第1704話「小粋な贈答品」

 清麗院グループが擁する巨大データセンター。数々の先端研究を演算能力で支え、清麗院の存在を世界に知らしめる現代の大神殿。ユーザー数1億人とも噂されるFPOでさえ、この巨大演算機の僅か4%を間借りしているにすぎない。

 とはいえ、演算能力比では極小の割合であっても、人間の監督がなければ動かせないのは変わらない。今日も今日とて楽しいゲーム運営業務を果たすため職場を訪れた髭面の男は、見慣れたオフィスの前に山積みされた見慣れぬ段ボールに目を丸くする。


「あ、おはよーございます」

「おはよう……。これは?」


 ちょうどオフィスから出てきた若い職員に尋ねてみるも、反応は要領を得ない。彼も身に覚えはないようで、ただし確かにこの部署の名義で荷物は届けられたという。


「開けていいもんかね?」

「いいんじゃないですか? 備品かもしれないですし」

「備品なら施設課から連絡あるだろうに」


 首を傾げながら段ボールを開封する。

 そこにぎっちりと詰まっていたのは、目が痛くなるような原色のパッケージ。細長いアルミ缶であった。一箱に二十四本。それが少なくとも二十箱。

 確かに職場を荷物の受け取り先にして通販をする職員がいないわけではないが、それにしても限度を超越している。あまりにも目に余る行為である。


「誰だよ、こんなエナドリ買ったのは」

「さあ。俺はもう緑茶しか飲んでないですし」

「せめてコーヒー……。いや、コーヒーなんか飲んだらまたアイツの調子が狂うか」


 同じカフェインなら、とぼやきかけた男は既に口を噤む。なぜかコーヒーを毛嫌いしているシステムAIのせいで、彼の快適なカフェイン摂取が妨げられているのだ。


「あれ? ていうかこの名前、妙に見覚えがあると思ったら」

「うーん? ……あああっ!?」


 段ボールに貼り付けられた伝票を覗き込んで、男二人が大きな声を出す。データセンター内にはFPOと関係のない部署も多く部屋を構えている。慌てて口を押さえながら、二人は互いに視線を交わして、ひとまず重たい段ボールを一つ管理室へと運び込んだ。

 そしてすぐさま、常に起動状態にあるコンソールの前に立ち、AIを呼び出す。


[Conductor:システムAI呼び出し、Scenario]

[Scenario:応答。メッセージを入力してください]

[Conductor:何を仮名義で通販しとるねん]


「先輩、正規記法じゃないと応答精度が低下しますよ」

「今更言ってる場合か!」


 後輩からの妙に冷静なツッコミを一蹴しつつ、男はシナリオAIからの返答を待つ。

 伝票に印字されていた氏名。それは男が片手間に構築してシナリオAIに与えた、仮名義であった。FPOのパッケージ購入とアカウント作成のため、必要に迫られて作った仮想戸籍とも言えるようなデータである。

 この名義が示すことはただ一つ。どういうカラクリを使ったかは分からないが、システムAIであるはずのシナリオAIが、大手通販サイトにまでアカウント登録をして、あまつさえこの運営部署の予算を使って山のようにエナドリを購入したということだ。

 しかも、微妙にマイナーな銘柄である。


[Scenario:複製体とのデータ同期を行い、エナジードリンクの効能を確認しました。それにより、業務支援のため注文しました。私の奢りです]


「何が奢りです、じゃい! そもそも予算から引いてるだけじゃねぇか!」

「先輩! ちょっと落ち着いてください!」


 勢い余ってコンソールを叩き壊そうとする男を、後輩が慌てて羽交締めにする。コンソールを壊したところでシナリオAIは無傷であるし、仮にシナリオAIが傷付いたら大事である。


「い、いだだっ! ちょ、おま、関節はそっちに曲がらな――うぎぎぎぎっ!?」


 暴れる先輩を体術で組み伏せながら後輩はコンソールに映し出されたシステムログを読む。

 髭面の男が過労に耐えかねてシステムAIに仮名義を与えたのは数日前のこと。システムAIはその名義に肉付けするような形で自身の一部を複製し、FPOの一般ユーザーとしてログインした。その間にも本体のAIは問題なく稼働し、運営管理業務を続けていたため、彼らもあまり大事とは見ていなかった。

 しかし、どうやら数時間前にFPOをプレイしていた複製体がログアウトして、本体との同期を行ったらしい。その結果、エナドリが注文されて、届いた。


「いや、最後がわからん」


 あまりにも論理が飛躍しすぎている。何がどう罷り通ったらシステムAIがエナドリを注文するのか。


「このエナドリ、FPOとコラボしたこともあったよな。ゲーム内で飲んだのか」

「そういえばそんなことも……。コラボは結構前のことですし、ゲーム内アイテムとしてはそこまで人気じゃないですよ?」

「詳しいことはGM権限でこいつのプレイヤーログを見ないと分からんけどな」


 怪訝な顔の後輩からするりと抜け出し、男は再びキーボードを叩く。


「こ、こいつ……。ちゃっかりイベントまでこなして楽しんでやがる」

「いいじゃないですか。ほら、ストレス値が急激に減少してますよ?」

「エナドリ飲んでハイになってるだけじゃねぇか」


 プレイログを読み解くのは、GMにとっては慣れた作業だ。プレイヤー名、ペンとして惑星イザナミに降り立った彼女が満喫している様子を見て、二人の反応は分かれる。


「どうするんだよ、こいつ。エナドリジャンキーだぞ」

「システムAIとしては未知の刺激でしょうしねぇ」


 日を追うにつれてエナドリの摂取量と頻度が上がっているログを見て、男は頭を抱える。運営上のなりゆきで、少々グレーな手段で仮名義を与えた。それによって、こんなことになるとは。


[Conductor:とにかく、今後エナドリを勝手に購入することは認めん。予算に傷がついて来期の査定に傷がつくからな]

[Scenario:私からの餞別です]


「何が餞別だ! そんならコーヒーをくれって言ってるんだよ!」


 男は予想外の成長を始めるシナリオAIに、思わず歯軋りする。さっきコンビニでコーヒーを買って飲んできたというのに、既に頭がカフェインを欲しがっていた。


[Scenario:ストレス過多の症状が見られます。エナドリの摂取を推奨します]

「うるせぇ!」


 当たり前のようにカメラをクラックして様子を見ていることにも苛立っていた。男はガリガリと頭を掻きながら、エナドリを一本掴み取る。


「……炭酸は嫌いなんだよ」


 そう言いながら、彼は355mlを一気に飲み干した。


━━━━━

Tips

◇プレイログ

 FPO内での活動は改竄不可能のプレイログとして記録されます。プレイログはtxt形式で出力することが可能です。

 また、〈制御〉スキルのテクニックを用いることで、プレイログを参照した情報処理を行うことも可能です。


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