第1722話「新たな可能性へ」
海洋資源採集拠点シード01-ワダツミ近郊。風光明媚な沿岸地域に整備された大規模な住宅地の一角に、〈白鹿庵〉の第二ガレージも存在する。〈ウェイド〉の街中にある第一ガレージが物置とヨモギの作業場になっている関係もあり、ここが実質的な本拠地として機能している。
「ふんぬぬぬぬぬうっ!」
何度も改修が繰り返され、ちょっとやそっとの爆発ではびくともしない耐久性を得た別荘の前に小規模ながら緑の配置された庭がある。カミルによって小まめに手入れがなされ、〈白鹿庵〉の面々の癒しにもなっている場所だ。
そこで、レティが巨大なハンマーを担いで唸り声をあげていた。
「レティ、何やってるの?」
ログインしてきたばかりのシフォンが、キッチンのストレージからくすねてきた稲荷寿司を食べながらレティに声を掛ける。赤いウサ耳少女は黒鉄の特大鎚を高く掲げ、難しい顔のまま固まっている。奇妙な儀式のような格好で、不審な雰囲気を放ち、正直仲間であっても近付き難い。
「ぬぉおおああああっ! 『パワースタンプ』ッ!」
「はええっ!?」
シフォンの問いに返答はなく、代わりに凄まじい衝撃が周囲に広がる。レティが振り上げたハンマーを勢いよく地面に叩きつけたのだ。
地震のように大地が震え、シフォンは尻尾を膨らませて飛び上がる。別荘の奧から荒々しい足音が近づいてきたかと思えば、目を吊り上げたカミルが飛び出してきた。
『何やってんのよレティ!!』
「ふぎゃっ!? ちょ、誤解です、カミル! 庭は無事ですから!」
そのままミサイルの如き勢いでレティに飛び蹴りを繰り出すカミル。赤髪がなびき、流麗な身のこなしは感嘆に値する。だが、当然ながらそのダメージはレティのLPを削ることはない。
「ここは非戦闘区域でしょう。いくらハンマーを叩きつけても大丈夫なんです」
『騒がしいことをするなって言ってるの。というか、振動は伝わるんだから農園が危ないでしょ』
別荘の裏手には農園もある。レッジが日々手を入れている耐爆性グリーンハウスの中には、まだ検閲の目を向けられていない植物もある。いかに別荘地内が非戦闘区域であり、武器を振り回しても安全であるとしても、グリーンハウス内部にまで振動が伝わるのはあまり良いことではなかった。
「それで、レティは結局何してるの」
尻尾を抱き抱えたまま、シフォンが再度尋ねる。
レティはぶんぶんとハンマーを素振りしながら彼女の方へ顔を向けた。
「レティの長所ってなんだと思いますか?」
「はえ? ……いっぱい食べるところ?」
「リアルでは少食ですよ!」
質問に質問を返され、困惑しながらシフォンが答えると、レティは頬を膨らませる。その反論もどうなんだと思いつつ、シフォンはさらに考える。
「お金持ちなところ」
「親がそうなだけで、レティ自身は稼いでません」
「お淑やか……いや、違うか」
「なんでそこ引っ掛かるんですか」
リアルお嬢様ですよ、と普段は自分から言わないことを言うレティ。しかし、それ自体も彼女が求める答えではなかった。シフォンが窮していると、彼女は呆れた顔で言う。
「レティの長所、それは当然圧倒的な破壊力じゃないですか!」
「当然なんだ……」
キラキラと目を輝かせるレティ。その身を遥かに超えるハンマーは、確かに彼女のトレードマークにもなっている。腕部にBBを極振りし、さらに装備やスキル構成も破壊力に特化させた彼女のハンマーは、まさしく破壊の代名詞としても知られている。
しかし、本人は現状に満足していない様子で、ハンマーの柄を握りしめて鼻息を荒くする。
「レティと言えばハンマー、ハンマーと言えば破壊力。とはいえ、最近トーカの方が目立っている事実は否めません」
「ああ、そりゃあ確かにそうかもねぇ」
シフォンも思い返してみれば、トーカは“空間に首を定義してそれを斬ることで距離を短縮する”というよく分からない芸当までやってみせた。今も検証班がその再現を目指して〈ホウライ〉でないているらしい。
それに比べれば、確かにレティはハンマーを振り回して黒いグソクムシを叩き飛ばしていただけ、といえばそうである。
「このあたりで一回、レティも存在感を見せつけるべきなんですよ! ……レッジさんも最近はヨモギと楽しそうにしてますし!」
ブォン! とハンマーが唸る。
むしろ後者の方が理由としては大きいのではないか。そんな思いがシフォンの脳裏を過ったが、ハンマーヘッドと頭突き合いはしたくないので口を閉じた。
「それに、最近はちょっとマンネリって言うか。もっと破壊力は高められると思うんですよ」
「破壊力を高めるって、今も十分だと思うけどなぁ」
当人こそ不満げだが、その攻撃力は極まっている。防御を捨て、移動を天性のセンスに任せているレティは、リソースの全てを攻撃に注ぎ込んでいる。そのハンマーから放たれる衝撃は、文字通りに星を砕くほどの破壊力だ。
それでもなお、レティは探求を諦めない。
「シフォンは『パワーチャージ』って知ってますか?」
「はええ……。エイミーがたまに使ってるのを見たことあるかも?」
「そうです。打撃属性攻撃の前に使うことで、その攻撃の破壊値が高まるテクニックです。いわゆるタメ攻撃ってやつですね」
レティが庭先で唸っていたのは、別段ふざけていたわけではない。彼女は『パワーチャージ』を発動し、気合いを溜めることで次の攻撃である『パワースタンプ』の威力を高めていたのだ。
「調べてみたら、チャージ系のテクニックは色々あるみたいなんです。その辺をどうにかこうにか組み合わせれば、新境地が見えてくるのではないかと」
「まだ破壊力高めるの……」
もう十分でしょ、と半目になるシフォン。だがレティはやる気満々で効果の分析に夢中だ。
「レティがもっと破壊力を上げれば、きっとレッジさんも注目してくれるはず……。『おっ、レティの破壊力いいじゃないか』うへへ……。まだまだこんなもんじゃありませんよ」
「おじちゃん、そんなこと言うかなぁ」
恋は乙女を盲目にする。本人はいたって真面目でも、側から見れば浮かれたウサギが飛び跳ねているだけである。放置でよかろう、とシフォンが稲荷寿司を食べ切って立ちあがろうとした、その時だった。
『緊急事態発生。地上前衛拠点シード01-スサノオ近郊の工場にて、管理者ウェイドを含めた調査開拓員数名を人質にした立てこもりが発生しました。調査開拓員各位は事態解決のため当該地域へと集合してください。繰り返します――』
「はえええっ!?」
突如、全調査開拓員に向けたアナウンスが鳴り響く。その内容にシフォンは思わず飛び上がった。
管理者を人質に取った立てこもり、しかも場所が〈ウェイド〉となれば、ブラックダークによる都市簒奪事件が想起される。調査開拓団そのものが瓦解しかねないほどの緊急事態である。
「いきなりレティの出番のようですねぇ! シフォン、行きますよ!」
「はえわっ!? はええっ!?」
レティはシフォンを抱え、別荘を飛び出す。
『晩御飯までには帰ってきなさいよー』
その背中を、カミルが見送るのだった。
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Tips
◇『パワーチャージ』
〈戦闘技能〉スキルレベル30のテクニック。気合を入れて力を溜めることで、次に発動する打撃の威力を向上させる。
“気合いを入れろ! 気合いだ! 気合いだぁ!”――熱血の格闘家ハリテ
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