第1699話「手厚い支援体制」

 シード01-スサノオ。中央制御区域、制御塔。

 都市の管理者たる中枢演算装置〈クサナギ〉の本体が置かれ、高速軌道装甲列車ヤタガラスの地下発着場や産業廃棄物処理場など、都市の重要施設が集約された、文字通りの心臓部。そこを訪れたペンは、一階エントランスにずらりと並ぶ端末を操作して声を漏らした。


「そういえば、もうそんな時期でしたか」


 エントランスの制御端末は、アイテムやビットを預けられるストレージサービスにアクセスしたり、都市管理者から発布される任務の受注と清算を行えたり、調査開拓活動の基本となる。ネヴァの誘いを受けてここへやって来たペンが眺めているのは、第四回〈準特殊開拓指令;暁紅の侵攻〉の開催予告だった。

 元々は最初の特殊開拓指令として大々的に開催された〈暁紅の侵攻〉は、その後も定期的に開催されていた。イベント規模としては一段縮小された準特殊開拓指令扱いではあるものの、現在も一定の程度で数を増やす新規入植者の登竜門としても知られている。

 ペンは当然のことながらこのイベントが定期的に開催されていることも知っている。そもそも、この世界の全てを知っていると言っても過言ではない。

 とはいえ彼女はあくまで筋書きを立てるのが仕事であり、それがどう展開するかはまた別の話だ。また、データ量を人間サイズに圧縮した関係で、不要と判断されたものが捨象されてもいる。

 シナリオAIそのものは現在も問題なく稼働しており、ペンはその余ったリソースによって動く端末のような存在だ。ペン自身の主観では、ほとんど他の調査開拓員と意識も知識も変わらない。


「ここで手に入る蟹味噌が、エナドリの材料に……。仕方ありませんね」


 いっちょやったりますか、とペンは気合いを入れてホルスターの拳銃を撫でる。敵は巨大なカニの群れとはいえ、その情報も4回目ともなるとかなり蓄積されている。そうでなくとも、自分は“隠遁のラピス”も軽く屠った実力があるのだ。今更、恐るはずもない。

 ペンは迷いなく準特殊開拓指令への参加を選択する。事前にエントリーしておけば、管理者から支援物資も与えられるらしい。


「そうと決まれば物資の調達です。弾丸も揃えたいところですが、まずはエナドリですね!」


 ふんすと鼻を鳴らし、彼女は走り出す。向かう先は路地裏の自販機ステーション。最近は大量に買いすぎて、商品補充のタイミングと在庫量も把握し始めていた。


━━━━━


 エナドリを買った残金で弾丸を揃え、その後も上がったスキルレベルに応じてテクニックなども調整しつつ、ペンは〈暁紅の侵攻〉の開催日を迎えた。開催場所となるのは〈スサノオ〉の北方に広がる広大な草原地帯、〈牧牛の山麓〉である。


「レベル10から40帯の武器、各種揃えてまーす!」

「〈ダマスカス組合〉の武器製作相談会、最後尾こちらです!」

「アンプル揃ってますかー? 解毒剤も必要ですよー」


 会場にやってきたペンは、予想外に賑やかなフィールドに瞠目する。色とりどりのテントが並び、旗もたなびいている。そこには初心者や駆け出しらしい調査開拓員が集まり、彼らを支援する名目で大手バンドのベテラン調査開拓員が集まっているようだった。

 テントの軒先に初心者用の武器を並べているのは、生産大手の〈プロメテウス工業〉と〈ダマスカス組合〉である。他にも低価格のLPアンプルを売り歩いている薬師や、炊き出しをしている料理人たちなど、非戦闘職の姿が多い。

 〈暁紅の侵攻〉が初心者にとっても手頃な定期イベントとなっただけあって、支援体制も手厚く整っているのだ。


「甲殻砕き、まだまだ在庫ありますよー。+9『破壊』『爆裂』付き! お値段10kぽっきり!」

「初めての方は第一バリケード付近に集まってくださーい!」


 支援者側も手慣れたもので、右も左も分からない初心者をフィールド上に構築されたバリケードの側へと誘導する。このバリケードも〈プロメテウス工業〉のような生産系バンドの戦場建築士によって用意されたものだ。

 ペンが無数に連なるバリケードの最前線、第一バリケードまでやってくると、銀の軽鎧に身を包んだ調査開拓員が出迎えた。


「いらっしゃい。あなたも〈暁紅の侵攻〉は初めてかな?」

「はい。“隠遁のラピス”は倒したので、実力はありますよ」

「おお、それは心強いね!」


 ふんす、と胸を反らせるペンに、女性騎士はにこやかに笑う。彼女の二の腕のあたりには、銀の翼を広げる鷹の紋章が縫い付けられていた。


「〈暁紅の侵攻〉はいわゆるレイドバトルだから、ちょっと勝手が違うこともあるかもしれないけど、落ち着いて楽しんでね。もし不安なら、騎士団からサポーターも出せるけど」

「問題ありません。カニなんてぱぱっと片付けてやりますよ」

「うんうん。それは心強いね!」


 〈大鷲の騎士団〉初心者支援部のベテランは、手慣れた様子で受け止める。そうして、軽くバリケードの周辺に並ぶテントを案内した。


「あっちの白いテントが医療系。イベントが始まる前に、あそこで簡易復帰地点の登録をしておいてね。身体の欠損も三割までなら治療できるし、治療費も取らないから、気軽にどうぞ。

アンプルや包帯、弾丸はあそこの物資テントで売ってるよ。流石に有料にはなるけど、都市内の価格と同じだから安心して。

もしパーティメンバーを探してるなら、あそこの丸いテントが案内所になってるからね」


 さらにバリケードの側には機体回収を担う回収屋が控え、有事に備えてベテランの戦闘職や支援職も立っている。とはいえ主役はペンのような低レベル帯の初心者開拓員であり、その楽しみを奪わないことが優先されている。

 死ぬまで手は出さないが、死んでもすぐに復帰させる。これが支援者側の方針であった。


『ポイントΔにて目標原生生物の大移動が観測されました』

『十分後、迎撃地点αに到達します』


 ペンが説明を受けている途中、ついにアラートが鳴り響く。

 北方に聳える大山〈雪熊の霊峰〉で眠っていた巨大なカニたちが産卵期を迎え、〈奇竜の霧森〉の沿岸部を目指して大移動を開始するのだ。興奮した蟹たちは、その体色を鮮やかな紅に染め、大群によって大地を覆い尽くす。


「来たよ。準備はいいかな?」


 騎士がバリケードの向こうを指差す。白い万年雪で飾られた山肌が崩れ、赤色が滲み広がる。やがてそれは大きな振動を伴って、こちら側へと押し寄せてくる。

 赤く見えていたのは、ずんぐりと丸みを帯びた巨大ガニ。〈暁紅の侵攻〉において先鋒を務める、イワガザミたちだ。


「せ、『攻めの姿勢』!」

「『攻めの姿勢』!」

「『守りの姿勢』!」

「はいはーい。バフ時間も考慮してね。事前バフは群れの先頭の到着30秒前からで大丈夫だからね!」


 緊張により先走ってバフを掛け始める初心者調査開拓員に、騎士団の案内人たちが声をかける。あえてフレンドリーな口調を取ることで、強張った彼らを解きほぐす。


「ふっ。この程度で緊張するとはまだまだですね」


 そんな中、ペンは余裕の表情で銃に装弾していた。世界を俯瞰していた彼女が、この程度のことで物怖じするはずもない。ゆっくりとインベントリからエナドリ缶を取り出して、その味を楽しむ。


「はぁ、ふひっ、へへっ。全身に染み渡りますよ、刺激が! これですよ、これ! ああ――負ける気がしません」


 瞳孔を開き、熱い吐息を漏らす。

 その異様な雰囲気に女性騎士が不穏な気配を感じ取った、その時だった。


『間も無く迎撃地点αに目標原生生物が到達します』


 開戦を報せるアナウンスが、フィールド全域に広がった。


「『攻めの姿勢』『レッグブースト』『野獣の脚』『野獣の牙』『弱点発見』『鷹の眼』――ッ!」


 直後、ペンは立て続けにフルバフを纏い、臨戦態勢を瞬時に整える。そうして強化された身体能力を活かし、堅固なバリケードを軽やかに飛び越えて戦場へと降り立った。


「エナドリのため、死んでください!」


 二つの銃口が、真紅の蟹を睨みつけた。


━━━━━

Tips

◇第四回〈準特殊開拓指令;暁紅の侵攻〉

 今期もまた、〈雪熊の霊峰〉にて蟹型原生生物の集団産卵期が確認されました。予定から大差はなく、群れの大移動が地上前衛拠点シード01-スサノオ近傍を通過する見通しです。

 調査開拓員各位は都市防衛および資源獲得のため、目標原生生物の迎撃を行ってください。


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