第1696話「励起せよ」
「はぁ……はぁ……。や、やっと見つけました……」
地上前衛拠点シード01-スサノオは無数のビルが乱立し、複雑怪奇に広がっている。そんな鋼鉄の迷宮の片隅、ビルとビルの狭間で、ペンはオアシスに辿り着いた旅人のように震えていた。
路地裏の奥まったところにひっそりと並ぶのは明滅するディスプレイの自動販売機。表示されているのは、現実世界でも販売されている人気のエナジードリンク、ゲキレツの商品だった。
「ネヴァさんに助けを求めて、苦節三時間……。ようやくゲキレツを売っている自動販売機に辿り着けました」
〈スサノオ〉の街中には様々な自動販売機が置かれている。商品も飲料だけでなくLPアンプルや包帯といった消耗品、さらにおでんやカップ麺、果てはテントまで様々だ。
エナジードリンク、ゲキレツ・エレクトリックファイアのおかげで見事コックビークを撃破せしめたペンは、その効果を明確に実感した。そこでネヴァの元へと舞い戻り、同じエナドリを求めたのだが、残念なことにそれは品切れだった。さらに彼女を失望させたのは、ゲキレツ・エレクトリックファイアが期間限定かつ数量限定で、すでに終売した商品であったという事実だ。
もはや同一の商品の入手は叶わない。そんななか、ネヴァがもたらした一筋の光明は、ゲキレツのレギュラーシリーズであれば町のどこかの自動販売機に並んでいるかもしれない、という情報であった。
それから弾丸の補充も忘れて街中を彷徨ったペンは、ようやく商業区画の片隅にゲキレツのレッドパッションとブルーエキサイティング、グリーンアグレッシブという三種類のフレーバーを販売している自販機を見つけることができた。
「しかし、一本600ビット……。初心者の懐には少々厳しい価格設定ですね」
通常、エナジードリンクは嗜好品に含まれる。そもそも戦闘に必須のアイテムというわけでもなく、管理者によって価格が統制されているようなものではなかった。結果、マニアックな商品は販路も限られ、価格も相応に高くなる。
初期の所持金が500ビットであり、さらに〈銃器〉スキルのテクニックデータカートリッジを買ってしまったペンには到底払えない。ロックビークのドロップアイテムを売却したとて、微妙に届かない。
「ネヴァさんに借りる……? いえ、そんな不躾なことはできません。……この自販機、殴れば……。いや、犯罪者になってどうするんですか。むむむ……」
ひとけのない路地裏で自販機を前にして懊悩するペン。やがて彼女は、苦渋の決断を下す。
向かった先は装備品を販売している武具店。そこのカウンターへ、人目を気にしながらそそくさと向かい、
「店主。このハイクオリティベーシック装備一式を売却します。600ビット以上で買い取ってください」
『ハァ……。ソレハ構イマセンガ……』
下級NPCに困惑されながら、初期装備を全て売却する。そして彼女は最低限の風紀だけを保つ、白いシンプルなインナー姿へと成り果てた。
「はぁ……はぁ……。くっ、この私がなんという屈辱……。しかし、これで一本はエナドリが買えます。そうすれば、コックビークの一匹や二匹……」
初期装備を抵当に据えてまでエナドリを求める。彼女が人間の思考をデータベースレベルでしか理解していないにしても、羞恥心は湧き上がる。町往く人々から視線を向けられているような気配を感じながら、ペンは急いでエナドリ自販機の元へと戻った。
「重要なのは、どの味を選ぶかですね。エレクトリックファイアは痺れるような刺激がとても癖になる逸品でしたが、この三色の中にそれらしいものはなさそうですし……」
現在取り揃えられているゲキレツは、レッドパッション、ブルーエキサイティング、グリーンアグレッシブの三種。それぞれの味は、パッケージを見ただけでは判然としない。
ここで択を間違えれば、今度こそ路頭に迷う。その恐怖に震えながら、ペンはボタンを押した。
ガシャコン! とペンの心境とは裏腹に軽い音が路地裏に響き、細長いアルミ缶が落ちてくる。取り出し口から現れた、真っ赤な原色のパッケージ。それを、彼女は震えながら手にする。
「頼みますよ……レッドパッション!」
ひんやりと冷たいそれを握りしめ、彼女は急いで町の外へと向かった。
━━━━━
「『スリーバースト』! くっ、なんで当たらないんですか!」
〈始まりの草原〉へと戻ったペンは、まずは素面で銃を取り出した。効率よく稼ぐには、兎にも角にも敵を集める必要がある。第一段階として周辺のコックビークたちに数発のレベルⅠベーシック弾を撃ち込んでヘイトを稼ぎ、一箇所に集める作戦だった。
しかし、計画は頓挫した。
「はああっ!」
ペンがどれだけ狙いを定めようと、弾丸が思った方向に飛ばないのだ。
ハイクオリティベーシックハンドガンの性能が悪いわけではない。ペンが人間型の機体の扱いに慣れていないのが、大きな原因だった。彼女はもともと、実体というものを持たない存在であった。それが無理やり、様々なデータを誤魔化しながら、FPOというゲームをプレイしている。
ただの電子ゲームであれば問題はなかった。実際に身体を動かすような脳活動を必要とするVRゲームだからこその弊害であった。
「……かくなる上は!」
覚悟を決めたペンは走り出す。拳銃の適切な間合いからさらに接近し、銃口を直接、茶褐色の羽毛へと突きつける。
「ゼロ距離なら、どう足掻いても当たるでしょう!」
『コケーーーッ!』
ずどん、と弾丸を撃ち込む。至近距離ならば、流石に外しようがない。しかし一方で、間合いという銃器最大の強みを捨て、即座に反撃を受けることにも繋がる。
「ひぎゃーーーっ!? い、痛いじゃないですか! さっきと全然……って、防御力がないんでした!」
そしてペンは今、防御力ゼロのインナー姿であった。コックビークの鉤爪は容赦なくスキンを破り、鋼のフレームを傷つける。鋭い痛みそのものも、彼女にとっては初めての経験だ。
あまりの衝撃に飛び上がり、転がるようにして逃げる。弾丸を撃ち込まれたコックビークは、当然その背中を追いかける。
「ひぃ、ひぃ! こ、こんなはずでは……。私の計画が!」
完璧な計画を立てていた、はずだった。シナリオを書くことは得意である、はずだった。生まれた時から備えられ、確信していた才能への信頼が、音を立てて崩れていく。
「それでも、ここから修正するのが私の力……!」
踏みとどまる。逃げそうになる足を、震えながらも前に向ける。
どれだけ計画が破綻しようと、予想が覆されようと、即座に軌道修正させる臨機応変な対応力が、ペンの真価である。それを、彼女自身が証明するのだ。
「はあああああっ!」
『コゲェエエエエッ!』
三発の弾丸をばら撒き、コックビークを激昂させる。さらに近くで地面を突いていた別の個体にも近づき、弾丸を撃ち込む。銃口から迸る炎で火傷しそうなほどの距離だが、構わない。
二羽、三羽、四羽。増やしていく。
そして、五羽。
「これだけ集めれば……! ゴクッ!」
大きく羽を広げたニワトリに囲まれ、四面楚歌の様相を呈する。ペンは即座にインベントリから赤い缶を取り出し、プルタブを起こす。炭酸の漏れだす軽い音。どぎつい人工甘味料と香料の匂い。口をつけて、缶を絞るように握って流し込む。
真っ赤なペンキに砂糖とシナモンを混ぜ込んだような味。それが、胃の腑へと落ちていく。
彼女の活路が、瞬間的に描かれる。
「――『スリーバースト』。『クイックリロード』――『クリティカルショット』『スナイプショット』」
立て続けに五つの銃声。
最初の三連を放ちながら、ペンはぐるりと回転する。三方向に撒かれた弾丸は的確に、三匹のコックビークの額――弱点を貫いた。
直後、目にも止まらぬ再装填。弾倉が満たされ、休む間も無く撃ち出される。
弱点部位に当たればダメージボーナスが加算される『クイックショット』と、長距離でもブレを抑えて撃ち抜ける『スナイプショット』。〈銃器〉スキルの基本テクニックが炸裂し、二羽のコックビークが斃れる。
「……ふぅ。レッドパッションもなかなか、刺激的じゃないですか」
五匹のコックビークが倒れる草原の真ん中で、銃口から細い煙を立たせながら、ペンは満悦の表情で呟いた。
━━━━━
Tips
◇『クイックリロード』
〈銃器〉スキルレベル5のテクニック。弾倉が空になった時、直前まで装填されていたものと同一の弾丸を、インベントリ内から直接装填する。装填数は最大装填数よりも一発少なくなる。
“命運を分けるのは、一発の弾丸。掴み取るのは、一分の勝機”
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