第1713話「量産体制へ」

 エナドリ作りは“ミスティックレイク”と“ホロウダイブ”の二種類に注力することとなり、成分の調整から量産体制の確保へと移行した。この二つは先方からの評判も上々で、早急に数を揃えて欲しいという要望があったのだ。

 とはいえヨモギの〈調剤〉スキルがあれば進められる製品開発とは違い、量産体制を整えるのは難しい。ただ調合すればいいというものでもないのだ。


「というわけで、相談に来た」

「なるほど。レッジがわざわざ訪ねに来ると聞いて身構えてたが、そういうことなら俺たちに任せてくれ」


 鷹揚に頷く小柄なタイプ-フェアリーの青年。黄色い安全ヘルメットがトレードマークの、〈ダマスカス組合〉の代表であるクロウリだ。

 エナドリの量産をしようと思うなら、専用の生産設備を用意する必要がある。原材料を流し込めば機械的に製品を吐き出すようなプラントは、専門の建築士によって造られる。そういった大規模施設の建造において多くの実績を持っているのが、彼ら〈ダマスカス組合〉なのだ。

 俺はしっかりアポを取ってから訪れたと言うのに頑丈なバリケードを用意して待っていたクロウリも、資料を渡せば緊張を解いてくれた。彼が何やら合図を出すと、〈ダマスカス組合〉が雇っている傭兵たちがゾロゾロと退出していった。


「俺をなんだと思ってるんだ、まったく」

「制御不能の嵐みたいなもんだな」

「ただの一般プレイヤーだぞ」


 俺の主張は鼻で笑われた。クロウリはウィンドウに表示させた二つのエナドリのレシピを読み込み、思案顔になる。彼の頭の中では、複雑な生産ラインがパズルのように組み上げられているのだろう。


「〈ダマスカス組合〉ってアイテム生産系バンドの最大手ですよね。こんな突然頼んでも大丈夫なんですか?」


 革張りのソファに緊張で硬くなった身体を沈め、落ち着かない様子のヨモギが不安そうに言う。

 〈ダマスカス組合〉は様々な分野にわたるアイテム生産の最大手だ。アンプルなどの消耗品から、武器や防具まで、ここに頼んで手に入らないものはないと言われている。まあ、武具に関して言えば上級品は〈プロメテウス工業〉の方が良いという声もあったりするのだが……。

 とにかく、生産系バンドとしてはぶっちぎりのナンバーワンだ。当然、そこには日夜多くの依頼が舞い込んでくる。


「〈白鹿庵〉、というかレッジはお得意様だからな。これくらいの便宜は図るさ」


 資料に目を落としたまま、クロウリが口元を緩める。

 〈ダマスカス組合〉には植物系の希少素材を納品しているし、砂糖の製造ライセンスも渡している。なんなら、俺の収入源のかなりの割合が組合からのライセンス使用料だったりするのだ。

 日頃こう言うところで恩を売っているからこそ、こうしてわざわざクロウリが時間を空けて会ってくれるのでる。


『なるほど、砂糖が縁を繋いでいるわけですね。それは結構』


 なぜかこっちの商談にまで着いてきているウェイドが、ソファにどっかりと座ってご満悦の表情だ。彼女の手には、クロウリがお茶菓子として出してきたフィナンシェがある。紅茶にもドボドボと砂糖が入って、見ているだけで虫歯になりそうだ。

 〈ダマスカス組合〉の本部があるここは〈スサノオ〉であり、砂糖禁輸の影響は受けない。エナドリ作りの一環であり、人工甘味料には直接関係しないと言ったのに強硬に着いてきたのはそう言うことか。


「作りたいモノは大体分かった。生産量はどれくらいを考えてるんだ?」

「とりあえず今のところ顧客になってるのは一人だけだな。まあ、全体的に売ろうとは思ってるが」


 ネヴァの方にいくらか卸すとはいえ、プラントを作るとなると小規模なものでも一日に数千本のエナドリができる。それが売り捌けるか、という問いがクロウリの真意だろう。


「まあ、何故か〈スサノオ〉を中心にエナドリが流行り始めてるからな。売ろうと思えば売れると思うが」

「流行ってるのか?」

「ああ。なんでも〈暁紅の侵攻〉で活躍した奴がエナドリを愛飲していたみたいでな」

「へー」


 エナドリもバフ効果がないわけではない。とはいえ、ミルクココアやコーヒー、コーラといったアイテムの方がより良いバフ効果を持っているため、あまり選ばれることのない飲料だ。そもそも炭酸飲料は常飲するのが大変という、VRならではの話もある。

 結果的にエナドリは嗜好品という認識が広まっていたわけだが、どうやら最近は状況が変わってきているらしい。


「ひとまず、毎時1枠の2ライン、2,000本を目標に設計しよう」


 ヒアリングの末、クロウリがプラントの規模を決定する。毎時2,000本は人力でも作れないことはないが、それを24時間連続、さらに毎日となるとかなりの量になるだろう。


『ところで調査開拓員クロウリ。そのラインには当然原材料として人工甘味料も入るのですよね?』

「うん? ああ、そりゃあまあ、そうだが」


 話が纏まりかけたその時、紅茶入り砂糖を飲んでいたウェイドが満を辞して口を開く。

 エナドリには人工甘味料も使われている以上、当然搬入される。というか、人工甘味料の製造ラインも組み込まれる形になるだろう。


『人工甘味料の製造量を、必要量の1.2倍にしてください。余剰分は〈ウェイド〉が買い取り、有効に使用させていただきます』

「えっ、あー……。まあ、いいか」

「おい」


 顧客は俺で、ウェイドは何も関係ないはず。にも拘わらずクロウリは軽く了承してしまった。管理者による不正の瞬間なんじゃないのか、これは。


「なんにせよ、プラントを建てるなら土地が必要だ。まずはどの都市の所属にするかだが……」

『やはりシード02-スサノオがおすすめです』

「じゃあそこにしようか。となると〈鎧魚の瀑布〉近くで探すわけだな」


 俺抜きで話はどんどん進んでいく。

 プラントの設置場所には二つの候補があって、一つは都市の中に作る方法。もう一つは都市の外に作る方法だ。都市内部に作る場合は安全で手間も少ないが、家賃がかかる。〈ウェイド〉の工業区画を買うとなると、かなりの高額が予想される。実質的にはフィールドを切り開いてプラントを設置するしかないだろう。


「水源やら地盤やら風水やら、立地を考えるのも大変だ。ウチのチームを派遣するから、一緒に見に行ってくれないか」


 クロウリがプラントの設計を詰めている間に、俺たちは建設候補地の選出を行うこととなった。〈ダマスカス組合〉には専属の調査チームもいるようで、彼らに同行する形だ。


『〈鎧魚の瀑布〉は庭のようなものですからね。私も行きましょう』

「ウェイドが付いてくる理由はないんだけどな……」


 妙に張り切っているウェイドと、ようやく緊張から解放されてほっとしているヨモギ。二人と共に組合の応接室を出る。すると、そこには既にクロウリの指令を受けて調査チームが集まっていた。


「お初にお目にかかります。〈ダマスカス組合〉施設建築課、調査部のナットと申します」


 慇懃に挨拶をしてきたのは、グレーの作業着に身を包み、組合のエンブレムを描いた腕章を着けたタイプ-ゴーレムの女性だった。その背後には、同じ服装をした調査部の人員が五名ほど並んでいる。


「エナジードリンク製造プラントの建設に向けて、最適な土地を見つける一助となれるよう尽力致します。希望があれば、ぜひご気軽におっしゃって下さい」

『なるほど。では砂糖の――』

「分かった。よろしく、ナット」


 出しゃばる管理者を下がらせて、ナットと握手を交わす。ウェイドの手綱を握っておかないと、知らない間に砂糖精製プラントに変わっていそうだ。


「そういえば、フィールドに出るわけだが、装備はそれでいいのか?」


 調査部の面々は、揃いの作業着だ。とてもフィールドで原生生物と戦えるようには見えない。そう思って疑問を口にすると、ナットは問題ないと頷いた。


「我々は戦闘スキルを持っていませんが、〈取引〉スキルがありますので」

「なるほど。傭兵を雇うのか」


 そういえば、ここに来た時も傭兵が守りを固めていた。そんなことを思い出しつつ、俺はナットたちと共に組合本部を出発した。


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Tips

◇フィールド建築物

 都市以外での恒久的な建物の建築には、管轄する都市管理者の認可が必要となります。建設予定地の選定、および建設計画を取りまとめ、管理者へ提出してください。


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