第1709話「窮地の一滴」
拳大の弾丸、もはや砲弾と称する方が相応しいような巨弾が飛ぶ。空気の分厚く硬い層を貫いて、爆音と衝撃波を広げながら。さながらそれは野を駆ける駿馬の如く。
赤黒い放熱板を広げて炎の吐息を噴く巨砲。その銃口から放たれた弾丸は、大地を真紅に染め上げるカニの群れを吹き飛ばした。
「ふひゃひゃひゃひゃ!」
先制の爆砕弾を撃ち切ったペンは、最後の一発の着弾を確認する前にバリケードから飛び出した。キャンサーキャノンを地面に投げ捨て、
「『レッグブースト』『アクセラレートダッシュ』ッ!」
〈歩行〉スキルの高速移動系テクニックを発動し、瞬間的な脚力を上昇させる。大盾を構える他の調査開拓員たちを軽やかに飛び越え、戦場の最前線へと躍り出る。
だが、まだ銃は抜かない。
ペンは懐から細長い円筒形の缶を取り出し、プルタブを起こす。
赤いパッケージのエナジードリンク。ゲキレツ、レッドパッション。
彼女は喉を鳴らして一気に飲み干す。投げ捨てられた空き缶は、地面に転がると同時に光の欠片となって消失する。
人工甘味料と香料によって彩られたドリンクの、カフェインをはじめとする有効成分。それらは喉を流れて胸元の八尺瓊勾玉へ。そこで全て還元され、全身へと広がっていく。
「『アサルトスタイル』『猛攻の構え』『猛獣の牙』『猛獣の脚』」
人工筋繊維の隅々にまで活力が漲る。胸の中で灼熱の炎がうねり、指先が歓喜に震える。激しい情熱の赤が視界を染め上げ、興奮は最高潮へ。
立て続けにバフを纏い、ステータスもまた最高値を叩き出す。
「ふひゃっ!」
笑声。
土を蹴り上げ、肉薄。弾丸。
「『バラージショット』!」
取り出したるは二丁拳銃。黒々としたロングバレル。左右に広げたそれが、立て続けに弾丸を放つ。一瞬にして弾倉を空にする高速連射。放たれたのはレベルⅢ通常弾だが、鍛え上げられた〈銃術〉スキルレベルとステータス、そして銃器そのものの性能向上によって、カニの甲殻を打ち砕くほどの威力を獲得していた。
一瞬にして敵の群れへと潜り込み、四面楚歌の状況で乱射。周囲の雑兵を散らし、わずかに空白地帯を作り上げる。間髪入れず他のカニたちが隙間を埋めようと殺到するが、その刹那にペンは装填を終えていた。
「『チェンジリロード』『クイックショット』」
響く銃声。一つ。
放たれた弾丸は二つ。
全く同じ瞬間に引き金を引き、二丁の拳銃は異口同音に叫びをあげる。
襲いかかってきたオオイワガザミが吹き飛んだ。
まだ終わらない。
「『バニーホップ』」
跳躍。山のように巨大なカニの甲殻を駆け上り、より巨大なモノミガニと対峙する。勢いよく振り下ろされる、長い腕。その関節が爆ぜた。
「ふひゃひゃっ!」
正確に腕を撃ち抜いて千切った。ペンは落ちてゆくカニの腕を駆け上り、モノミガニに肉薄する。ゼロ距離に突きつけられた銃口が火花を散らし、甲殻を貫く。
レッドパッションのもたらす深い集中力は、ペンに明晰な頭脳を与えていた。高速で思考はめぐり、瞬間的に適切な行動を弾き出す。複雑に凹凸のついたカニの甲殻の、最も弱い頃を見つけ出し、ノータイムで引き金を引く。瞬発力に秀でた判断力が、近接銃撃戦に深く適合していた。
シナリオライターとして与えられた未来予知に近い高精度の予測能力を遺憾なく発揮し、まるで敵の方が避けているかのような錯覚さえ与えるほどの流麗な動きを見せつける。開戦から10分と経たずに二十以上のカニを討ち倒しながら、彼女自身は一切のダメージを負っていない。
パリィやガードなどという攻撃を防ぐ方法ではない。ただの移動だけで避けているのだ。
「『チャージショット』! 『クイックリロード』、『スリーポイントショット』!」
ペンは七日間の〈暁紅の侵攻〉を経て、ある事に気付き始めた。
エナドリにも使い分けが存在するという事実だ。
例えば、深い集中力と冷静さが求められるキャンサーキャノンによる狙撃。これにはミスティックレイクが最も適している。鎮静作用が含まれているエナドリを飲むことで、弾のブレが大幅に抑制されるのだ。
逆に瞬間的な判断が求められ、高速で動き続けることが求められる対群体近接射撃戦においてはゲキレツ・レッドパッションが最適である。香辛料由来の発汗作用、発熱作用によって全身が暖まり、機動力が飛躍的に上昇する。
「ふひゃひゃっ! ――出ましたね、大ボス!」
七日間の集大成を結したのはペンだけではない。
霊峰の地中深くで眠っていた蟹の王が覚醒し、下山した。揺れ動くはまさしく山の如し。足踏みだけで激震を発し、周囲のオオイワガザミでさえサワガニのように小さく見える。
ダイレイザンリュウドウギザミ。あまりにも巨大にすぎる原生生物である。
「機関銃ぶっ放せ!」
「弾は気にするな! 全部撃ち尽くすんだ!」
第一バリケードには大型の火砲も据え付けられている。移動や持ち運びを考えない武器、むしろ設備と呼ぶ方が相応しい大型の兵器を、若い調査開拓員たちが次々と起動させる。
銃火器のみならず、都市防衛設備を参考に開発された機術式光線砲なども並び、まばゆい白線が蟹を薙ぎ払う。
だが、それでもダイレイザンリュウドウギザミの侵攻は止まらない。
「ゲキレツ、ブルーエキサイティング。――ふひゃひゃっ!」
ペンは新たなエナドリを飲み、意識を切り替える。
必要なのは乱戦を生き抜く瞬発力ではない。一本の矢のように敵へ近付き、その喉笛を掻き切る鋭さだ。
ブルーエキサイティングはレッドパッションよりも持続力が高く、多少の冷静さも与えてくれる。ペンの思考は青空のように澄み渡り、一瞬にして最短経路を導き出した。
己こそが弾丸であると示威するかのように、蟹を蹴り飛ばして飛び出すペン。立ち塞がる雑魚は全て散らしながら、奥に聳え立つ巨蟹を目指す。
「トリガーハッピーに負けるな!」
「ファーストキルは俺のもんだ!」
「うおおおおおおっ!」
七日間。他の調査開拓員たちも戦場で暴れ回るペンのことを認知していた。単身で敵に突っ込み、銃を乱射して生き残る。その異常なスタイルは注目を集め、いつしかあだ名さえも浸透していた。
彼女がいの一番に飛び出した。それに追いつけ追い越せと他の面々も走り出す。彼らをアシストしようと、銃士、弓兵、支援機術師たちが奮闘する。彼らは大きな連帯感に身を預け、競いながらも支え合い、巨大な敵を目指していた。
だがそれでも、敵への道のりは果てしない。その道中に立ちはだかる蟹たちも、一筋縄でいく相手ではないことを、彼らは身を持って知っている。
「ぐわーーーーっ!?」
「ぎゃああああっ!?」
一人、また一人と脱落していく。
落ちた者はすぐさま歴戦の回収屋によって後方へ運ばれていく。
ペンは数分ごとにブルーエキサイティングを飲み継ぎながら、集中力を保って蟹を蹴散らしていく。
「あともう少し!」
彼我の距離は500mを切った。エナドリを飲んだペンであれば、一瞬で駆け抜けられる距離である。
だが、蟹たちの猛攻も激しくなる。敵を睨みつけるペンは、その理由を知った。巨大なダイレイザンリュウドウギザミの腹に、無数の卵がついている。一つ一つはサッカーボールほどの大きさだろうか。それが何千、何万と、粘膜に覆われて張り付いて、垂れ下がっている。
この蟹たちは産卵のため、浜辺を目指している。その通り道に〈スサノオ〉があるため、ペンたちは迎撃に出ているのだ。
そんな理屈を知りつつも、彼女は今ここでようやく理解した。彼らの鬼気迫る、次世代へと遺伝子を繋ぐ思いの強さを。
「それでも、容赦はしませんよ!」
関係あるものか。
ペンは一瞬の油断を吐き捨てるように叫ぶ。
彼女の望みはただ一つ。あの憎き男を叩き潰し、咽び泣いて土下座するまで叱責し、罵倒し、心からの謝罪をさせることだ。そのために必要なことはなんでもやる。たとえ腹に卵を抱えた蟹でも、立ち塞がるなら撃ち倒す。
「うおおおおおっ!」
蟹を蹴り飛ばし、より大きな蟹へ。モノミガニさえ小さく見える規格外の巨大原生生物へ迫る。
「かひゅっ――!?」
その時だった。
唐突に、彼女は凄まじい虚脱感に襲われる。手足が鉛のように重くなり、思考は鈍る。視界から色彩が失せ、モノクロームの中にノイズが走る。耳鳴りが甲高く響き、食道を酸っぱいものが込み上げる。
「こ、れは……。まずい、エナドリが……」
エナドリの効力が切れた。
しかも、次弾がない。
立て続けに、景気良く煽りすぎた。その結果、凄まじい反動がペンの身を襲っていた。
目標は目と鼻の先。手を伸ばせば届くだろう。だが、手が伸ばせない。
悔しい。
そんな思いが脳裏をよぎる。
不思議な感覚だった。エナドリが切れて戦えないのであれば、すぐにシナリオを修正すればいい。そう思うべきだった。しかし、ペンは今、目の前の敵を倒したいと思っていた。
あと一滴でもあれば、戦えるのに。
希う。
投げ捨てた缶を惜しむ。
願う。
「――ペンちゃん、お届け物よ!」
霞む視界に影が落ちる。猛烈な勢いと凄まじい角度で飛び込んできたのは、小型ドローン。四枚の回転翼を唸らせてこちらへ迫る小型機の腹に、ガラスの小瓶が付いている。
薄紫色の液体。
それが、ペンの元へと落ちてくる。
━━━━━
Tips
◇宅配ドローン
調査開拓員間でアイテムの受け渡しを行う際に使用できるドローン。小型で10kg以内のアイテムを積載可能で、時速100km程度で飛ぶ。
使用には〈取引〉スキルを必要とする。
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