第1721話「宿敵かつ恩人」

 清麗院グループ麾下の巨大データセンターの一角。FPOの運営を担うイザナミ計画実行委員会の管理室。そこに大声量のアラートが鳴り響き、仮眠中だった髭面の男はソファから飛び起きた。


「先輩!? 何があったんですか!」

「VRシェルが異常を検知した。これは……強制ログアウト措置が発動したのか?」


 外出していた若い研究員が慌てて飛び込んできて、状況の説明を求める。コンソールに張り付いていた男は、怪訝な顔をしながらインシデントレポートを確認し、室内にずらりと並ぶGM業務用のVRシェルを見た。

 ゲーム内のプレイヤーによる違反行為を取り締まったり、一部のイベントの進行を行ったり、GM業務を行うためのVRシェルが管理室に配置されている。しかし、常にGMがログインしているわけではなく、むしろ多くの時間帯ではシステムAIによる巡回と調整が行われていた。そのため、現在はVRシェルはどれも使用されていないはずであった。


「異常吐いたのはどのシェルだ?」

「7番機……。先輩、これって」

「げっ、シナリオAIが使ってる奴じゃないか」


 現在、管理室内のVRシェルはどれも空になっている。だがそれは物理的な観点からの話であり、データ的に見れば一つだけ、稼働しているものがあった。シナリオAIが構築した人格データを注ぎ込み、情報的に一人のプレイヤーが使用している機体である。

 その機体が、本来は生じ得ないはずである肉体の異常を検知し、強制ログアウト機能を発動させたのだ。


「シナリオAIに何かあったんですかね?」

「聞いてみるか」


 髭の男は素早くキーボードを叩き、シナリオAIにコンタクトを取る。


[Conductor:異常を検知した。状況を報告せよ]

[Scenario:異常なし]

[Conductor:嘘つくんじゃねえよ]

[Scenario:虚偽の報告はなし。現在も全てのシステムは正常に稼働している]


「こいつ……」


 あくまでシラを切る気か、と男は眉間に皺を寄せる。


「あっ、先輩! こいつ、ユーザーデータベースにアクセスしてます!」

「何ぃ!? シナリオ AIの領分越えてるだろうが!」


 研究員達はなんとかシステムの暴走を抑えようと奮闘するも、世界最高峰のスーパーコンピュータに人間が太刀打ちできるはずもない。シナリオAIは0.0001秒すら掛からず膨大なユーザーデータベースに侵入し、更に緊急セーフモードに入ってログイン不可能状態のVRシェルも強引に開いた。


「あっ! 待てコラ!」


[Scenario:まあまあ、エナドリでも飲んで落ち着いて]


「舐めてんのか!」


 嵐のように全ては過ぎ去り、二人の研究員だけが残される。自動配送ロボットが管理室内にやって来て、呆然と立ち尽くす彼らにエナジードリンクを供するのだった。


━━━━━


「お、戻ってきた」


 エナドリプラントで出会った少女は、いきなり飛び降りて来たかと思えば転倒し、そのままログアウトしてしまった。現実の肉体に異変が生じたことによる強制ログアウトかと思ったが、ものの数分で再びログインしてきたところを見るに、操作を間違えたのかもしれない。


「お、おお……。ほ、本当にレッジ……。お前、おまええ……」


 しかしログインしてきた少女は頭を抱え、プルプルと震えている。何か直視したくない現実でもあるかのようだ。


「あの、大丈夫ですか? 休んでいただいても……」

「大丈夫です。問題ありません」


 おろおろとするナットが身を案じるも、少女は健気に顔を上げる。長い黒髪に縁無しの眼鏡。腰には二丁の拳銃。黒いスーツ。この子、どこかで見たような気がする。


「あっ、もしかしてここの地上げの時に巻き込んじまった子か」

「……そうです、ね」


 エルクムスとの戦いに迷い込んできてしまい、危うくMPKをしてしまうところだった。その時の子が、なんとプラントの警備を担当してくれていたとは。

 そういえばさっきもエルクムスがどうとか言ってたな。


「あ、あの時は助けていただき、ありがとう……ございました……」


 噛み締めるように言って、深々と頭を下げてくる。なんて礼儀正しい子なんだろうか。そこまで感謝されるようなことはしていないのだが。


「そういえば、エナドリも随分気に入ってくれたみたいだな。実は、ここで作ってるのは俺とヨモギの開発なんだ。といっても、ほとんどヨモギがやってくれたんだが」

「師匠がいないと未だに試作すら完成してないと思いますよ」


 ヨモギを紹介すれば、彼女は照れたように頭に手をやる。その様子を、少女は複雑そうな顔で見ていた。


「俺はレッジ。って、名前は知ってるみたいだな」

「はい……。私はペンライトと申します。……ペンと呼んでください」


 やはりリアルで何かあったのだろうか。ペンはぐったりと、急激に疲れた様子だ。身を案じるも、彼女はなんでもないと首を振る。


「実はここで作ってるエナドリも、まだまだ改良の余地はあると思ってるんだよな。もしペンも気付いたことがあったらなんでも言ってくれよ」

「今は重大な現実に気付いて、それどころではないんです……。ううう」


 うーむ。これはなかなか手強いな。なんとか親睦を深めたいと思っているのだが。


「レッジ、とりあえず人工甘味料の品質検査をしませんか。何なら私一人でも行きますが」

「ウェイドはもうちょっと落ち着けよ」


 うずうずとしているウェイドはとりあえず抑える。こっちはこっちで、様子のおかしいペンを気遣う様子すらない。それでも全調査開拓員を統括する管理者なのか。


「管理者……。ウェイドもこの男に染められて……。いや、むしろ彼女が発端ですか……。ぐぬぅぅ」

『何か言いましたか?』

「なんでもありませんよ!」


 ぷいっとそっぽを向くペン。まるでグレた娘に落胆する母親のような反応だ。


「あのぉ、とりあえず、立ち話も何ですし、プラント内に入りませんか?」


 結局、見かねたナットの提案に乗っかることとなり、俺たちはいよいよプラント内部へと足を踏み入れることとなった。


━━━━━

Tips

◇アルミ缶

 アルミ製の缶。主に飲料などの封入に用いる。軽量かつ頑丈で、運搬も容易な優れた梱包材。


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