第1724話「完全包囲網」

 非常灯の赤い光だけが、狭い部屋の中を照らしている。前後の扉は完全に閉じられ、更に頑丈な隔壁も降りていた。ネヴァ謹製のとても頑丈な耐爆装甲隔壁だ。俺やヨモギにはどうやってもこじ開けることはできない。


「ど、どうしてこんなことに……」


 呆然として途方に暮れているのは、巻き込まれたナット。工場内部の施設案内をしてくれていた彼女は、完全にとばっちりだろう。その隣ではヨモギがぱたぱたと耳を揺らして憤慨している。彼女の槍は装甲壁を叩き過ぎて、穂先が破損していた。


「ここから出しなさい! 聞いてるんでしょう、ペン!」


 彼女は鼻息を荒くして、天井の角に取り付けられた監視カメラを睨みつける。

 この小さな部屋にペンとウェイドだけがいない。彼女たちは降りていく隔壁の隙間から逃げ出し、俺たちをここに取り残したのだ。

 当然ながら監視カメラからの返答はない。どういうわけかネットワークからも切り出されてしまったようで、TELを用いて外部に救援を求めることもできないようだった。


「……ダメです。所有者がウェイドさんになっています。マスターキーのコードも書き換えられているようで、これも使えません」


 建物のステータスを確認していたナットが肩を落とす。本来なら工場の所有者である〈ダマスカス組合〉に所属しているナットは、その権限で隔壁を開けることもできるはずだった。しかし、ウェイドが手際良く先回りして、そこも対策してしまったようだった。

 急に態度が変わり、この工場を明け渡せと突きつけてきたペン。そして、彼女に何事か囁かれて裏切ったウェイド。

 どうにも状況が複雑だ。ただのプレイヤーに過ぎない、しかもまだまだ駆け出しといった様子の調査開拓員であるペンに、なぜウェイドが絆されてしまったのか。


「うぅ。レッジさん、どうしましょうか……」


 槍が使い物にならなくなり、ヨモギはぺたりと床に座り込む。

 色々と、何かできることはないかと考えを巡らせているのだが、現実は非情だ。電子的にも物理的にも完全に隔離されてしまっては、取れる選択肢がない。


「外部にこの異常が伝わって、他の管理者が対応してくれればいいんだが」


 ウェイドは強権を持っているが、絶対的ではない。彼女と同格である他の管理者たちがこの異常行動を察知すれば、すぐに対応されるだろう。管理者でなくとも、指揮官ならばより直接的な対応が取れるはずだ。


「……あれ? そういえば、最近はT-1を見てない気がするな」


 外部の対応に望みを託そうとした折、ふと思い出す。

 〈ホウライ〉での一件が落ち着いて以降、思えばあの目隠れ狐指揮官の姿を見ていない。


「いやまあ、他の指揮官もいるしな」


 指揮官はT-2とT-3の二人もいる。彼女たちなら、ウェイドの反逆くらいなんとかしてくれるだろう。


「こっちからはできることもない。とりあえず、寝て待つか」

「うわあっ!? こ、ここってテントが建てられるんですか……」


 狭い部屋だが、ある程度落ち着けた方がいいだろうと思って小型のテントを出しておく。ナットが驚いた顔でこちらを見た。


「もともとフィールドだからな。テントくらいは建つさ」

「いや、ここは屋内なんですが……。まあレッジさんならそういうこともありますか」


 よく分からない納得の仕方をされたような気もするが。

 とにかく、何か状況が変わるまでは動くこともできないのだ。俺はコーヒーを淹れ、二人に配った。


━━━━━


『管理者ウェイド、調査開拓員ペンライト。あんたらは完全に包囲されてますえ。大人しく投降しなさい』


 強力なライトが四方八方からプラントを照らしあげる。赤いランプをぐるぐると点灯させた警備NPCたちが集結し、フェンスから一定の距離を取って包囲していた。

 管理者ウェイドの異常行動は、すぐさま検知された。現場に急行したのは、距離的に近いキヨウの一軍であった。着物を襷掛けにして頭に鉢金を巻いたキヨウは、拡声器を構えて勧告する。


『なんだぁ? 全然反応がねぇじゃねぇか』


 キヨウの現着から間を置かず追いついてきたサカオもプラントを睨んでいる。彼女の手には既に、管理者兵装“輝杖・生太刀”が握られている。

 調査開拓員を導く存在であり、規範となるべき管理者が反逆した。

 これはあってはならないことだ。

 レッジがこれまでどれだけの危険行為を行おうと、ウェイドはその一線だけは守り続けた。生太刀を取り出して振り回しても、実際に刃を向けることはなかった。

 だが、彼女は今、ペンライトという調査開拓員と共に、理由なく〈ダマスカス組合〉のプラントを占拠している。ペンライトが送りつけてきた声明文には、『このプラントを悪漢の手から取り上げ、正当な権利として接収する』という馬鹿げた文言が付されていた。


『あかんわぁ。全然出てこぉへん』


 キヨウは梨の礫の勧告を中断し、“呪槍・生太刀”の石突でカコンと地面を突く。

 通信監視衛生群ツクヨミのネットワークに対しても自閉モードを発動し、ウェイドは交渉の席にもつかない。


『これはもう、実力行使でこじ開けるしかねぇんじゃねぇか?』


 銀に輝くタクトを握り、サカオが血気盛んに進言する。キヨウは気が進まない様子だが、現状それ以外に打開策はないように思えた。

 プラントを取り囲んでいるのは、ウェイドとキヨウが連れてきた警備NPC総勢500機。更にスサノオ、ワダツミ、アマツマラからも応援が駆けつける予定だ。だがそれ以上に、調査開拓員達が続々と集結している。


「なんだなんだ」

「おっさんが立てこもり?」

「おっさんは人質らしいぞ?」

「そんなバカな」

「ウェイドちゃんがおっさんにプロポーズして振られたって聞いたが」

「え、赤兎ちゃんと副団長が修羅場って話じゃないのか?」

「〈ウェイド〉名物スイーツ弁当いかがっすかー」


 戦装束を整えて馳せ参じた戦闘職もいれば、スクープの匂いを嗅ぎ分けてやって来たジャーナリストや、ただの見物客もいる。中にはそんな野次馬を目当てに物を売り出す抜け目のない商人まで。

 この自由さも調査開拓員の長所だろうと思いつつ、キヨウはどこか呆れてもいた。


『T-1たちは何してんだ』


 サカオが夜天を見上げる。

 シード01-スサノオの直上、惑星イザナミの静止軌道上に停泊している開拓司令船アマテラス。そこに置かれた中枢演算装置〈タカマガハラ〉は、キヨウとサカオの指示要請に明確な答えを出していなかった。


『なんや、T-1が返答せえへんらしいですよ。それでT-2とT-3が対応を決めようとしてはるみたいやけど、いかんせんあの二人やから……』


 肩をすくめるキヨウ。

 T-1は音信不通。T-2は情報の提示は得意だが、結論を出すのが難しい。T-3に至っては、このような仲間内での諍いを想定していない。完全に混乱状態にあると言ってよかった。


『仕方ねぇな。……じゃあ現場判断で突入するぞ』


 サカオが一切の情け容赦を捨てた顔で宣言する。

 敵も味方も反応がないならば、自身で決める他ない。そして、サカオの提案にキヨウも賛成する。簡易的な多数決プロセスが取られ、満場一致で方針が決定する。これを特例的に意思決定の承認と捉え、彼女達は正当な行動を主張する理由を獲得した。

 サカオが朗々と読み上げる。


『管理者ウェイド、および調査開拓員ペンライト。両者に異常ありと認め、現時刻より特別敵性存在と解釈する。調査開拓団規則第二条第一項の例外事項第三の発動要件充足と認め、全ての攻撃手段の使用を許可するものとする。――以上、宣言終わり。異議申し立てを受け付ける。――異議申し立ての受付を終了する』


 そして。


『警備NPC第一班から第二十班まで、突入開始』


 高々と槍が掲げられる。キヨウの合図を受け、黒鉄の蜘蛛が動き出す。目標はフェンスで囲まれたプラント。だがそのフェンスも、彼らにとっては何ら障害にはなり得ない。

 制圧は短時間で済む。――そのはずだった。


「ふひゃひゃっ!」


 次の瞬間、キヨウの目の前で重装備の警備NPCが爆発した。


━━━━━

Tips

◇調査開拓団規則第二条第一項

 全ての調査開拓員および三体により友好的存在と認められたものは、一切の武力による闘争が認められない。

 例外は下記のものであり、第一に三体により特別に認められた限定的な諸条件を満たした場合によるものであり、第二に管理者以上の権限保持者による通常承認手順を経た上での限定的なかいじょであり、第三に調査開拓員による治安維持もしくは風紀維持もしくは社会倫理保守のためと認められた場合である。またどの場合においても当事者による異議申し立てを受け付ける。


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