第1703話「野生の覚醒」
ヨモギと共同のエナドリ作りは、ひとまず試作第一号を完成させた。ネヴァに渡したところ、彼女から件の新人にも味見してもらえたようで、方向性はよいという返答も返ってきた。これなら光明も見える、というヨモギの言葉もあり、より本格的なエナドリ開発に乗り出すこととなった。
「というわけで、来たぞ。ウェイド」
『がるるるるっ!』
そんなわけで、色々と用事をこなすためウェイドにアポイントメントまで取って中央制御塔を訪れたのだが、開口一番に威嚇された。清純で思慮深き銀の管理者はどこへやら。まるで何十年もジャングルで獣と暮らした野生児のような反応だ。
「これはどういうことだ、スサノオ」
『あぅ……。ちょっと、罰が強すぎた? 禁断症状、出てるみたい』
「ええ……」
ここは〈ウェイド〉の中央制御塔の3階。特別に招かれたここで商談をしようと色々用意していたのだが……。何故かウェイドに付き添っているスサノオに事情を尋ねると、彼女も困ったように眉を寄せた。
「師匠、もしかしてこれ、砂糖が――」
『シュガーーーーーーッ!』
「うわーーーーっ!?」
不用意な事を呟いたヨモギが、目を血走らせたウェイドに襲われた。
なるほど、大体分かった。
つまり指揮官T-2とT-3によって可決された〈ウェイド〉への砂糖禁輸措置がかなり効いているということなのだろう。普段から山のように(それはもう山のように)砂糖を喰らっていたウェイドが、突然砂糖断ちを強制されたらその反動も凄まじいものになる。おかげで管理者としての知性すら失って獣に退行してしまったのだろう。
……そうはならんだろ。
「ほーら、ウェイド。サトウキビの茎だぞ」
『シュガガガッ!』
こんなこともあろうかと、インベントリの奥底に押し込んでいたサトウキビの茎を取り出して投げる。ウェイドは管理者機体の機敏な動きでそれをキャッチし、ガジガジとしがみ始めた。あんまり甘くないだろうに、なんか悲しくなってきたな。
『あぅ。ウェイドがずっとこの調子で、スゥのところにも砂糖の買い注文が入ってきてウザ……大変だったから、様子を見にきたの』
「なるほどなぁ。たしかに、これじゃあ都市運営もままならんか」
まだ砂糖禁輸を始めて一週間と経っていないのにこの有様だ。管理者としての尊厳すら失ってしまった少女は、もはや憐憫すら覚える。
『あぅ。現実的な話をすると、〈ウェイド〉のお菓子屋さんも、困ってる』
〈ウェイド〉は管理者が甘味好きというだけあって、町の至る所に和洋を問わず菓子店がある。当然、そこでも日々砂糖が消費されているはずだ。禁輸措置と言いつつ、必要な砂糖については調査開拓員レベルでの搬入が認められており、それで問題はないはずだったのだが、ウェイドが見境なく砂糖輸送車を検閲しようとしているという報告も挙がっているらしい。
管理者とはいえ、流石に職権濫用が過ぎるとのことで、ウェイドの姉にあたるスサノオがわざわざやって来たのだ。
「何をやってるんだ、まったく」
『ワタシ、サトウ、ホシイ……。トウブン、カンリニ、ヒツヨウ』
サトウキビの茎が奏功したのか、多少言語能力を取り戻したウェイドが答える。彼女の言い分としては、管理者業務にはエネルギーが必要で、糖分を摂取するのが最も効率が良いということらしい。それにしたって、必要最低限のエネルギーは供給されているだろうに。
『あうぅ。とにかく、このままじゃ都市が経営破綻するかも。……レッジ、責任とって?』
「責任て……。まあ、今日はそのために来たようなもんだしな。……ウェイド、とりあえずこっちの椅子に座って、話をしようじゃないか」
スサノオも随分表情が豊かになったもんだ。
恨みがましい視線を避けつつ、理性を取り戻しかけているウェイドを椅子に座らせる。こうしてヨモギと共にウェイドの元を訪れたのは、砂糖に関連する話をするためだ。
「ウェイド、植物園に預けてる植物の使用許可をくれ」
『ガルルルルルッ!』
「待て待て落ち着け、噛むな、俺は甘くないだろ!」
くそう、野生に返っていても植物園の名前を聞いただけで襲いかかってくる。むしろ凶暴性が増してるぶん厄介だな。
『あぅ。どういうこと……? 植物園の原始原生生物は、危険だから難しいよ』
正気を失っているウェイドを椅子に縛り付けながら、スサノオが代わりに尋ねてくる。もう彼女と交渉した方が話が早そうだ。
「実は今、ヨモギとエナジードリンクを作っててな。砂糖を使ってもいいんだが、人工甘味料から作ろうと考えてるんだ」
『人工甘味料?』
「ああ。砂糖を原料とせずに甘味を出すものだな。カロリーなんかはないが、より甘さを強くしたり、新しい効果を付けられたりするかもしれない」
『そのために、原始原生生物が必要なの?』
「別に原生植物から育ててもいいんだが、原始原生生物を弱毒化させながら交配する方が手っ取り早いんだ」
『あうぅ……』
用意していた説明をこなすと、スサノオは悩ましげに首を捻る。
今も人工甘味料がないわけではない。むしろ、SHIRATAMAまでの開発競争のなかで、かなり研究されてきた分野だ。だからこそ、新しい人工甘味料を作るには、原始原生生物からアプローチするのがいいと考えた。
『あぅ。やっぱり、難しいかも。植物園は、ウェイドがこんなだから、コノハナサクヤが管理責任者代理になってる。彼女の意見も、聞かないと』
こんな、と妹を見るスサノオ。彼女も管理者の長姉として、色々苦労があるのだろう。そして植物園こと植物型原始原生生物管理研究所は管理者の業務遂行能力が疑われた結果、相談役であるコノハナサクヤが代理になっているらしい。ウェイド、仕事に支障を来たしてるじゃないか。
しかし、スサノオがそう言うのなら仕方がない。
「そうか。……ヨモギ、残念だが今日は諦めて――」
『待ちなさい、レッジ』
椅子から立ちあがろうと腰を浮かせたその時、凛とした声が響く。スサノオのものではない。声の主は澄み渡った青い瞳をこちらに向けて、理性の輝きを放っていた。
『その話、詳しく聞かせてもらいましょう。……砂糖とはサトウキビや甜菜などから精製されたスクロースを主成分とする甘味調味料。つまりそれらから外れた人工甘味料であれば砂糖禁輸措置の範疇外と見なせる。ならば――いや、きっと! ……こほん。人工甘味料の開発は今後の領域拡張プロトコルにも絶大な効果を発揮する可能性があります。管理者として総合的かつ中立的かつ徹底的な検討を行った結果、これはぜひ力強く直ちに推進すべき一大プロジェクトであると判断されました。よってここに植物型原始原生生物管理研究所管理責任者として収容物の使用許可を出します』
「うん? おお、ありがとう、ウェイド」
とてつもない早口で捲し立てられたが、どうやら許可が出たらしい。
『あ、あうぅ? ちょっとウェイド、これはちゃんと話し合わないと……』
『スサノオ、これは我々のリソース管理にも直結する非常に重要な課題です。〈黄濁の溟海〉のボスエネミーが発見されて、討伐作戦も始動している中、新たな人工甘味料は戦略的物資といっても過言ではありません』
『か、過言じゃ――』
『とにかく、これは都市管理者としての決定です。勝手に私の町に植物園なんか建てて、今更その管理権限がないとは言わせませんよ!』
砂糖に釣られて復活しただけかと思ったが、どうやら管理者同士の押し付けの結果植物園を勝手に建てられたことも根に持っているようだ。基本的に都市内部においてはその全権を管理者が握っている。時系列的にスサノオが長姉とはいえ、彼女もウェイドに何かを指示することはできない。
『さあレッジ、今こそ新しいだっぽ――合法人工甘味料を作るのです! ぼさっとしている暇はありませんよ!』
すっかり正気を漲らせたウェイドが椅子の拘束を解き放って立ち上がる。座面に立つとはお行儀が悪いが、それを指摘する暇もない。
「あわわっ、ちょっと、なんで連行される形なんですか!?」
俺とヨモギは部屋に飛び込んできた管理者警護用の警備NPC〈護剣衆〉にワイヤーで簀巻きにされ、そのまま引き摺られるようにして植物園へと連れて行かれた。
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Tips
◇制御塔三階応接室
中央制御塔の三階の改装によって用意された応接室。管理者機体による調査開拓員との交流が一般化したことと、不必要な中枢制御装置への接近を抑止するために設けられた。事前の連絡を行うことで、許可が降りた者に限り管理者との直接対話が可能となる。
“話があるならここに来なさい。これ以降、四階以上の機密エリアに入った者は問答無用でスクラップにしますよ!”――管理者ウェイド
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