第1715話「テントの真価」
地価や風水、立地などを調査部が調べ上げ、総合的な判断によって選ばれたのは、瀑布から流れ出す大河からも程近い土地だった。〈ウェイド〉からもそれなりに近く、またミートたちがいる〈マシラ保護隔離拠点〉も見える。個人的にはかなりの好立地なのだが、値段はそれなりに安かった。
理由の一つとして挙げられるのは、ここが巨大で根の強い木々が密集する土地であったことがあげられる。これらを伐採しないことには、プラントを建てるだけの土地も得られない。そしてもう一つ、最大の理由が――。
『ギィイイイイイイイッ!』
その強靭な木々を軽々と薙ぎ倒して襲いかかってくる、巨大なトカゲ頭の原生生物、“剛腕のエルクスム”だった。著しく肥大化した筋骨隆々の前脚は丸太のようで、手先も物を把持できるように進化している。頭こそ爬虫類らしい尖った形状だが、身体は毛の代わりに鱗が生えたゴリラのようだ。
それがノコギリのような牙を剥き出しにして、こちらへ飛び込んでくる。手には根本から薙ぎ倒して天然の棍棒とした“大瘤堅樹”が握られて、容赦なく叩きつけてきた。
「ひゃ、ひゃあっ!?」
「大丈夫だよ、ナット。この程度で壊れるほど柔な造りはしてないさ」
ヘルメットごと頭を抱えて蹲るナットに声をかける。それでも彼女は信用できないのか、びくびくと大きな身体を震わせていた。
エルクスムの危険指数は、なんと破格の830。レベル80相当の戦闘系スキルを持つ戦士職が、10人は必要という文句なしのレイドボスだ。強さに見合うだけの凶暴性も併せ持ち、今も瘤だらけの巨木を連続で叩きつけてくる。
だが、〈ダマスカス組合〉の調査部員たちはともかく、俺とヨモギとウェイドは余裕の表情だ。エルクスムが攻撃しているのは、俺のテントの中でも随一の防御力を誇る要塞型なのだ。
『ギィアアアアアッ!』
エルクスムの滅多打ちも微風のようなものである。ウェイドなど、チョコバーを齧る余裕すら見せている。都市の外に出ているからと言って、ここぞとばかりにお菓子を食べまくってるな……。
「さ、流石は要塞おじさん……。最近は植物の方で暴れていましたが、元々はこちらが主戦力でしたね」
「戦力というのも何だが、まあ歴としては
要塞おじさんというあだ名も久々に聞いた。最近はテント建てるより土いじりする方が多かったからな。ともあれ、根強く反対する現地住民の立ち退きを促進するなら、その土地に上物を建ててしまえばいい。
「流石といえば、傭兵の二人も随分な活躍じゃないか」
激戦といえば激戦だが、俺はただテントを建てただけである。頑張ってくれているのは、その外でエルクスムを相手取っている二人のドワーフたちだ。ネルガとベスパ、DWARFの警備部に所属する二人は、大振りなツルハシを力強く叩きつけ、巨獣相手に一歩も退いていない。
危険指数830。調査開拓員10人程度は必要とされるエルクスム相手に2人だけと聞けば心配が勝るが、すぐにそれは無用の憂いであると分かった。
「あの2人、どうやって雇ったんだ?」
「組合は傭兵雇用が生命線ですので」
テントの外で暴れ回る2人は、前線で活躍するトッププレイヤーにも匹敵しそうなほどだ。〈取引〉スキルで雇うことができる傭兵は、良くも悪くも金次第。とはいえ、傭兵の中には特殊な条件を求める者もいるらしい。
特定の依頼の達成だったり、アイテムを見返りに求めたり。その条件が厳しければ、傭兵の実力も上がる。
「中には、あのアストラさんも凌ぐほどの傭兵もいるとか」
「本当か? にわかには信じられんが……」
ナットの言葉に瞠目する。調査開拓団最強と名高いアストラを上回る実力など、戦闘制限を解除した管理者くらいのものかと思っていたが……。
「ネルガとベスパは、〈オモイカネ記録保管庫〉の修繕任務において最大の功績を挙げることが雇用の条件になります。並の生産者では難しいでしょうね」
「なるほど。それならあの強さも納得か」
〈鎧魚の瀑布〉と〈老骨の遺跡島〉の地下深くにある記録保管庫は、どちらも老朽化が激しい。そのため管理者であるオモイカネの名前で修繕任務が常時公開されている。〈ダマスカス組合〉は持ち前の生産能力を活かして記録保管庫の修繕を進め、その報酬という形で警備部のエースの協力を取り付けたのだ。
戦闘職がどうしても目立つものの、生産職には生産職の戦い方があるということでもある。
『ヌハハハハッ! 傷を考えんで良いのは楽でいいのう!』
『死に晒せ、このトカゲモドキがっ!』
ドワーフ2人は、タイプ-フェアリー機体よりも更に小柄な身体を活かし、エルクムスの足元を機敏に駆け回っている。攻撃がわずかに掠めただけでもかなりのダメージを受けるだろう。それでも余裕の表情をしているのは、そういったものが瞬時に癒えるからだ。
要塞テントの範囲内ならば、各種バフが自動で付与される。その中にはLPの自動回復もある。ドワーフたちはLPで駆動しているわけではないが、その回復効果は問題なく得られていた。
「戦闘はドワーフ任せにするとして、回復物資はかなり用意してきたのですが。どうやら不要だったようですね」
地上げに備えてナットたちはアンプルや包帯を持ってきたようだが、テントの回復効果と防御力上昇効果で事が足りている。
『ギィリリリリリァアアアアッ!!』
しかしツルハシというのは掘削用の道具だが、武器としてもなかなか強力だ。エルクムスの雄叫びも、だんだんと悲痛なものに変わっていく。ネルガとベスパは容赦なく、むしろ勢い付いてツルハシを振るっていた。
「原始原生生物の種瓶が使えたら楽なんだけどなぁ」
『頭まで根っこが生えてるんですか、貴方は。フィールド上でそんなもの使わせるわけがないでしょう』
“剛雷轟く霹靂王花”でも咲かせていればエルクムスもさくっと倒せていたのだが、流石のウェイドもそれは許してくれなかった。チョコバーを増量しようかと提案したら、20秒ほど悩んで首を横に振っていた。
「師匠のテントは世界一ですからね。植物に頼らなくても問題ありませんよ。それよりも、新作の毒を試してみたかったんですが……」
『こっちがこっちなら、そっちもそっちですね! 土壌汚染させるわけないでしょう!』
つまらなそうに肩を落とすヨモギも、ウェイドに一蹴されたクチだ。エナドリ作りの合間を縫って開発していた毒液をエルクムスにぶっかけようとして、砂糖工場予定地を穢す気かと怒られていた。砂糖じゃなくて人工甘味料だし、そもそもエナドリ製造がメインなのだが。
「ま、まあまあ。こうしてテントがあるだけでもかなり楽になりましたから。こうして談笑できているのも予定外のことですし」
ナットが仲裁に入ってくれて、ウェイドも落ち着く。すかさずチョコバーを口に突っ込んでやると、より大人しくなった。
エルクムスもそろそろ倒れそうだ。そうすれば、この土地は〈ダマスカス組合〉の名義となり、堂々とプラントを建てることができるようになる。
調査部もそれを見越して、すでにこの土地を管理している土地系バンドに連絡を取り始めていた。
『しかしこのテント、これだけ殴られてもびくともしないとは。基礎を立てるわけにもいかないでしょうし、どうやって姿勢を安定させているんです?』
「うん? それは秘密なんだが、実は底の方にとある植物の種を仕込んで、その根を地面に生やすことで――」
『この馬鹿!? ドサクサに紛れてやっぱり植物使ってるじゃないですか!』
目を剥いたウェイドが飛びかかってくる。顔面に張り付いてポコポコと頭を殴ってくる管理者に、そのまま床に押し倒されそうになっていたその時だった。
「し、師匠!? テントの外に知らない女の子がいます!」
「もがが!?」
ヨモギの焦った声。指差す方に目を向ければ、森の中をトボトボと力なく歩く、黒髪の少女が見えた。まずいと思った矢先、エルクムスがそちらへ棍棒を振り下ろした。
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Tips
◇剛腕のエルクムス
前腕が大きく発達した異形の原生生物。木を薙ぎ倒し、武器として扱える程度の知性も併せ持ち、非常に凶暴。しかし特定の縄張りに強く固執し、その範囲内から逸脱することはない。
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