第1701話「薬生産依頼」

 久々に訪れた〈スサノオ〉は、相変わらず雑然とした喧騒の絶えない街並みだ。高層建造物が乱立し、原色のネオンがギラギラと輝いている。第一期調査開拓団が最初に足を下ろした町ということもあり、発展の具合は〈ウェイド〉も凌ぐ。今日も天からは次々とシャトルが降り、新規入植者を出迎える賑やかな声がそこかしこから聞こえていた。

 人混みをかき分けるようにして進み、工業区画の一角。そこにネヴァが営む工房、その名も安直なネヴァ工房が居を構えている。見た目は周囲に溶け込むような無骨でシンプルなものだが、見る者が見れば分かる。壁は最新鋭の五層高耐久装甲だし、窓は緊急時の脱出を考えて敢えて割れやすいものが使われている。そもそも玄関扉が金庫かと思うほどデカくて分厚い、ハンドル式のものなのだ。


「また随分と強化したみたいだな」

「いらっしゃい。この前ちょっとミスって向かいのビルを半壊させちゃったから。スゥちゃんから業務停止命令か業務改善命令どっちがいいかって突きつけられたわ」

「相変わらずとんでもないことしてるなぁ」


 出迎えてくれたネヴァは、早速ぶっ飛んだことを言う。都市というのは基本的に戦闘制限区域に割り当てられており、調査開拓員にとってもNPCにとっても安息の地だ。そんなところでボンボンと爆発を起こされては敵わない。

 この都市の管理者であるスサノオも、ネヴァの扱いには苦労しているようだ。


「今度、スサノオに差し入れでも持って行ってやるか」

「レッジも相変わらず、自分のことは棚に上げてるわね。ウェイドちゃんが聞いてたら飛び蹴り喰らうわよ」

「ウェイドには砂糖の代替品になる人工甘味料の開発を押し付けられてるよ」


 あっちはあっちで砂糖の輸入制限が指揮官レベルでかけられてしまったせいで、一時期は都市運営に支障が出るレベルで意気消沈していたのだ。サトウキビを原料にしない人工甘味料の開発を提案したら、早速元気になっていたが。

 そんな世間話をしつつ、二階の応接室へ。今回は装備のアップグレードや、アイディアの持ち込みではない。むしろ、俺が彼女に呼ばれたのだ。


『コーヒー淹れてきました! ――はわーーーっ!?』

「おっとと。ありがとな、ユア」

『はわぁ。ご、ごめんなさい』


 ネヴァが雇っているメイドロイド、ユアがコーヒーを載せたトレイをひっくり返す。もはや風物詩のようなもので、慌てることなく空中でカップを回収し、事なきを得た。

 飲み物も揃ったところで、ネヴァは早速話を切り出す。


「この前言ってたエナドリの件なんだけど、ゲキレツは〈スサノオ〉にしか売ってなさそうなの。それで、レッジとモミジなら作れないかと思ったんだけど」

「エナドリ……。ああ、初心者の子がいたく気に入ってるっていう話の」


 数日前の記憶を掘り返す。ネヴァは頷き、テーブルに三本のゲキレツを並べた。赤、青、緑の原色が目に痛い、若者らしいデザインのエナジードリンクだ。試しに一本手に取って成分表を見てみると、特に変わっているわけでもない。カフェイン含有量も普通だし、妙なスパイスが入っている様子もない。


「別のエナドリはダメだったのか?」


 FPOには現実の商品も多く実装されている。ブルーエレファントやAREA、クリーチャーパワーなどは、御三家とも言われるような定番で、FPO内限定フレーバーも多い。それらと比べれば、ゲキレツの人気は一歩及ばないものの、味としてはそこまで変わらないはずだ。

 だがこの程度のアイディアは当然ネヴァも試している。


「微妙に違うみたいで、お気に召さないのよね」

「なるほど。まあ、その辺は個人の好みだろうしなぁ」


 件の新人はゲキレツのエレクトリックファイアをいたく気に入ったようだが、生憎あれは再入手が絶望的だ。次点で同じゲキレツシリーズのレギュラー商品を愛飲しているが、それも次の町に行ってしまうと入手が面倒になる。


「ゲキレツの味に似せて、新しいエナドリを作ってみてくれない?」

「俺にできるのは原料の提供くらいだな。あとはヨモギ次第だが」


 ネヴァの理論では、エナドリも実質薬のようなもので、〈調理〉スキルではなく〈調剤〉スキルでも作れるのではないか、という話だった。ドーピングと考えれば、むしろ順当という考えもできる。

 俺が農園で育てた植物を材料にするのは構わないが、やはり難しいのはその配合だろう。


「ヨモギちゃんはどんな反応なの?」

「うーん、そうだな。聞いてみるか?」

「え?」


 ちょうどログインしているみたいだし、本人に聞いた方が早かろう。そう思って、メッセージを送ってみる。


[レッジ:ヨモギ、今時間大丈夫か? ちょっと聞きたいことがある]

[ヨモギ:はい]


「ししょーーーーーっ!」

『はわーーーーーっ!?』


 メッセージを送って1秒。耐爆扉が吹き飛んで、垂れ耳の犬娘が飛び込んできた。ユアが仰天して飛び上がっている横をすり抜けて、一気に二階まで駆け上がってくる。


「お話ってなんですか!? ヨモギとデートですか? 大丈夫ですよ!」

「落ち着け落ち着け」


 グイグイと迫るヨモギをなんとか抑え、座らせる。あまりにも早い到着に、ネヴァが呆然としていた。珍しいものが見れたな。写真も撮っとくか。


「それで、お話というのは?」

「ネヴァがゲキレツに似せたエナドリを作って欲しいって言っててな。薬剤師的に、作れるかどうかを聞きたい」

「エナドリですか。まあ、できなくはないと思いますけど」


 本題を話すと、ヨモギはすっきりと切り替えてゲキレツの成分表を読み込む。ある意味、オンオフがはっきりした子ではあるんだよな。


「これ、飲んでみてもいいですか?」

「もちろん。これは自販機で売ってるやつだし」


 プシュッと炭酸が抜ける音。ヨモギは懐からビーカーを取り出して、そこにゲキレツを注ぐ。


「いつもそれ持ってるのか?」

「一応薬剤師なので。……色は赤いんですね。うー、炭酸か……」

「難しいの?」

「いえ、個人的にちょっと苦手なだけで」


 そう言いながら、ヨモギはぺろりと舐めるように味見する。それでも刺激が強かったのか、ぴくんと耳が跳ねた。


「あんまりエナドリ自体飲まないですけど、そんなに変わった味もしませんね」

「レッドパッションはただのリンゴ味だな。しかし、着色料らしい色してるなぁ」


 色も甘さも香りも、どこもかしこも人工的で、いっそ清々しいくらいだ。これくらい堂々としてくれていると、むしろ安心してしまう。仮想現実は直接脳に刺激を与えられるのだから、やろうと思えば新鮮なリンゴそのものの味を再現することもできるはずなのだが、それをやらないあたりに拘りを感じる。


「そういえば師匠、最近は人工甘味料も作り始めてますよね」

「ああ。ウェイドに頼まれてな。アレもそのうち禁製品になる気がするんだが……」


 ウェイドは砂糖じゃないので問題ないと理論を展開しようとしているが、果たしてそれがどれだけ意味をなすのか。

 ともあれ、人工甘味料を作っているのは事実だ。砂糖ではできない使い方もできそうで、案外楽しい作業である。


「こういった品なら、人工甘味料の方がいいかもしれません。わざとらしい甘味が欲しいので」

「なるほど。俺が作れる素材ならなんでも使ってくれて構わないぞ」

「ありがとうございます! ――そういうことでしたら、ちょっと挑戦してみましょうか」


 というわけで、ヨモギもエナドリ作りにやる気を見せる。ネヴァもほっとした様子で目を細めた。


「ありがとう。あの子も喜ぶと思うわ」

「師匠の功績が広まるなら、ヨモギはなんでも協力しますよ!」


 ヨモギの行動原理がいまだによく分からない。なんとなく、慕ってくれているのは分かるのだが。


「それで、その新人は今なにやってるんだ?」

「もう〈ウェイド〉には到着してるけど、エナドリの入手問題があるからまだ〈スサノオ〉にいるわ。今は〈暁紅の侵攻〉に参加してる」

「カニ狩りか。懐かしいなぁ」


 第一回はなかなか激戦だった〈暁紅の侵攻〉もすっかり初心者の洗礼としての恒例行事となった。流石に俺が今から参加するのは、空気の読めていない行為だろう。ああいうのは、楽しめるレベルというものがある。


「〈暁紅の侵攻〉は七日間くらいありますよね。その間に、プロトタイプくらいは作ってみます」

「ほんとに? ヨモギは仕事が早いのね」

「うへへ。師匠の薫陶のおかげですよ!」


 俺は何かした覚えがないのだが……。まあいいか。


「それじゃあ、俺は農場の方に行くかな。材料にできそうなものがないか探すよ」

「ヨモギも早速作業に入ります!」

「ありがとう。よろしくね」


 そう言って、俺たちはネヴァと別れる。ユアと共に玄関口まで見送ってくれた彼女に手を振り、二人でヤタガラスに乗るため中央制御塔を目指して歩く。


「エナドリねぇ。昔はよく飲んでたんだが」

「今は飲まないんですか? コーヒーは好きみたいですけど」

「コーヒーはプライベートで飲んでたが、エナドリは仕事のお供だったからな。今は好んで飲むことはない」

「ああ、なるほど。作業が続いてると足の踏み場もないくらい散乱してましたし」


 昔は泊まり込みで一週間ほどぶっ続けの作業もよくやっていた。エナドリは栄養補給やら集中力補助というよりも、生命維持といった方がいいような飲み方をしていた。

 ダンボールで買い込んで、作業先に機材と一緒に運び込んで、飲みながらキーボードを叩いていたのも、今では良い……いや、ろくでもない思い出だな。


「ヨモギは炭酸苦手なのか?」

「えへへ。あんまり刺激的なものは好みませんね」


 恥ずかしそうに笑うヨモギ。意外と言えば意外かもしれない。普段の動きが賑やかなだけに。

 ……毒アンプルは刺激的なものに入らないのか?


「お、おぉえ……。ぐ、重量限界まで狩れたのはいいですが、切れると体が重たいですね……」


 ふと首を傾げていると、人混みの中をぐったりとした顔で歩く少女が目に入った。黒いスーツを着て眼鏡を掛けた、黒髪のヒューマノイドで、大きなリュックを背負っている。所持重量限界を拡張するものだろう。そこからは巨大な蟹の爪が飛び出していた。


「あの子も〈暁紅の侵攻〉の参加者ですかね?」

「みたいだな。カニはドロップ量が多くて稼ぎやすいんだが、いかんせん一つ一つが重いんだよなぁ」


 周りを見てみれば、時間的に一日目の侵攻が終わったのか、帰路につく初心者らしき調査開拓員が散見される。彼らの疲れながらも達成感のある姿を見ていると、やはり昔を思い出して懐かしくなる。


「そういえば、ヨモギは〈暁紅の侵攻〉には参加したことあるのか?」

「第三回に参加しましたよ。微妙にレベルが上がってたので、ちょっと物足りなかったですけど」

「開催の隙間で始めると、ちょっとタイミングが難しいよな」


 そんな話をしながら、俺たちは人混みの中を進むのだった。


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