第1718話「繋がる点線」

「おお……おお、この炭酸のシュワシュワ……突き抜ける香気……ベタつくような甘さ……。有効成分が全身に染み渡り、細胞の一つひとつが活性化していきます……」


 警備員の詰め所に案内されたペンは、実に三日ぶりのエナジードリンクを一気に飲み干し感涙していた。ビクビクと小刻みに震えながら恍惚とした笑みを浮かべる少女に、警備員たちは顔を見合わせる。


「なあ、この子はいったい誰なんだ?」

「勝手に連れて来ちゃったけど、大丈夫かね」

「外で放置するわけにもいかんだろ……」


 彼らは〈ダマスカス組合〉によって雇われ、今日一日だけエナドリプラントの警備を行う日雇い調査開拓員であった。原生生物が襲いかかって来たのなら問答無用で撃退するのが彼らの仕事だが、エナドリを求めてフェンスをガシャガシャと鳴らす少女の対応については想定されていない。かといって放置していれば、その騒音で原生生物を呼び寄せることもあり得る。

 そんなわけで、ひとまず緊急対応としてペンを敷地内に案内したのだった。


「それで、お嬢ちゃんの名前は?」

「ペンライトと申します。ペンと呼んでください」

「ペンちゃんね。……銃士かな?」

「はい」


 黒いスーツ一式は戦闘職としては珍しいが、腰のホルスターに大型の拳銃が二丁も吊り下げられている。それを一瞥して、警備員のリーダーはペンのプレイスタイルに当たりをつけた。


「それで、ペンちゃんは何しに来たんだい」

「実は人を探しておりまして……。エルクムスという方なんですが」

「エルクムス?」


 その名前を聞いて、警備員たちは顔を見合わせる。反応を見ていたペンは、3人が何か事情を知っていることを直感で理解した。椅子を蹴飛ばして立ち上がり、テーブルに手を突いて身を乗り出す。


「エルクムスさんについて何か知っているんですか!? 教えてください!」

「そう言われてもな……。エルクムスって、ここに居たやつだよな?」


 警備員の一人が足元――このプラントが建つ土地を指差す。

 ペンは確信した。やはりエルクムスは、ここに居たのだ、と。


「エルクムスさんの行方を探しているんです。どこに行ったか分かりませんか?」

「行方?」


 ただのエリアエネミーに敬称をつける少女に首を傾げつつ、警備員はなんとかその意図を読解しようと試みる。

 エリアエネミーの行方といえば、プラントが立っている以上討伐されたというのは明白だ。おそらく、ペンという少女はその先について尋ねている。つまり、エルクムスの素材がどこに流れたか、という話だろう。

 危険指数830のエリアエネミーであるエルクムスの素材は、かなり良質なものだ。しかも、その解体を手掛けたのはおっさん――レッジである。となれば、品質も最上級となり、引く手数多だろう。すでに〈ダマスカス組合〉の調達課に買い取られたか、もしくは市場に流れた可能性もある。


「そのへんの商業区画の市場とか見てみたら、見つかるんじゃないか?」

「市場? お店に出られてるんですか?」

「店に出てるというか、出されてるというか……。IDが分かれば追えると思うが」


 調査開拓員は名前の重複が認められている。一方で固有のIDも割り振られ、それによって個人が管理されていた。

 調査開拓団内で流通する全てのアイテムにも固有のアイテムIDが割り振られ、その売買記録を参照することも可能だった。


「うう、IDは分からないんです……。かなり腕利きと聞いているので、有名かと思ったのですが」

「まあ、結構強いとは聞いたなぁ」

「有名かどうかと言われたら、そこまででもないけども」


 エルクムスは危険指数830の大物だが、それも〈鎧魚の瀑布〉に限った話だ。他のフィールドには、危険指数1000を超えるような強敵もゴロゴロと存在する。そもそも、基本的に縄張りから出ることのないエリアエネミーの知名度は、その土地の買取を検討している者でもなければ、ほとんど無きに等しい。


「各地の市場で探してみます……。ありがとうございました」

「いいって事よ。俺もレアなエナミー素材を探し回ったことあるしな」

「はい? はあ、まあ、そうですね」


 気を利かせたつもりが、微妙な反応が返ってきた警備員は首を傾げる。突然エネミーの素材になって、ペンも困惑していた。


「ところでこのエナドリ、とっても美味しいですね。……というかこれ、もしかしてミスティックレイクでは?」

「お、よく知ってるな。この工場じゃミスティックレイクとホロウダイブっていう二つのエナドリを作って――」

「ななななっ!?」


 エナドリの味からその種類をぴたりと言い当てたペンに、警備員たちは驚く。まだプラント内部で製造されているエナドリについては、公表していないものだった。

 驚いたのはペンも同様である。彼女は再び立ち上がり、目を丸くする。


「こ、このプラントではミスティックレイクとホロウダイブを作っているんですか!?」

「そ、そうだが……」

「〈ダマスカス組合〉の製品ではありませんよね!?」

「ああ。えっと、組合はプラントの製造と量産品の販売を請け負ってるだけで、元々作ったのはおっさ――」

「そういうことでしたか!」


 警備員が全てを詳らかにする前に、ペンはその明晰な知能とシナリオライターとしてのストーリーテリング能力を最大限に発揮し、ひとつの筋道を見つけ出した。

 あの化物から助けてくれた謎の槍使い、エルクムス。彼こそがエナジードリンクを作り上げた二人組の片割れだったのだ。だからこそ、組合員ではないにも拘らずこの土地にいた。なんという奇遇、なんという奇跡!

 であるならば。ここにいればエルクムスとまた会うこともできるのではないか。


「あの!」

「ひっ!? な、なんだ……?」


 一人で表情を七変化させるペンに怯えていた警備員たち。机を叩いて身を乗り出したペンに、彼らは飛び上がる。


「ここで働かせてください!」

「は?」


 ペンは天板に額を叩きつけるようにして頭を下げる。美しいほどの懇願だった。

 警備員たちがいて、フェンスが張り巡らされているということは、ここには戦闘力が必要だということである。ならば、銃を使える自分にも何かできることはあるだろう。エナドリがなければ無力だが、そもそもここには大量のエナドリがある。

 そんな打算も頭の中で巡らせながら、それでもペンは真摯に願う。


「いやぁ、俺たちも雇われの身だしなぁ」

「とりあえず組合の人に聞かねえと」


 困り顔で眉を寄せる警備員たち。


「それでも構いません! お願いします!」

「まあ、ちょっと待っててくれよ。とりあえず偉い人呼んでくるから……」


 梃子でも動かなさそうなペンを見て、彼らは折れる。厄介なものを拾ってしまったと少し後悔しながら、責任を取りたくないがために、プラントの責任者を呼ぶのだった。


━━━━━

Tips

◇害獣防止電流フェンス

 フィールド建築物を原生生物から守るための防護柵。電流が流れており、接触したものを痺れさせる。耐久性は低いが、環境負荷は比較的小さく、ある程度の原生生物を遠ざける効果がある。


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