第1712話「異常な急展開」
「ぷはー! ふひゃひゃっ、今日も良きエナドリ日和ですね」
〈暁紅の侵攻〉も成功裡に幕を下ろし、ペンもまた平穏の日常に戻ってきた。かの憎き男を土下座させ、泣きじゃくりながら額を擦り付けて謝罪する姿を見るために、今日も今日とてスキルレベルを上げるのである。
今日は〈牧牛の山麓〉の更に北にある〈雪熊の霊峰〉で熊狩りをしていた。ここで手に入る熊胆もまた、エナジードリンクのよい素材になるという話を聞いたからだ。
ネヴァの知り合いが行っているエナドリ作りは順調に進んでいる。特に“ミスティックレイク”や、窮地を救った紫色のエナドリ――“ホロウダイブ”の効力は凄まじい。とはいえ、それらの量産はまだ難しいというのが、先方からの連絡であった。
「はあ、まだしばらくはゲキレツのお世話になりそうですね」
赤いゲキレツ缶を飲み干して立ち上がる。エナジードリンクの効力が全身に染み渡り、ペンは感覚が鋭敏になるのを感じる。
一面の銀世界で身体は内側から沸き立つように熱くなる。周囲の雪を溶かしそうなほどの衝動をうちに秘め、腰のホルスターから二丁の拳銃を抜く。
「ふひゃひゃっ!」
腰掛けていた雪山の大岩から飛び降りながら、立て続けに銃声を鳴らす。雪の下に隠れて様子を窺っていた白い大熊が鮮血を飛ばしながら跳ね上がった。
「それで隠れたつもりですか! あなたの死はすでに決まっているんですよ!」
斜面を滑りながら銃撃。狙いの研ぎ澄まされた一撃が熊の急所を貫く。
エナジードリンクを飲んだペンの命中精度は凄まじい。テクニックによる命中補正がなくとも、遠く離れた対象を正確に撃つことができた。
『グォオオッ!』
熊は怒りの咆哮を上げ、雪を蹴散らしながら走り寄るが、その複雑な動きにも的確に合わせた弾丸が次々と肉を貫く。
『グオ……ォ……』
「ふひゃひゃっ! 一丁あがりです」
どさりと横たわり、純白の雪に赤い滲みを広げる大熊。それを見て、ペンは銃口から上る煙を吹き消した。
手早くドロップアイテムを回収し、そそくさとその場を離れる。雪山で銃声はよく響き、血の匂いもすぐに広がる。漫然と立っていると、やがて雪の下に隠れていたスカベンジャー系の原生生物たちに襲われるのだ。
それに、エナジードリンクの残量も心許ない。〈アマツマラ〉へと帰還したペンは、その足で〈スサノオ〉行きのヤタガラスに乗車するのだった。
━━━━━
「な、な……そ、そんな、ばかな……」
熊狩りを終えて〈スサノオ〉に戻ったペンは愕然としていた。
商業区画の片隅、高層ビルの根本にある路地裏の自販機コーナー。通い慣れたその場所を訪れたペンに、衝撃の事実が突きつけられた。
「品切れ……!?」
自販機の前面に取り付けられた大型ディスプレイに、ずらりと並ぶ販売商品のパッケージ。そこに三つ揃って並んでいるゲキレツシリーズもある。だが、価格に並記されているのは、無常な“売り切れ”の赤字であった。
あまりの光景にペンは目を疑う。
そもそもこんな場末の自販機コーナーを訪れる者は相当少なく、ゲキレツを購入する者などペン以外にいないはずだった。これまで百本以上のゲキレツをこの自販機から購入していたペンは、ここの補充ペースも知っている。だからこそ、補充後二時間も経たないうちに買いに来たのだ。
「く、し、仕方ありません。今日のところは別のエナドリでも……」
無いものはしかたない。むしろゲキレツの素晴らしさを知る同士が存在したのだと喜ぶべきだろう。そう自分に言い聞かせ、ペンは移動する。〈スサノオ〉の各地に自販機は置かれており、ゲキレツ以外にもいくつかの種類のエナジードリンクが販売されている。
ペンはゲキレツこそ至高と考えているものの、他のエナドリも悪しからず思っている。一時的に味変するのもまた一興であろう。
「んがっ!?」
だが、現実は無情であった。
メインストリートに程近い、賑やかな通りに置かれた大型の自動販売機。そこにずらりと並ぶエナジードリンクも全て売り切れの赤いライトを点滅させていた。
愕然としたペンは、更に自販機を巡る。日夜エナドリを探して彷徨い歩いていた甲斐あって、彼女の頭には〈スサノオ〉の詳細な地図と自販機の設置場所が叩き込まれている。
「こ、ここも売り切れ!?」
状況はどんどん悪くなる。彼女は行く先々で、売り切れの文字を突きつけられた。
「なんですか、これは! 陰謀ですか。誰かが不当に買い占めているんですか!?」
頭を抱えパニックに陥るペン。エナドリを売る自販機に次々とバツ印がつけられていく。それでも諦めることなく、走り続ける。
ペンにとってエナドリは生命線だ。あれがなければまともに戦うこともできない。せめて一本でも見つけたかった。
「ああっ! 売り切れていない、あの自販機!」
そしてついに、エナドリが売り切れていない自販機を発見した。“田舎自慢の元気青汁120%”という、あまり聞き馴染みのない商品ではあるが、エナドリであることに間違いはない。もはや、贅沢を言っている余裕などなかった。
エナドリを求めて、ペンは走る。
だが、
「お、エナドリ売ってんじゃん」
「え? これエナドリなの?」
「とりあえず買ってみるべ」
「ほぎゃっ!?」
ペンが自販機に辿り着く直前、調査開拓員の二人組が自販機に立ち向かう。彼らは陽気な会話を続けながら迷いなくボタンを押し、それを買う。その後も和気藹々と談笑しながら去っていき、ペンが辿り着いた頃には――
「う、売り切れ……」
“田舎自慢の元気青汁120%”は無情にも赤いライトを点滅させていた。
あまりに血も涙もない現実に、ついに膝から崩れ落ちるペン。しくしくと泣くことしかできない。
「どうして……どうして……」
軒並みエナドリだけが売り切れてしまうという、明らかな異常事態。何か大いなる意志が動いているような、薄気味の悪さがあった。
「なー、エナドリ飲んだら強くなれるって本当なのか?」
項垂れるペンの耳に、先ほど最後の青汁を買った二人組の会話が聞こえる。
「説明見ても、特に効能はないみたいだけど」
「でもそういう噂があるんだよ。エナドリ飲んで無双してたプレイヤーがいるらしい」
「なんだそれ。信じられねぇなぁ」
どうやら、どこかの誰かがエナドリを愛飲し、その活躍が衆目に晒されたことが発端にあるようだった。そのせいでエナドリに隠された効能があるのではないか、という噂が広がった。結果、町中からエナドリが消えた。
「ぐ、ぐぐぐ……。なんということを……。どこの誰か知りませんが、許すまじ!」
ペンは拳を握りしめて震える。
自分の生命線であるエナドリが脚光を浴びることに喜びの気持ちもある。だが、それによってエナドリが飲めなくなるというのは、あまりにも危機的な状況だった。
「そういえば、おっさんもエナドリ開発し始めてるらしいぜ」
「へー。ならちょっとマジかもしれんか」
続く青年たちの言葉に、ペンはぴくりと肩を揺らす。
おっさんという言葉が誰を指しているのか、彼女も知らないわけではない。むしろ、よく知っていた。彼女が書き上げた精緻な物語を、笑顔でぶち壊すトラブルメイカー。今すぐにでも殴りたい、あの笑顔。
「あ、あいつ……あいつのせいか……!」
拳を地面に叩きつける。怨嗟の言葉が漏れ出し、青年たちが驚いて去っていく。
「あいつのせいか、レッジ!!!!」
ペンは憤怒の声を〈スサノオ〉の夜天に突き上げた。
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Tips
◇“田舎自慢の元気青汁120%”
地上前衛拠点シード01-スサノオの一部自動販売機にて販売される青汁ドリンク。どろりとした濃厚な青汁で、飲めば自然由来のオーガニックでサステナブルなパワーが溢れ出す。
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