第1723話「名探偵の推理」

「う、うぎゅぅうう……。そんな、まさか……」


 大量のエナジードリンクを製造している巨大なパイプラインを前にして、ペンは頭を抱えていた。あろうことか、恩人たるエルクムスは微妙な行き違いで発生した別の名前であり、その正体は宿敵として敵視していたレッジその人だったのだ。凄まじい衝撃を受けた彼女は、一時的にストレス値が急上昇して強制ログアウトした。そこから復帰する際にメインのシナリオAIと接続し、レッジのプレイログを確認し、それが事実であることをあらためて確認した。

 目の前にあるのは現実である。


「ここをエナドリが流れてるんだな。すごい量じゃないか」

「一時間に6,000本のエナドリ生産能力がありますからね。拡張性も確保していますから、需要に合わせて更にラインを増やすことも可能です」


 当のレッジはと言えば、ナットから工場設備の説明を受けて、うんうんと頷いている。そんな姿さえ、ペンには何やら複雑な感情を想起させた。


「いやいや、常識的に考えてあり得ないでしょう。恩人が宿敵だなんて。どんなシナリオですか。破綻しています」


 ぶんぶんと首を振る。

 ペンは優秀なシナリオライターである。 FPOというゲームがプレイヤーに最高の体験を与えるため、豊かな物語を紡いできた。たとえそれが、あの男にしっちゃかめっちゃかに荒らされようと、華麗な手際で修正して大円団へ導いてきたのだ。

 そりゃあ、確かに最近はレッジがボスになるような展開が多いという声もある。しかしそれも、あの男が出しゃばってくるのが悪いのだ。

 そうだ。あの男は悪意の塊なのだ。そこに自覚がない点も余計にいやらしい。下劣で卑怯な奴なのだ。そんなやつが、あの神のようなエナジードリンクの製作者であるはずがない。ここにはきっと、何か裏がある。


「ぬぬぬっ!」


 ペンは優秀なシナリオライターである。たとえ組み上げたプロットが完膚なきまでに破壊されても、その残骸を用いて結末を描くことができる。

 その臨機応変の対応力は、人格という枠によって形成された。――思いこみが激しくて、こじ付けが過ぎ、曲解しがち、という厄介な性格に。


「なるほど、分かりましたよ。全てがまるっと見通せました!」

「うおっ!? なんだいきなり?」


 一行が次のエリアへと移動しようとしたその時、ペンは高らかに宣言する。シャープな縁無し眼鏡がキラリと反射し、鋭い瞳がレッジを射抜く。

 突然の発言にレッジやウェイドたちはきょとんとし、立ち止まった。


「レッジ、あなたは悪事を企んでいますね」

「は? いや、身に覚えはないが……」


 突然の名指しに困惑するレッジ。ペンはその反応を白々しいと一笑に付す。

 この男、こうして人畜無害な顔をすることだけは上手いのだ。しかし優秀なシナリオAIたるペンが、それを見抜けぬはずもない。


『なんです? また何かやったんですか?』


 その証拠に、管理者ウェイドも怪訝な顔をしている。レッジはこれまでも多くの極悪非道を行なってきた。その前科が管理者さえも疑わせるのだ。

 ペンは揚々として歩く。悪を断罪し罪を糾弾する推理パートこそ、探偵の華である。


「巷から消えたエナドリ。時を同じくして建てられたプラント。――そこから導き出される真実は一つ」


 ペンが指を突きつけ、宣告する。


「あなたはこの世の全てのエナドリを独占し、巨額の富を得ようとしているんですね!」

「……うん?」


 言った。

 言ってやった。

 ついに。

 ペンはもはや止まらない。


「エナドリが600ビットもしたのも、あなたのせいですね! ここで作るエナドリも、そのうち値段を上げていくんでしょう。なんという悪辣な! 自分が市場を独占したからといって暴利を貪る資本主義の怪物!」

「待て待て待て! そんなつもりは全然ないぞ。そもそも販売は全部組合に任せるつもりだしな」


 立板に水を流したように捲し立てるペン。レッジは慌ててそれを否定する。

 そもそもエナドリ作りに着手した経緯からして、ネヴァからの話を受けてのことだ。それに、エナドリなどなくとも、正直収入には困っていない。それこそ〈ダマスカス組合〉からのライセンス使用料などで、安定した収入が得られているのだ。

 しかし、真相に辿り着いたと確信しているペンは止まらない。レッジの否定も見苦しい弁明にしか聞こえない。意地でもシラを切るつもりであると判断し、矛先を変える。


「ウェイド、気をつけたほうがいいですよ」

『わ、私ですか? 私は別に、人工甘味料さえあれば……』

「それです!」


 狼狽える管理者が口走った言葉をすかさず掴みあげる。


「エナドリに使われている人工甘味料は、このプラントでしか製造できません。つまり供給量のコントロールは全てレッジの一存によって決まる……。ウェイド、人工甘味料は美味しかったですか?」

『へ? はい、まあ。ほっぺたが蕩け落ちそうなほどに甘くて幸せでしたが』

「やはり……。これは危険です」

『ど、どういうことですか?』


 管理者さえも理解が追いついていない。ナットとヨモギはすでに「何言ってんだこいつ」と言わんばかりの顔をしている。この場に立ち合わせた全員を置いていきながら、ペンは自説を語り続ける。


「レッジはウェイドに砂糖を与えました。しかしそれがタダであるという保証はありません。今に彼は、その価格を数万倍にまで引き上げるでしょう。そうなればウェイド、あなたは管理者でありながら、レッジの下僕となるのですよ!」

『な、なんと!?』


 わなわなと震えるウェイド。

 ペンは畏怖の表情さえ浮かべながら、レッジを見る。


「まさしくこれこそが、全調査開拓員エナドリ漬け計画……。この男、なんという大悪党か!」

「待て待て! 無罪だ。俺はそんなこと考えてない!」


 ずびし、と指を突きつけられたレッジが慌てて弁明する。全く身に覚えがない罪を理由に濡れ衣を着せられるなど、堪ったものではなかった。


「ちょっとあなた、さっきから聞いていれば一方的に突拍子のないことを。失礼じゃないですか!」


 ついに堪忍袋の緒が切れたヨモギが眉間に皺を寄せて前に出る。ナットも突然険悪になった雰囲気に呑まれながら、あわあわと狼狽えている。


「レッジ! 私はあなたを許せません。だからこそ、今ここに宣言します!」


 ペンが吠える。


「この工場は私に明け渡しなさい。そしてウェイド、私に協力するなら、人工甘味料の半分はあなたに差し上げましょう」

『は、半分!?』


 突拍子もない一方的な通達。そして管理者の耳元で囁く甘い声。

 レッジがついに見かねてペンの狂気を止めようと一歩前に出た、その時だった。


『――この施設を閉鎖します』


 管理者権限が発動し、プラントの全ての隔壁が閉鎖された。


━━━━━

Tips

◇強制徴収

 管理者に認められた特別な権限。調査開拓員が所有する物品、および土地、権利を徴収することが可能。徴収は一時的かつ正当な理由が求められ、執行後には指揮官による確認と承認を受ける必要がある。


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