。細い八本足で飛び跳ねるように移動する数十の機体に向けて、散弾が三連発で放たれる。さらにマズルフラッシュは左右で同時に。ペンライトが屋上で二丁拳銃を構えていることを示唆していた。


「この弾道を見てください」


 調査開拓員により映像に味付けがなされる。

 左右の拳銃から三発ずつ。合わせて六発の散弾が放たれる。それはすぐに無数の破片となり、全方位へと翔ぶ。個々の破片をトレースする弾道線が映像中に記録されていた。

 その軌道を見て、キヨウとサカオを驚愕する。


『なんだぁ、これは……』

『まるで破片の全てを操ってるみたいやねぇ』


 周囲へばら撒かれた散弾の細かな鉄片が軽量機を襲う。それは跳躍して迫る機体へと迫り、その関節に食い込んだ。深々と突き刺さることで動きを阻害し、蜘蛛の脚が弾け飛ぶ。直後、別の破片が傷口に潜り込み、機体に内蔵されたBBバッテリーを爆発させた。

 ある所では散弾の破片同士が空中でぶつかり、軌道を変えて警備NPCの懐へと潜り込んでいた。

 またあるところでは隣の機体にぶつかって跳弾し、別の機体を貫いていた。

 破片のひとつをとっても、警備 NPCのわずかな弱点――駆動の関係で露出せざるを得ない関節部分を的確に狙って破壊していた。

 一発なら、奇跡と割り切ることもできるだろう。しかし、恐ろしいほどに異常な光景だった。


『六発の散弾の、無数の破片を全部計算してやがるのか……!』


 ペンライトは特別なテクニックや、違法な行為を行っていない。

 彼女はただ、自身のブレや敵の動き、風や湿度、温度、あらゆる環境のパラメータを読み解き、散弾を撃ち込んでいた。高精度の狙撃という言葉さえ生ぬるいほどの射撃によって、警備NPCを爆破させているのだ。


『いったい何者やの、あの子……』

『レッジみてぇなやつだな』


 呆然とするキヨウ。

 サカオの下した評価は、解析担当の調査開拓員たちも深く頷くものだった。


━━━━━

Tips

◇レベルⅢ散弾

 砕けやすい素材を用いて、射撃直後に細かく分裂するように工夫された特別な弾丸。鋭く尖った破片が広範囲に拡散し、複数の対象を一網打尽にする。


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