第1697話「情けの一撃」
――第一開拓領域〈オノコロ島〉、西方第二域〈水蛇の湖沼〉。
「『行動予測』『レッグブースト』『精密射撃』ッ!」
フィールド奧に位置する広大な湖沼の底、水中洞窟を抜けた向こうに存在する、巨大地下空間。そこにフィールドボス“隠遁のラピス”がとぐろを巻いて待ち構えている。
三つ首のスケイルサーペントは、三色の眼光で挑戦者を射抜き、すくみ上がらせる。だが、その日水の中から現れた少女は一切臆することはなかった。
立て続けに三種のテクニックが行使され、自己強化が行われる。強化された脚力で飛び出してきた黒髪の少女に、ラピスが襲い掛かる。
『シヤアアアア!!』
「ふっ、遅いですね!」
物理攻撃無効能力を持つ赤目の頭が凄まじい勢いで飛び込んでくる。その行動を数秒前に予見していた少女は、颯爽と身を翻して回避する。全身にフィットする、仕立ての良い黒のスーツはしなやかで、縁無しのスッキリとした眼鏡の奧で青い瞳が細くなる。
「まずは面倒な赤目から。わざわざ出てきてくれるとは、ありがたいですね。――『スリーポイントバースト』!」
腰のホルスターから居合のように抜かれたのは、二丁の拳銃。スーツと同じく漆黒を纏う、銃身の長いハンドガン。手の中でぐるりと回して照準を定めた直後、三連の銃弾が放たれる。
左右の銃口から合わせて六発。空気に螺旋を描きながら、真っ直ぐに赤目の頭部へ吸い込まれていく。
“隠遁のラピス”の赤目は、物理攻撃無効。通常であれば、銃弾による攻撃は全く意味をなさない。だが、
「炸裂しなさい、サンダーバレット!」
少女の軒昂な声に応じて、蛇の頭部を叩いた弾丸が稲妻を解き放つ。
特殊なアーツ回路を刻印し、ナノマシンパウダーを内包した、機術封入弾。一発あたりのコストが通常の弾丸と比べ非常に高価になるものの、引き金を引くだけで機術スキルを持たずともアーツを発動できる強力な弾丸である。
閃電は赤目の頭部を焦がし、貫く。予想だにしない衝撃に、大蛇が細長い舌を伸ばして悲鳴をあげた。だが、攻撃は終わらない。三連射が畳みかけ、ラピスの白い鱗を無惨に食い破った。
「申し訳ないですが、その視線も見えていますよ」
空のマガジンを地面に落としながら、少女は眼鏡越しに金眼の蛇を睨む。両者の視線がぶつかり合った一瞬後、彼女は弾かれたようにその場から離れる。僅かに遅れて、彼女が立っていた空間が微妙に歪む。
“察知の眼鏡”。〈鑑定〉スキルのテクニックに多少の補正がかかり、更に〈銃術〉スキルや〈弓術〉スキルによる攻撃の精度が上昇する効果を持ち、序盤のガンナーの定番とも言える眼鏡である。だが、この眼鏡の最大の能力は、“自身に向けられた、敵意を伴った視線を感知する”というものだった。
“隠遁のラピス”の中央に座する金眼は、睨むだけで対象を硬化させる石化の魔眼の持ち主。故に、“察知の眼鏡”の視線感知能力は非常に有用であった。
「『クイックリロード』『スリーポイントバースト』ッ!」
瞬時にマガジンを入れ替えた少女は、再び全弾を解き放つ。狙いは変わらず、赤目である。レベルⅡ機術封入弾による50kb級の雷属性術式が炸裂し、赤目を執拗に追い込んでいく。
『シャアアアアアアアッ!』
「『バレルパリィ』! ――お互い協力する知能はあったようですね」
再びマガジンを落とした少女に、青眼の蛇が噛みつこうと迫る。アーツへの完全耐性を持つラピスの片割れである。三つの頭がそれぞれに自我を持ち自由に動くことを知っていた少女は、突っ込んできた蛇頭を拳銃のバレルで叩きながら薄く笑う。
三つ首の蛇は怒りを孕ませ、炎のような吐息を漏らしながら少女へ迫る。
物理無効、機術無効、そして石化の魔眼。三者三様の能力を一身に宿す“隠遁のラピス”は、初心者調査開拓員の関門として名高い。敵の特殊能力を詳細に知り、効果的な対策を講じなければ、打破は難しい。
「『獲物の刻印』『照準固定』」
少女は決戦を仕掛ける。
赤目に狙いを定め、マークを刻む。それが自分の獲物であると高らかに宣言するのだ。それ以外の全てが見えなくなるかわりに、それを見逃さない。
「『チャージショット』」
黒いハンドガンが発熱する。銃身にエネルギーを蓄積し、圧力を高めていく。引き金を引くまで、LPが急激に消費され――。
「弾けなさい」
威力を増幅したレベルⅡ機術封入弾が繰り出される。それはライフリングに沿って回転しながら放たれ、最短距離を駆け抜ける。蛇が反応できないほどの刹那で両者の距離を走り、そして届く。
花のような稲妻の放射が洞窟の暗闇を払う。赤目の下顎が吹き飛び、頭蓋が砕けた。
意思を失った頭は力が消失し、ゆっくりと倒れる。
「あとは消化試合ですね。――ごきゅっ」
厄介な赤目を倒し、残りは金眼と青眼。
少女はスーツの内ポケットに手を伸ばし、円筒形の何かを取り出す。プルタブを起こし、喉を鳴らして胃に流し込んだのは、毒々しい青のパッケージの炭酸飲料だ。
「ちょうどレッドパッションの効果が切れたところです。……ははっ、ふひっ。やはりゲキレツはいいですね。この生きて脳に直接浸透するような刺激……。ブルーエキサイティングは思考が冴え渡っていきます。ほへっ、ふひひっ」
無造作に投げ落とした空き缶が、カランと音を立てて転がり、光の粒子となって砕ける。少女はブルブルと肩を震わせ、両手に持った二丁の拳銃を握りしめる。呼吸が荒くなり、瞳孔が開く。
「さあ、はひっ、第二ラウンド、ふひひっ、ですよ!」
自然と漏れ出す笑い声。眼鏡の奥の眼光は、肉食獣のように鋭い。
『シャアアアアアアアッ!』
青眼と金眼は揃って吠える。お互いに連携を取り、左右から挟み込むように少女へ迫る。
「『チェンジリロード』『複数照準固定』『フルバースト』」
少女はただ立ち、両腕を水平に広げる。握りしめた銃を一瞥もせず解き放つ。
物理完全無効の赤目が倒れた今、彼女の障害となり得るものは存在しない。故に、瞬間最大火力を叩き込む。
ダダダダダダダッ!
数秒の間に吐き出された七発のレベルⅡ貫通弾が、迫る蛇の頭を貫き、体内を切り裂く。長い身体が仇となり、無数の多重ヒットを引き起こす。だがそれでも、ボスの矜持にかけて二頭の蛇は止まらない。
「『チェンジリロード』『攻めの姿勢』『レッグブースト』」
弾種を変え、攻撃力を底上げし、機動力を保つ。瞬時に“型”と“発声”を遂行したのち、直上へ跳躍。左右から蛇の頭が迫り、勢い余って互いに衝突するのを眼下に見ながら、銃口を向ける。
「『スリーポイントバースト』!」
六発の弾丸は、無数の破片となって驟雨の如く降り注ぐ。
レベルⅢショットバレットは面を制圧する広範囲攻撃となって、絡まり合う蛇に落ちた。白鱗が砕けて飛び散り、鮮血が滲む。射撃の反動すらも活かして軽やかに跳んだ少女は、空中でマガジンを入れ替える。
「『クイックリロード』『スリーポイントバースト』!」
至近距離から、再びの散弾。
彼女の持つ一対の二丁拳銃“シャドウツイン”は、通常のハンドガンと比べてもはるかに適正射撃距離が短い。つまり、ゼロ距離から弾丸を叩き込むことで最大の火力を発揮する。
長い銃身により、距離を経ずとも十分に加速する弾丸が、蛇の鱗を打ち砕く。
反撃に迫る蛇の牙を、少女は軽やかに避ける。行動を前もって予測しているだけではない。動きを阻害しないオーダーメイドのスーツが、機敏な動きを保証していた。
「『クイックリロード』『スリーポイントバースト』!」
三度の弾雨。
他の調査開拓員の装備とは一線を画した、スタイリッシュで現代的なスーツをまとった少女が、自身をはるかに上回る大蛇を圧倒していた。
「『チェンジリロード』」
弾丸を撃ち尽くし、再び弾種を変える。
金眼と青眼、どちらのHPも底をつきかけていた。
「『照準固定』――『
放たれたのは最後の一撃。確実な致命傷を与え、一切の苦しみも与えない慈悲の弾丸。左右から同時に飛び出した弾丸は、それぞれの対象を貫いた。
『ボスエネミー“隠遁のラピス”を討伐しました』
『第一開拓領域〈オノコロ島〉西方第三域〈鎧魚の瀑布〉が開放されました』
ファンファーレとともに少女――ペンは第三域への進入権限を獲得する。だが、彼女は目的を達した歓喜に震えているわけではなかった。
「はぁ……はぁ……っ! ひくっ、や、やはりゲキレツ二連飲みは、脳にキますね……。ほへっ」
恍惚とした表情で、エナジードリンクの効力が切れた脱力感に浸っている。ビリビリと四肢の末端が震えるような感覚が、癖になっていた。
「あはっ、も、もっと戦いたい……。ゲキレツを飲みたい……」
もはやどちらが目的なのかもわからない。荒い呼吸を繰り返すペンの姿は、幸か不幸か他の調査開拓員に目撃されることはなかった。
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Tips
◇ 『
〈銃術〉スキルレベル30のテクニック。残HPが5%以下の対象に対して発動することで、ダメージを5倍に引き上げる。
“それは慈悲による一撃。せめて苦しみは一瞬に。”
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