第1698話「祝勝会の一幕」

 地上前衛拠点シード02-スサノオ。〈ウェイド〉の通称で知られる調査開拓団第二の都市。その商業区画の一角にひっそりと看板を掲げる、隠れ家風のカフェ〈新天地〉。

 久々に〈ウェイド〉まで足を伸ばしたネヴァが、ドアベルを鳴らして店内に入ると、落ち着いたオルゴール調のBGMと香ばしいコーヒーの香りが出迎えた。〈スサノオ〉に本店を置き、各都市に支店を展開するこの店は、知る人ぞ知る有名店でありながら、ボックス席が高い仕切りによって隔てられ、周囲の目を気にせずこだわりのメニューを楽しめる人気店でもある。


「あ、いたいた。ごめんなさいね、待たせちゃって」

「いえ、私も今ついたところですので」


 ボックス席に黒髪の少女を見つけて声をかける。メニューを眺めていた少女は、にこやかな表情で迎えた。


「随分様になってるじゃない、そのスーツ」

「ありがとうございます」


 数日前まで初期装備も売り払って文字通りの素寒貧だったとは思えないほど、少女の佇まいは洗練されていた。丁寧に仕立てられた漆黒のスーツは、白いシャツと濃紺のネクタイで彩られ、キラリと輝く銀のタイピンが一種のアクセントになっている。また大きくイメージを変えるのは、理知的な雰囲気を醸し出す縁無しの眼鏡だ。リムの銀色が青い瞳との彩りも合っており、スマートな印象も与える。

 調査開拓団員の装備としては珍しい、オーダーメイドスーツ。だが現実感は薄く、サラリーマンというよりもどこぞの暴力団の幹部のような凄味を放っていた。その原因の一つであろうものが、腰のホルスターに吊った二丁の黒い拳銃である。

 ネヴァと待ち合わせていた少女――ペンは銃を掲げながら口元を緩める。


「ネヴァさんに作っていただいた銃。シャドウツインはとても使いやすいですね。おかげで、ここまでスムーズに辿り着けました」

「それは良かった。頑張ってレアエネミーのレアドロップ集めてもらった甲斐があるわね」


 スーツに色調を合わせた漆黒の拳銃“シャドウツイン”は、〈彩鳥の密林〉で深夜の限られた時間にのみ出現するレアエネミー“ナイトホーク”の希少なドロップアイテムを素材にしている。そのため、レベル帯を考えればかなり高性能な銃に仕上がっていた。

 順調にフィールドを攻略し、ハイクオリティ装備でも手詰まり感を抱いていたペンがネヴァに相談し、作ってもらった二丁拳銃である。

 彼女は装備を一新したことで更に勢いをつけて〈水蛇の湖沼〉を突破。〈鎧魚の瀑布〉に位置する第二の都市〈ウェイド〉まで駒を進めることができた。今回は、その達成報告を兼ねたささやかな祝勝会だ。


「〈新天地〉に来るのも久々ねぇ。何か食べる?」

「ここの料理は凄まじいと聞いているのですが……」


 早速腰を落ち着けつつメニューを開くネヴァ。〈新天地〉が有名になった一因は、常識のネジが2、3ダースほどぶっ飛んだとしか思えない料理にもある。その噂だけは知っているペンが怯えた表情をすると、ネヴァはからからと笑って言った。


「レティみたいな大食いも満足できる店だけど、普通に通常サイズもあるわよ。パスタなんか、スモールサイズを選んでおけば十分だと思う」

「スモールサイズが300gって書いてあるんですが……」

「味は絶品だから、それくらいはペロリと食べられるわ」


 ペンはしばし悩んだ末、“レイニーマッシュルームとヨロイガザミのトマトクリームスパゲティ”という、名前だけでオシャレなものを注文する。今回はネヴァ発案の祝勝会ということで、彼女の奢りである。


「ドリンクは? コーヒーとかも付けられるけど」

「コーヒーは苦手です」

「ああ、そういえばそうだったわね」


 ネヴァはペンが工房に初めてやって来た時のことを思い出す。


「そういえば、エナジードリンクは気に入ったみたいじゃない」

「ええ。おかげさまで自動販売機も見つけられましたし、今ではもうあれがないと戦えないようになってしまって。ふへっ」

「そ、そう……。あんまり飲みすぎない方がいいわよ」


 カフェイン含有量で言えば、エナジードリンクも互角かそれ以上である。しかしネヴァは、恍惚とした顔で語るペンに不穏な気配を察知し、その言葉を飲み込んだ。代わりに紅茶を注文する。


「せっかく〈ウェイド〉にやって来たので、今後はこちらを拠点にしようかと思ってるんです」


 すぐに届いたパスタにひとしきり感動したのち、ペンが雑談の調子で切り出す。

 調査開拓領域は〈オノコロ島〉から続き、〈ホノサワケ群島〉〈イヨノフタナ海域〉と、島の西方に伸びている。今後の攻略を見据えるならば、〈ウェイド〉に拠点を移すのは定石であった。

 “ジュエルフィッシュの宝石パスタ”を食べていたネヴァも、特に反対はない。しかし、ペンの表情に陰を感じて首を傾げる。


「何か懸念点があるの?」

「そうです。実は、まだこの町でゲキレツを売っている自動販売機が見つけられなくて」

「えっ、ああ、そう……」


 深刻な表情で、もしかしてネヴァの工房から離れることを悲しんでいるのかとも思ったが……。至極真面目な表情で悲壮感たっぷりに語るペンに、ネヴァは自意識過剰な自分を恥じた。

 ゲキレツは現実世界でも人気のエナジードリンクで、FPO内でも限定フレーバーが販売されていることもある。とはいえ、ゲーム的には特に強力なバフが得られるわけでもなく、正直いって需要は低い。〈スサノオ〉でも路地裏の自販機でしか売っていないのには理由がある。

 〈スサノオ〉と〈ウェイド〉は高速装甲軌道列車ヤタガラスで繋がれているため、行き来しやすいとはいえ、他のゲームのように一瞬でファストトラベルができるわけでもない。毎回の戦闘で飲んでいるというペンの言葉が正しいならば、わざわざ買い込みに行くのも手間だろう。


「……ペンちゃんはゲキレツが好きなの?」


 フォークを回す手を止めて、ネヴァが尋ねる。

 ペンは質問の本意を推しかねたまま、曖昧な返答を返す。


「ゲキレツは最高の飲み物ですが、より正確に言うなら、エレクトリックファイアを常飲したいですね。レッドパッションやブルーエキサイティング、グリーンアグレッシブにもそれぞれの良さはあるものの、やはりエレクトリックファイアの高揚感には一歩及ばないところがあって」

「ゲキレツ以外のエナドリはどう?」


 マシンガンのように話し始めたペンにも慣れた様子で、ネヴァは問いを重ねる。

 エナジードリンクと呼ばれる飲料はゲキレツだけではない。むしろ、ライバル商品は多い品目とも言えた。


「そうですね……。いくつか試したこともあるのですが、やはり物足りない感じがします」

「なるほどねぇ」


 数日目を離しただけで立派なエナドリジャンキーに成り果てたペンに憐憫のような感情を抱きつつ、ネヴァは考えていたことを話す。


「私の知り合いが色々手広くやってる面白い奴なんだけど、その人にエナドリ作ってもらったらどうかなって」

「エナドリを、自作するんですか?」

「正確には、そいつが原材料作って、その仲間が仕上げる形になると思うけど。エナドリって飲料だけで薬剤みたいなものでしょ?」

「はぁ」


 ペンは考える。

 なんにせよ、エナドリの安定供給は喫緊の課題である。それに自作となれば成分もある程度自由に変えられるだろう。


「よ、より強い刺激……。まさか、エレクトリックファイアを超えるようなもの、も……?」

「その辺は作ってみないと分かんないけど……」

「ぜ、ぜひお願いします! 原材料で足りないものがあるなら、なんでも取りに行きます!」


 テーブルに身を乗り出して、瞳孔を開いて迫るペン。その勢いに若干気押されながら、ネヴァは頷いた。それから、テーブルの上を見てはたと思い出す。


「もし、まだしばらく〈スサノオ〉を拠点にするなら、次のイベントに参加したら?」

「イベント、ですか?」


 〈ウェイド〉でゲキレツの自販機が見つからない以上、ペンもまだ〈スサノオ〉に腰を据える方が楽ではあった。

 ネヴァはペンの皿に残った、鮮やかな赤いカニの爪を指さして言う。


「第4回〈準特殊開拓指令;暁紅の侵攻〉がそろそろ始まるのよ」


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Tips

◇クラシックスーツ“黒煙”

 すっきりとしたシルエットが体にフィットし、機敏な動きを保証するスーツ。一着ずつベテランの職人が採寸から仕上げまでを手掛け、一人のための一着を作り上げる。

 生地に複層構造のアーマークロースを使用しており、見た目以上の防御力がある。


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