第1706話「蟹を貫く巨砲」

 初心者向けのミニイベントとなった〈暁紅の侵攻〉も、後半に差し掛かる五日目ともなれば手強い敵が増えてくる。グレンキョウトウショウグンガザミを凌ぐ強さのオオツチヨコヅナガザミが通常MOBとして出現するようになり、群れの規模も勢いも初日とは段違いのものとなる。


「『攻めの姿勢』、『パワーナックル』ッ! って、硬ぁっ!?」

「危ない! 『治癒の光ライトオブヒール』!」


 緒戦の数日間で順調にカニを狩り、自信をつけてきた参加者たちに、パワーアップしたカニが牙を剥く。昨日は砕くことができていた甲殻が、今回は砕けない。昨日は間に合っていたLP回復が、今日は追いつかない。


「くそっ! アンプル切れた! 譲ってくれ!」

「ダメよ。私だってもうカツカツなの!」


 パーティの連携にも粗が出てくる。物資の補充を怠った集団から、徐々に険悪な雰囲気が滲み始めた。


「ほらそこ、危ないよ!」

「えっ? うわああああっ!?」

「きゃあああっ!?」


 だが、諍う暇もない。カニたちは容赦なく、進路を阻もうとする矮小な人形たちを叩き潰そうとする。殺意のこもった巨大な爪が振り下ろされ、大地を大きく陥没させる。

 いがみ合っていた二人は慌てて手を取り合い、間一髪で初撃を避ける。引率していた〈大鷲の騎士団〉の団員の忠告がなければ、間違いなく死んでいたはずだ。その未来を確信して青ざめる。


「早く逃げろって!」

「だ、だめ、もうLPが……」


 戦闘において重要なのは、適切に“型”と“発声”を行うことだ。そうでなければテクニックは発動できず、よしんば発動できたとして十全に力を発揮することができない。

 最前線で活躍するプレイヤーであれば、文字通り息を吸うように行える“型”と“発声”も、気が動転した初心者の頭からはすっぽりと抜け落ちてしまう。

 二人抱き合って震える若い青年と少女。二人とも地面にへたり込み、もはや起死回生の一撃さえ望めそうにはない。手出し無用の方針で見守っていた騎士団員が、レイピアの柄に手を伸ばしたその時だった。


「――『精密射撃』『ピアシングショット』」


 風を切り裂く甲高い音が戦場に響き渡る。直後、若い調査開拓員二人に引導を渡そうとしていた蟹の頭に、鮮血の花が咲く。

 一輪に留まらない。それは直線上に並び立つ蟹を次々と貫通し、深紅の園に青い花が咲き乱れる。わずかに遅れて凄まじい銃声が耳朶を打つ。はるか後方のバリケードから、音が衝撃となって広がった。


「は、へ……?」

「わ、私たち、助かった?」


 唖然とする二人の眼前で、カニがぐらりとよろめく。足や爪を動かすことなく、それは地響きと共に倒れた。

 頑強な甲殻が貫かれ、最大の急所たる脳が破壊されていた。文句なしのワンショットキル。精密なヘッドショット。その背後にいたカニたちも、甲殻が削がれたり、目が潰れたり、それぞれに重傷を負っている。


「早く逃げないとまた潰されるよ。バリケードまで一旦撤退!」

「は、はい!」

「行こう、タッちゃん!」


 いち早く我に帰った騎士団員に尻を叩かれ、二人の調査開拓員は慌てて退避し始める。差し迫った恐怖が潰え、余裕を取り戻した二人に険悪な雰囲気はない。むしろ互いの身を案じる言葉さえあった。

 そんな仲睦まじい二人を微笑ましく見送り、ついでに多少の呪詛も吐きつつ。騎士団員は銃声の袂を見る。

 鉄骨を組み合わせて作り上げたバリケードを銃座とし、長大な砲身が突き出している。全体的に黒く塗装されているものの、先鋭的でメタリックな質感の中に生物的な要素も感じ取れる。

 銃口から白い煙を吐き出し、更に特大の薬莢を排出するとともに全体の排熱機構を展開させる。ヒートシンクの深紅は、カニの甲殻と同じ色だ。


「あの子、たしかトリガーハッピーの……」


 銃架の向こう。反動に耐えるためうつ伏せになってスコープを覗く少女がいた。黒髪を扇のように広げて、眼鏡を光らせている。

 引率を担当している騎士団の間でも、しばしば話題になる少女だった。初心者らしからぬ胆力と身体能力の持ち主で、自分よりも数倍大きなカニにも臆することなく飛びつき、至近距離から銃弾を撃ち込む近接銃士。普段は寡黙で真面目そうな雰囲気をしているのに、ひとたび戦闘が始まると誰よりも激しく縦横無尽に走り回る。その戦果も凄まじく、毎回特大リュックがパンパンになるまで戦利品を集める。

 そんな、将来が嘱望されている新星である。


「新しい武器買ったんだ。また随分とパワフルな銃みたいだけど」


 レイピア使いの騎士団員だが、攻略系トップバンドに所属しているだけあって、銃器もある程度判別できる。

 タイプ-ヒューマノイドの身長をはるかに超えるロングバレル。それに相応しい大口径で、おそらく重量も相当のものだろう。だからこそ、二丁拳銃の時とは一転、不動のスタイルを固めている。

 吐き出された空薬莢から見て、カニを貫いたのはレベルⅣクラスの貫通弾か。〈暁紅の侵攻〉レベルの戦場では、破格の弾丸である。

 だが団員が舌を巻くのは、銃の性能ではない。カニ数匹を貫通するほどの攻撃力も素晴らしいが、それを引き出す代償として支払うデメリットを推測して驚いている。

 あれほどの破壊力を生み出すなら、色々と無理も生じているはず。それをねじ伏せるほどのスキルレベルがあればそもそもこのイベントに参加していない。


「よっぽど銃の扱いが上手いんだろうね」


 自分に襲いかかってきたカニをレイピアで突き倒しながら、団員は不敵に笑う。

 破壊力が高ければ、反動が大きく命中精度もかなり低くなる。『精密射撃』を使用したとしても、数百メートル離れた距離で的確にカニの小さな脳を狙うのは至難の業だろう。であるならば、スキルやテクニックに依らない純粋な手腕が問われる。

 少女は淡々と銃器の排熱を進め、新たな弾丸を装填している。その表情は冷静沈着そのものだ。二丁拳銃を持って暴れ回っていた時と同じ人物とは思えないほどに、落ち着きを払っている。

 戦闘スタイルに合わせ、的確にマインドセットも切り替える。

 その凄まじさを察知して、騎士団員の女は胸を躍らせていた。


━━━━━


「ふひゃっ。ふひゃひゃっ。……いいですねぇ、この威力。まさか三枚抜きできるとは」


 前線から熱い視線を向けられているなど露とも知らず、ペンは熱を帯びた銃身を撫でながらうっとりと笑う。ネヴァに無理を言って突貫で仕上げてもらった大型狙撃銃“キャンサーキャノン”の試射である。その成果は上々以上のものである。

 銃身にオオツチヨコヅナガザミの堅殻を使うことで破格の耐久性を確立し、このレベル帯では不可能と言われていたレベルⅣ貫通弾が使用できるようになった。一発だけとはいえ、その威力は先ほど見た通りのものである。

 もっとも、その威力を引き出すために差し出した代償も大きい。まず第一に、非常に重たい。背負って持ち運ぶだけでも相当なもので、戦場で走り回りながら撃つなどもってのほかである。とはいえこれは狙撃銃の運用を考えても、大きなデメリットにはなり得ないと言っていいだろう。

 問題なのは、熱がこもりやすく、一発撃つごとに銃身を展開して排熱を促す必要があるという点であった。銃身が開いて白い水蒸気を広げる様子は、見ている分にはかっこいい。だが連射できないのは扱いにくい。


「初撃をこれで叩き込んで、後は二丁拳銃で近接戦というのが、今の所のベストでしょうね。……ミスティックレイクも抜けるのが早いですし」


 高威力を実現するため、射撃の精度も落ちている。それを支えているのは『精密射撃』というテクニックと腕力、そしてエナジードリンク“ミスティックレイク”を飲んで発揮する冷静な集中力であった。

 現状、ペンが“キャンサーキャノン”を扱うには、あのエナドリが必要不可欠であった。しかし試作品ということもあってか、あれは効力がすぐに抜けてしまう。十分な命中精度を発揮できるのは飲んでから2分程度が限界であり、装填と排熱の関係から、どう頑張っても二発が限界であった。


「はやくもっと強力な“ミスティックレイク”が欲しいですね。ふひゃひゃっ!」


 熱の抜けてきた銃身に頬擦りしつつ、ペンは願う。

 心優しき偉大なるエナドリ製作者たちに、最大限の敬愛を込めて。


━━━━━

Tips

◇“キャンサーキャノン”

 〈銃器〉スキルレベル30以上で装備可能な、大型の狙撃銃。非常に頑丈なオオツチヨコヅナガザミの堅殻を銃身に使用し、重さと引き換えに突出した耐久性を持つ。その頑丈さ故に、大口径のレベルⅣ貫通弾も装填することが可能だが、一方で排熱機構に無理が生じており、連発はできない。


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