第1700話「甲羅を砕く弾」
FPOというゲームにおいては、属性という存在が基幹にある。攻撃時には物理属性と機術属性、そして理術属性の三種を考慮する必要があり、またそれぞれの属性も更に細分化される。物理属性においては、斬撃、刺突、打撃の三種が存在した。
攻撃対象となる原生生物にも、それぞれの属性への耐性が存在し、調査開拓員はそれを考慮しながら戦術を組み立てる必要がある。
「『スリーポイントバースト』ッ!」
大地を激震させるイワガザミの群れへと肉薄したペンは、シャドウツインの引き金を躊躇なく引き、三連の弾丸を解き放った。体高三メートルを超える巨大なカニは頑丈な外殻に覆われ、対する拳銃の弾丸はあまりにも小さい。容易く弾かれる未来が鮮明に想起される――はずだった。
「ひゃあっ! その殻に風穴開けてやりますよ!」
爆音と共に赤い炎が吹き上がり、真紅の甲殻を破壊する。小さな弾丸から広がったとは思えないほどの衝撃が、イワガザミの硬い身体に穴を開けた。
「特別に揃えたレベルⅠ爆砕弾。エナドリ2本分の威力をとくと味わいなさい!」
大半の弾丸による攻撃は、名目上は打撃属性に分類される。しかし、基礎攻撃力が高い反面、打撃属性値は雀の涙ほどであり、打撃の代表格たるハンマーと比べるべくもない。本来ならカニに対してハンドガンはほとんど意味をなさないはずだった。
しかし、この日のためにペンは準備を怠らなかった。漆黒のハンドガン“シャドウツイン”のロングバレルに耐衝撃補強を加え、より強力な弾丸を撃ち出せるように改善を行なっていた。
その結果なんとか使用できるようになったレベルⅠ爆砕弾は、着弾と同時に強烈な爆破属性ダメージを与える。爆弾やバッテリー暴走に代表される少々特殊な状態異常属性攻撃であり、そのダメージには装甲無視効果が付与されていた。
「やはり爆破ダメージなら、イワガザミの高防御力にも浸透しますね。ふひゃひゃっ!」
作戦が思い通りに進んでいることを確認し、ペンは楽しげに笑う。
銃という武器種の最も優れている点は遠距離から攻撃できることではない。状況に合わせて様々な弾丸を使用することで、高い汎用性を獲得している点である。
「殻が割れれば、あとは柔らかい身だけ。『チェンジリロード』『フルバースト』ォオオオッ!」
爆砕弾は値が嵩む。防御の要となっている甲殻を砕いた後は、レベルⅢ通常弾をそこに叩き込むのが最も効率がよかった。
一瞬のうちにマガジンは空になり、全ての弾丸が螺旋を描いて飛び出す。ペンの眼鏡がきらりと光る。二十四発の銃弾はカニの体内で暴れ回り、不可逆の傷をつける。
『ギィイイイイイイイッ』
イワガザミは大きな爪を天に掲げ、崩れ落ちる。
「ふひゃっ! この程度、雑魚も雑魚ですよ!」
絶命したイワガザミの上に立ち、勝鬨を上げるペン。
だが、眼前には無数のイワガザミが蠢いている。広大な〈牧牛の山麓〉を埋め尽くすほどの赤は、同胞の一人が倒れた程度では動じない。否、止まることができない。背後から続々と押し寄せてくる仲間に押し潰されないよう、その狂乱に自身も飛び込み、足並みを合わせて進軍を続ける。
「さあ、どんどん行きますよ!」
手早くドロップアイテムを回収した後、ペンは休むことなく走り出す。周囲では同じく〈暁紅の侵攻〉に参加した調査開拓員たちが、それぞれのやり方でカニ狩りを始めていた。
中でも成果を上げているのは、先人の教えに従って“殻砕き”と呼ばれるカニ特攻のハンマーを振るう一団だ。
「大口径の貫通弾が撃てる狙撃銃でもあれば良かったですが、狙撃系のテクニックは習熟度が低いんですよね。……私は、私のできることをやりましょう」
一口に〈銃術〉スキルといっても、その方向性は様々だ。超長距離に身を据えて、スコープを覗きながら高威力の弾丸で狙い撃つ狙撃系テクニックは、ペンはまだ習熟していない。彼女のバトルスタイルは、二丁拳銃を用いて敵に限りなく肉薄して戦う、インファイトガンナーであった。
この戦い方はとにかく弾丸を大量に消費する。こまめに弾種を切り替えながら戦わなければ、あっという間に収支がマイナスになってしまう。
それでもペンは拳銃を握り、カニの脚の隙間を駆け抜ける。戦ううち、次第に勝手も理解してきた。
「関節を狙えば、爆砕弾でなくとも破壊できそうですね!」
全身が頑丈な装甲のような外殻に覆われたカニだが、猛然と走っている以上、完全に防御が固められているわけではない。伸びた脚の関節に弾丸をねじ込めば、通常弾でも破壊できた。
ただし、針に糸を通すような話である。しかも踏み潰されないように回避しながら、激しく動く的を狙うのだから。並大抵の集中力では通せない。
「こういう時は、ゲキレツ・ブルーエキサイティング!」
頭上を越えていくイワガザミの群れを避けながら、ペンはスーツの内ポケットに手を伸ばす。取り出したのは、青い缶のゲキレツだ。慣れた動きで片手でプルタブを起こし、すかさず飲む。ゴクゴクと喉を鳴らして、一気に飲み干す。
「ほひゅっ、ひっ、ふひゃひゃっ! クールに冷静に、エキサイティング! ふひゃひゃっ!」
再び拳銃を握ったペンの動きは、さらに鋭いものとなっていた。わずかな隙間を見つけて飛び込み、カニの関節へ狙い澄ました一撃を撃ち込む。急所を突かれて崩れるように倒れるイワガザミの甲羅に登り、頭を狙ってゼロ距離から弾丸を叩き込む。
必要最小限の弾丸で瞬く間に仕留め、ドロップアイテムを回収して即座に次の獲物へと飛び移る。
「より取り見取り! 撃ちたい放題! 乱獲の季節ですねえええっ! ひゃひゃひゃっ!」
甲高い奇声を発しながら、次々とカニを倒す。その勢いは殻砕きを携えた一団にさえ劣らない。
単身で群れに飛び込み、次々と屠っていく黒スーツの少女は、遠目からでもよく目立つ。バリケードの上から様子を眺めていた〈大鷲の騎士団〉の団員は、豹変した彼女に困惑を隠せなかった。
「あの子、あんな性格だったっけ?」
「バトルジャンキーというか、トリガーハッピーってやつ?」
「さっき飲んでた薬がヤバいんじゃねぇの?」
歴戦の騎士団員さえ慄かせる勢いで、ペンは突き進む。
「ちょっと、あれヤバいんじゃない?」
「そうだね。――おおーーーい!」
ペンは正気を失い、走り過ぎていた。気が付けばバリケードからも離れ、群れの奧まで食い込みすぎているようだった。
騎士団員が慌てて声をあげるが、騒音の最中にいるペンには届かない。よしんば届いたとして、彼女の耳がそれを聞き取るかも怪しいところだ。
「そろそろ次のも出てきそうだし……」
「ちょっとヤバいかも。回収屋呼んでこよう」
団員たちが真剣な顔で話し合っていた、その時だった。
「ふひゃひゃひゃひゃ――ふびゅらーーーーーっ!?」
順調に弾丸をばら撒いていたペンが、突如飛んできた赤い爪に殴り飛ばされる。悲鳴と共に綺麗な放物線を描く彼女は、錐揉み回転でバリケードの側まで落ちてきた。
「お、おば、おべばっ!? な、何が!?」
「『
頭から牧草地に突っ込んだペンが、ズレた眼鏡のまま周囲を見渡す。急いで駆けつけた騎士団員が治癒機術を発動し、レッドゾーンに迫っていた彼女のLPを安全圏まで回復させて、手を差し伸べた。
「な、何かデカい爪が飛んできたような……。ぐ、グーパンチ? チョキパンチ?」
「どっちでもいいけど、周りは見てないと。ほら、新しいカニが出てきたんだよ」
まだ混乱の残るペンを落ち着かせながら、団員が前方を指差す。調査開拓員たちと衝突するイワガザミの群れの向こうに、明らかに背の高い個体がちらほらと紛れている。
五メートルほどはあろうか。細長い脚と腕が特徴的な、ひょろりとしたシルエットのカニである。
「あれは……モノミガニ?」
「そう。もう開戦から10分くらい経ったからね、新しいのが出てきてるの」
ペンも〈暁紅の侵攻〉に現れる原生生物について一通り頭に入れている。彼女を殴り飛ばしたのは、長い腕でリーチに秀でたモノミガニであった。
エナドリによるハイテンションで無類の強さを発揮していたペンだが、あまりにも過熱しすぎて時間を忘れていたのが失敗の原因だった。
「ふ、ふぬぬぬっ!」
「落ち着いて、あんまり前に出過ぎないようにね」
「……回復ありがとうございます。絶対に、アレは私が倒します!」
不意を打たれたことに憤りながら、ペンは拳銃を構える。エナドリの高揚感を霧散させたあのカニだけは、絶対に沈めなければと決意した。
「死なない程度に頑張るんだよー」
「うおりゃーーーーーっ!」
先輩調査開拓員の助言を背中に受けながら、ペンは再びカニの群れへと飛び込んだ。
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Tips
◇爆砕弾
内部に炸薬を詰めた特別な弾丸。着弾の衝撃で爆発し、周囲に強力なダメージを与える。通常弾と比べて口径が大きく、また射撃には銃器自体にも負担が大きい。
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