第1720話「待望の再会」
〈ダマスカス組合〉のクロウリからプラント完成の報告が届いたのは、土地の購入から数日後のことだった。随分と早い竣工のようにも思えるが、調査開拓員の力があれば、そんなものだろう。都市でさえ数週間で完成するのだから。
「エナドリプラント、楽しみですねぇ。もうラインは稼働しているんですよね?」
「試験も兼ねて少しずつ製造は始めてるらしいな。まだ一般販売まではしてないが」
共にエナドリ開発を行ったヨモギと共に、森の中を歩く。プラントまでの道は舗装こそされていないものの、木々も切り倒されて簡易な道が作られていた。ここもいずれ、大型の機獣が歩けるような輸送路になるはずだ。
『私もまだプラント産の人工甘味料は食べていませんからね。しっかりと品質を見極めなければ』
「サンプルは散々送っただろ……」
気合が入っているのは俺たちだけではない。むしろ数歩先から振り返ってこちらを急かしてくるのは、我らが管理者ウェイド(砂糖断ち二週間目)である。目が妙にぎらついていて、ちょっと怖い。
ぷらぷらとモフモフの尻尾を揺らすヨモギと、鼻息を荒くするウェイド。そんな二人と共に歩くことしばらく。木々の密集が急に開け、そこに背の高いフェンスに囲まれた巨大なプラントが現れた。背の高い円筒形のタンクが並び、大小様々なパイプが入り組み、バルブで繋がっている。あちこちから蒸気が吹き上がり、すでに稼働を始めているようだ。
「お待ちしておりました、レッジさん」
「ナット! 随分と立派な工場に仕上げてくれたんだな」
正門前で出迎えてくれたのは、グレーの作業着に緑の腕章を着けたタイプ-ゴーレムの女性、〈ダマスカス組合〉調査課のナットだ。
「建物を仕上げたのは建築課のメンバーです。身内贔屓を抜きにしても、完璧な仕事をしましたよ」
胸を反らせて誇らしげなナット。彼女も組合の仕事には全幅の信頼を置いていた。
「図面は見てましたが、実際の建物を見るとかなり大きいですね……。というか、妙に厳重な守りが固められているような……」
物珍しげに周囲を見渡していたヨモギは、プラントをぐるりと囲む頑丈なフェンスに目をつけた。等間隔に太い柱と大型の照明も取り付けられ、昼夜を問わず厳重な警戒態勢が敷かれている。しかも、フェンスはところどころ真新しいものがあり、逆に大部分はすでに傷がついていた。
〈鎧魚の瀑布〉は基本的に危険度がさほど高いフィールドとは言えないものの、それでも森のど真ん中にこれだけ大規模なプラントを建てると、常にどこかしらに原生生物の襲撃が発生しているらしい。
『大丈夫なんですか? もし人工甘味料の生産計画に遅滞が発生するようなら、ウチから都市防衛設備も……』
「地形丸ごと抉り取るつもりか。そんなことしたら即猛獣侵攻が始まるだろ」
『あいたっ!? 管理者を殴るなんて、いい度胸ですね!』
軽く小突いただけだが、ウェイドが頬を膨らませる。最初の頃はもうちょっと理知的な管理者だったはずなんだけどなぁ。
「し、心配には及びません。操業の一環として、防衛の人員も雇用しておりますので」
どこか呆れた様子のナットが即座にフォローしてくれる。今回のプラントは、その製造レシピを俺たちが提供し、それを〈ダマスカス組合〉が製造するという形式になっている。プラントの運営や維持管理も彼らに任せているのだが、そこに防衛も入ってくるらしい。
てっきり傭兵を雇用しているのかと思ったが、話を聞いてみるとちょうど〈鎧魚の瀑布〉が適正レベル帯の調査開拓員に、アルバイト的に協力してもらっているのだとか。
「エリアエネミーはかなり強かったですよね。襲撃してくるエネミーはそこまで強くないんですか?」
「フィールド全体の危険指数の1.2から1.5倍くらいの強さはあります。ただ、フェンスなどの防衛設備も使えますし、むしろスキル上げがしやすいという声もあるんですよ」
ヨモギの疑問ももっともだったが、ナットの説明にも頷けた。この辺りが適正レベルの調査開拓員は早く戦闘系スキルのレベルを上げたいだろうし、森の中を歩き回らずともそれなりに骨のある原生生物がやってくるなら、楽でいいだろう。
そういった事情もあって、基本的には警備員の入れ替わりは激しいのが相場のようだ。
「ただ、一人だけずっとこのプラントで働いてくれている方もいらっしゃるんです」
「へぇ。また珍しいな」
自分もプラント管理責任者から聞いただけと前置きしつつ、ナットは語る。
「給料の代わりに現物支給を、という変わった要求がありまして。ただ、射撃の腕は素晴らしいので、とても助かっているようです」
「現物支給、ですか。エナドリが好きなんですかね?」
「暇さえあれば飲んでいる、と聞いています」
「大丈夫なのか?」
健康面は機械人形である以上、そこまで悪影響はないだろう。最悪、機体ごと取り替えればいいしな。それよりも、中毒性があると思われそうでちょっと心配だ。そういう類の成分は入れていないはずなんだけどな。
『はぁ、はぁ……。そんなことはどうだっていいんです。はやく品質検査させなさい』
「ウェイドはもうちょっと落ち着けよ。本当に依存症っぽいぞ」
『管理者が依存するわけないですが!?』
やっぱり一回、どこかしらに監禁して治療してもらった方がいいんじゃなかろうか。
少しウェイドのことが心配になりつつプラントに向かって歩いていると、入り組んだパイプの上に誰かが建っているのが見えた。黒いスーツに、黒い髪。眼鏡を掛けているのか、目元が反射してよく見えないが……。
「ナット、あの人は……」
「ええと、組合のメンバーではないですが」
〈ダマスカス組合〉のメンバーは黄色いヘルメットか緑の腕章を着けている。そのどちらもないということは外部の人間。しかし全くの部外者なら敷地内にも入れないだろう。ということは――。
などと考えていると、突然その人影が飛び降りた。かなりの高さがあるが、一切の躊躇がない。おそらく高いレベルの〈受身〉スキルがあるのだろう。
「なんだなんだ?」
「むぅ、なんだか嫌な予感がしますね」
ヨモギがぴくりと耳を揺らした、その時だった。
「ふひゃああああああああっっ! エルクムスさん!!!! お会いしたかったでしゅぶりゅるるあああああああっ!? き、きさま、あなた、どなっ!? ふひゅぇっ!? お、おの、おのれ、レッジ!? ふぎゅああああああああっ!?」
「おわああっ!?」
猛然と駆け寄ってきた少女。彼女は俺に向かって大きな声をあげたかと思えば途中で驚愕の表情をし、そのまま派手に転倒しながら銃を構え、更に困惑した様子で狼狽えていた。
数秒間で無数の感情が駆け巡った彼女に、俺たちも困惑する。
双方共に対応に迷っているなか、ナットが困った顔で左右を見比べていた。
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Tips
◇高光度探照灯
フィールド建築物に分類される小型設備。フィールド上に強い光を放ち、接近する原生生物の早期発見を助ける。一方でその光で一部の原生生物を誘引する場合もある。
中量の電力を消費し、わずかに環境負荷を高める。
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