第1694話「敵を撃ち抜け」

 世を忍ぶ仮の名前、ペンライトとして惑星イザナミ調査開拓団の一員となった少女は、プルタブの起きたエナジードリンク缶を持って地上前衛拠点シード01-スサノオの街中を歩いていた。

 ネヴァの工房でほとぼりが冷めるまで時間を潰しつつ、そこで初心者の進路相談をしてもらった。元々の経歴的に、自分が何をするべきかは熟知しているペンであったが、ネヴァの好意を無碍にするわけにもいわなかったのだ。

 惑星イザナミに降り立った調査開拓団員には、大まかに分けて二種類の選択肢がある。フィールドに出て原生生物と戦うか、町に腰を据えてアイテムを生産するかである。


「まずは、スキルデータカートリッジの入手ですね。武器と防具は、まだ更新しなくてもいいでしょう」


 ペンが向かった先は、戦闘スキルの基礎的なテクニックを揃えたデータカートリッジショップだった。初心者装備に身を包んだ駆け出し調査開拓員たちで賑わうショップの中に踏み入り、店員NPCに話しかける。


「〈銃術〉スキルのテクニックをレベル30まで、全て売りなさい」

『カシコマリマシタ。少々オ待チヲ』


 幾分高圧的な態度のペンにも、NPCは恭しく対応する。高度な人工知能を搭載していない下級NPCに、感情的なパラメータの変動はなかった。すぐに数枚のデータカートリッジが提示され、売買契約の締結とともにペンのビットが引き抜かれる。

 彼女が武器として選んだのは、銃器であった。弓と並び遠距離攻撃手段として名を馳せながら、弓とは多くの点で違いがある。どちらかといえば、上級者向けに分類されるテクニカルな武器だ。


「弾丸はレベルⅠのベーシックバレットが無限に使えますが、やはりそこまで威力は期待できませんね」


 レベルⅠベーシックバレットは、最低攻撃保証に毛が生えた程度の威力である。銃器の基本として、装填する弾丸の種類によって威力は大きく変わる。


「今使える弾丸は……レベルⅢまでのベーシックバレットと、レベルⅠの各種属性弾だけですか」


 初期装備であるベーシックハンドガンはレベルⅡのベーシックバレットまでしか装填できない。しかし現在は初心者支援の一環として、ハイクオリティシリーズと呼ばれる多少性能が向上したベーシック装備が配布されていた。

 ハイクオリティベーシックハンドガンであれば、もう一段階強力な弾丸が使える。


「とはいえ、懐も余裕がありません。レベルⅡ弾を買い込んで、依頼をこなしましょう」


 一見するとただ純粋にFPOを楽しんでいるだけにも見ええるペンだが、彼女は真剣そのものだ。レッジと接触するためには、少なくとも彼のバンドガレージがある〈ウェイド〉まで到達しなければならない。そのためには、順当にスキルを伸ばして各地のボスエネミーを討伐する必要もある。

 戦闘職としてプレイするのが、一番の近道なのである。


━━━━━


 地上前衛拠点シード01-スサノオの周囲に広がる丘陵地帯〈始まりの草原〉には、コックビークという大型のニワトリに似た原生生物と、グラスイーターというネズミ型の原生生物が生息している。どちらも駆け出しの調査開拓員にとってちょうど良い相手となり、最初期の敵として親しまれている。

 しかしながら、それもハイクオリティ装備が実装される以前から変わらぬ話であり、彼らの強さは無印のベーシック装備を前提としたものだ。それよりも一段強化されたハイクオリティ装備を身に包んだ調査開拓員にとっては、もはや若干手応えの薄い相手とすら認識されている。


「はああああああああああっ! どりゃああああああああっ! とうりゅああああああああっ!」

『ケェエエエエッ!』


 草原に大声が響き渡る。続いて、断続的な発砲音。のちに元気溌剌としたニワトリの鳴き声。

 三発の弾丸を軽やかに避け、発達した脚で地面を蹴って飛びかかってくるコックビークに、ペンは奥歯を噛み締める。ハイクオリティベーシックハンドガンの装填数は三発。打ち尽くした弾倉への再装填に、今は10秒ほどかかる。


「くっ、当たれば二発で倒れるというのに。なんという機敏さ!」

『キェエエエエエッ!』


 奇声のような甲高い鳴き声でバサバサと翼を広げるコックビークは怒り心頭だ。次々と鋭い鉤爪の飛び蹴りを繰り出し、ペンに生傷を増やしていく。


「今度こそ!」


ダァンッ! ダァンッ! ダァンッ!


 激しい銃声が響き渡り、臆病なグラスイーターたちが散るように逃げていく。だがペンを敵と認めたコックビークだけは激しく怒る。むしろ、明後日の方向へ飛んでいく弾丸に苛立ちさえ覚えているようだ。


「また避けるとは! 敵ながら天晴……ということですか!」


 白い拳銃を握り、茶褐色のニワトリを睨むペン。彼女のインベントリ内の弾丸は、残りわずかになっていた。ハイクオリティ防具のおかげでLPダメージはほとんどなく、返り討ちになる心配はない。とはいえ、仕留めきれず弾丸が枯渇し、無一文になる可能性がひたひたと迫ってきていた。


「ええい、人の体というのは動かしずらいですね。どうして足は2本しかないんですか!」


 コックビークの嘴突きを避けながら悪態も漏れる。ペンはまだ、人を初めて小一時間の素人であった。


「なあ、あの子……さっきからずっと同じニワトリと戦ってねぇか?」

「ちょいちょい見てるけど、弾丸が全然当たってないんだよなぁ」

「そもそもハンドガンの適正距離ですらないだろ、あの至近距離は」

「棍棒でも使ったほうがいっそ早いんじゃないか?」


 コックビークとの激闘が幕を開けて、そろそろ30分を迎えようとしていた。いつしかオーディエンスも現れて、初心者丸出しのペンに助言をすべきか否か囁きあっている。

 しかし、熱中している様子の彼女に水を差すのも憚られた。結果、彼らはいつか弾丸が当たるのを、固唾を飲んで見守るほかなかった。


「ふぅ、ひぃ……。く、かなりやりますね……」


 ペンは肩で息をしながら、ハンドガンを握りしめる。もはや弾丸は弾倉の中の三発しか残っていない。コックビークを倒すには、最低でも二発が必要であり、確実に仕留めるには三発全てを叩き込まなければならない。

 極限状態であった。――強い集中力が要求された。

 その時、ペンの脳裏に閃光が走った。


「……感謝しますよ、ユア」


 インベントリから取り出したのは、蛍光グリーンの細長いアルミ缶。彼女はプルタブを引き起こし、カシュッと炭酸の吹き出す音に笑う。コックビークが翼を広げて迫るなか、彼女はごくりと喉を鳴らして飲んだ。

 ゲキレツ・エレクトリックファイア。

 一口飲めば電流のような刺激が全身に染み渡り、心が一瞬で燃え上がる。


「見えたっ!」


 三発の銃声。

 オーディエンスが、その瞬間を見逃すまいと目を見開く。


『キェエエエエエッ!』


 激しい断末魔をあげ、茶褐色のニワトリがもんどりうって倒れる。草原の上に横たわり、ビクビクと震え、やがて動かなくなる。


「た、倒した……」

「倒したぞ!」

「エナドリ飲んで倒した!」

「うおおおおおおっ!」


 まばらな拍手が、やがて篠突く雨のように降り注ぐ。周囲に集まった調査開拓員たちの存在に今更になって気が付いたペンは、驚き固まる。


「な、何を見ているんですか! 見せ物じゃありませんよ!」

「おめでとう!」

「おめでとう!」

「おめでとう!」

「おめでとう!」


 おめでとうbotと成り果てた調査開拓員たち。中には涙ぐむ者まで。

 ぞわりと背筋を震わせたペンは、倒したコックビークからドロップアイテムを手に入れると、逃げるように町へ戻るのだった。


━━━━━

Tips

◇ハイクオリティベーシックハンドガン

 新規入植を行う調査開拓員に配布される標準的な片手用拳銃。前身となるベーシックハンドガンから改良が施され、威力が向上し装填弾種が増えている。

“調査開拓員各位の更なる活躍を期待しています”


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