第1714話「土地の主」

 〈ダマスカス組合〉のナットたちと共にヤタガラスに乗り込み、〈鎧魚の瀑布〉へ。霧の立ち込める森林が俺たちを出迎えた。

 〈ウェイド〉には頻繁に足を運んでいるが、その周囲に広がるフィールドへ出るのは久しぶりだ。どこか懐かしい思いもありつつ、感慨に浸る間も無くマップを開く。


「大まかな条件に合わせた選定は済ませています。そこから、更に実地検証を進めていきましょう」

「了解。それで、彼らが護衛だな」


 基本的にフィールド上の建築物といっても都市の近くに建てることになる。わざわざ辺境に置く理由がないからだ。その上で水が採れたり、輸送路が確保できたり、いくつかの条件を重ねていくと、自ずと候補地は限られてくる。

 ナットたちの使命は、そうして選び出された候補地を精査することだ。当然フィールドに出向く以上原生生物に襲われる可能性は十分に考えられる。そこで、彼女たちは力強い護衛を雇っていた。


『DWARF警備部所属のネルガじゃ』

『同じく、ベスパじゃ。よろしくのう』


 〈取引〉スキルによって雇用することができる、NPCの傭兵である。しかも今回、ナットたちはDWARFの警備部を雇い上げているようだった。

 彼らの拠点である〈オモイカネ記録保管庫〉が瀑布の地下にあるとはいえ、そこから出ることがそもそも珍しい警備部ドワーフを雇えるとは。


「かなり金もかかるんじゃないか?」

「〈取引〉スキルレベル70以上かつドワーフとの友好が結べていれば雇用は可能ですよ。フィナンシェ払いもできますし」


 出費を心配して囁くと、ナットはしれっと答えた。ドワーフたち地下種族はフィナンシェが好物であるというのは有名な話だが、それにしてもネルガとベスパはかなりの量を求めてくるはず。流石は生産系トップバンドといったところか。

 NPC傭兵というのは金で雇える戦力ということで、商人系の調査開拓員がよく利用している。良くも悪くも金次第という、少々特殊な戦力だ。

 そもそも、ただフィールドを歩くだけなら、俺とヨモギが護衛をしても良かったのだが、そうも言っていられない理由がある。


「では、一つ目の候補地を見に行きましょうか」


 ナットに案内され、ジメジメした森の中を歩く。〈鎧魚の瀑布〉は巨大な滝によって上層と下層に隔てられた特殊な地形をしているが、基本的には〈ウェイド〉のある下層で候補地を探すことになる。ネルガとベスパはツルハシを片手に先行し、原生生物の襲撃に備えていた。


「師匠、土地を見つけたら具体的には何をするんですか?」


 一応帯同しているものの、特にやることもない。暇を持て余したヨモギが、こっそりこちらに話しかけてきた。


「まずは土地の権利関係を調べる。管理者――今回ならウェイドに問い合わせて、その土地を買おうとしている奴がいないか調べるんだ」


 一定の調査開拓活動が完了したフィールドでは、金を積むことで土地を購入することができる。要はその競合がいないかどうかを確かめるのだ。仮に既に売約済みであれば、先方と交渉するか諦めるか選ばなければならない。


「この土地は現在、20Mビットで押さえられているようですね」


 辿り着いた第一候補地の前で、ナットが言う。

 土地の権利関係といったが、〈鎧魚の瀑布〉のような初期から存在し、〈ウェイド〉もあるようなフィールドはほぼ全域が売約済みであると考えていい。土地関係に強いバンドが、買い注文だけ出しているのだ。そして、それを跳ね除けて土地を手に入れようとするなら、より高い金額を提示しなければならない。


「なんですかそれ!? 土地転がしじゃないですか。地面師じゃないですか!」


 フィールドの土地売買の実態を目の当たりにしたヨモギが驚き、憤慨する。

 とはいえ、ナットたちは事前に了承していたものだ。それに、売約しているバンドも左団扇で儲けているわけではない。


「ちなみに、ここのエリアエネミーは?」

「危険指数125相当のドロモグラの群れですね」


 ナットは資料をめくり、即座に答える。

 土地を買い取る際には、このエリアエネミーという存在がネックになるのだ。


「レアエネミーやボスエネミーとは違うんですか?」

「そうだな。こいつらは特定の縄張りに強く固執するタイプのエネミーだ。土地を占有しようとすると、死ぬ気で抵抗してくる」


 通称“現地住民”なんて言ったりもするが。とにかく、このエリアエネミーをどうにかしなければ、どれだけ金を積んでも土地は手に入らない。

 そして土地を買い占めているバンドは、このエリアエネミーの調査を行っているのだ。事前に土地を抑えることでエリアエネミーを出現させ、その情報を集めてまとめる。また、エリアエネミーの縄張りを調査し、それを一つの土地としてまとめる。ナットたちのように実際に土地を買いたい者は、その資料を元に土地の選定ができる。


「あの、師匠。危険指数125って……」

「武器スキルのレベルが125くらいあればソロ討伐可能だろう、っていう目安だな」


 危険指数を調べるのも、土地系バンドの仕事だ。ある程度の揺らぎはあるものの、数値はイコールでソロ討伐に必要な武器スキルレベルと考えていい。現状、スキルレベルキャップが90である以上、危険指数125のドロモグラは到底倒せない。

 第一開拓領域の第四域という初期フィールドにも拘らず、エリアエネミーは前線のボスも凌ぐほどの強さを誇るのだ。


「ちなみに、この土地のエリアエネミーが一番危険指数の低いエネミーになります。他は150、152、218……」

「レイドボスじゃないですか!」


 ナットの上げる数字のデカさに、ヨモギは再び仰天する。

 土地を通るだけなら大人しいエリアエネミーも、そこを所有しようと思うと強大な敵として立ちはだかる。広い土地を手に入れようとすれば複数のエリアエネミーを相手取る必要も出てくるし、これでなかなか大変なのだ。


「しかし、ここは〈ウェイド〉からもちょっと離れてるんだよなぁ」


 マップを見ると、この土地は少々交通の便に難がある。できれば、もう少し都市の近郊に建てたいところだ。ウェイドもそうだそうだと頷いている。


「町から近い場所ですと、更に危険指数は高くなりますよ。最低でも460は……」


 当然ながら、好立地好条件の土地は既に取られている。交渉の余地もなく、建物が立っていることも珍しくない。そうでない場所となれば、必然的に手に入れる難易度が高くなる。


「いくらDWARFの二人でも、流石に厳しいかと」

「まあ待て。そりゃあドワーフ二人なら大変かも知れんが、俺ももちろん協力するぞ」


 難色を示すナットに胸を張る。

 危険指数460の敵は流石に俺も力不足だろうが、協力する方法はいくらでもある。

 俺の意図を汲み取ったのか、ナットもはっと顔を上げた。


━━━━━

Tips

◇エリアエネミー

 フィールド上に存在する特定のエリアを縄張りとする、非常に強力なエネミーです。通常の調査開拓活動時には無害である場合がほとんどですが、土地を占有する場合には危険な敵性存在となり、排除の必要性が生じます。


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