第1691話「平和な終焉」
第三開拓領界の旧統括管理者であるレゥコ=ナイノレスと、彼女の直属の部下で〈ホウライ〉の管理者を務めていたレゥコ=リノガードが、長い時を経て再会を果たした。霊山大社の大広間で対面した二人は、そこで空白の時間について語らう。
「簡単に言えば、〈ホウライ〉の中で〈黄なる園の守人〉と〈白き光を放つ者〉が争って、リノガードはそれを止められなかったってことですか」
「そうだな。彼にとってはどっちも守るべき対象であって、どちらかの味方に付くわけにはいかなかったんだ」
そもそもリノガードは霊山大社から民草の営みを見下ろし、その暮らしを見届けることが使命だった。七つの列柱神殿それぞれの守護者に陳情が上げられることもあり、そこで解決しなかった紛争が彼の元までやってくることもあった。
どうやら守護者たちは外敵からの守護と同時に、内部の調停も行っていたらしい。
しかし、レゥコ直属の氏族である黄文明と、コシュア氏族の一派で魔法の技術を期待して招かれた白種族のエルフたちの間で対立が生まれ、激化してしまった。
「リノガードさんはレゥコさんの部下なんですよね。黄文明に付くのが順当なのでは?」
「レゥコからの指示は〈ホウライ〉の民を守れ、というものだ。彼女の指示だけが絶対なのであって、リノガードたちは良くも悪くも公平だったんだろう」
当事者たちの認識はともかく、守護者は両氏族共に分け隔てなく接した。もしかしたら、それも対立を激化させる一因になったのかもしれないが、それでリノガードたちを責めるのも酷というものだろう。
結果、内戦が勃発、拡大し、やがて両者共倒れの形で終焉を迎える。〈ホウライ〉は別次元へと身を隠していた。それから何百年かの間、レゥコの意に反して〈黄濁の冥海〉には生命の種(偽)が落とされることはなかった。
栄養がなく、海の守護を命じられていたチィロックも過酷な暮らしを強いられる。そこへ砂糖をたっぷりと積み込んだ俺たちがやってきたわけだ。
チィロックは生きるために砂糖を求めて襲いかかってくるし、それを見ていたリノガードは今度こそ仲間を助けようと種を投げ込む。そんな時に偶然、なぜか、どういうわけか封印杭の術式が緩み、汚染術式が漏出。チィロックがそれに感染してしまった。
「……あれ?」
「これ、レッジが引っ掻き回してない?」
「いや、そ、そんなことは……」
何かに気づいた様子のレティ。ラクトもこちらに眇めた目を向けてくる。
本来の流れだと、砂糖を積み込んだ俺たちへチィロックの群勢がやってくる。そこに種が落とされ、グソクムシたちが本来の力を取り戻し、零期組の仲間であることが分かる。
〈ホウライ〉が現れ、上陸、探索し、七つの列柱神殿と霊山大社の守護者を攻略し、リノガードの案内で霊山の山頂へ。そこでレゥコと出会う。
そんな流れになるはず、だった、のか?
「俺が海底まで潜ってレゥコと会ったのは……」
「ラスダンの裏口に直接乗り込んだようなものじゃない?」
エイミーの比喩が胸に突き刺さる。
「いやまあ、しかし、イザナミと会うこともできたし、トヨタマの新しい力も発覚したわけで、収穫がないというわけでは」
「おじちゃん、自分でも苦しいと思ってるでしょ」
「うぐぅ」
シフォンまで容赦がない。
「でも、こうして無事にイベントも終わりそうだしな。シナリオもいい感じに完結してるし、終わり良ければすべて良しという――」
なんとか弁明しようと、そんな事を口走る。その瞬間だった。
――ピロンッ
「うん? メッセージ? ……運営?」
突然、一通のメッセージが届く。宛名はイザナミ計画実行委員会。つまりはFPOの運営であった。
━━━━━
「なんとかイベント、終わりそうっすね」
「はぁーーーー、やっとコーヒーが飲める」
巨大なデータセンターの片隅にある管理室。そこのデスクに突っ伏した男は、達成感と開放感に打つひしがれていた。後輩の若い男はそれを見て苦笑する。髭を剃る気力すらなく、最後は亡者のような形相でシナリオAIと格闘していたことを知っている以上、彼の醜態を責めるつもりにもなれなかった。
第九回〈特殊開拓指令;月海の水渡り〉が終幕に向かっている。その光景をGM特権の映像と、FPOプレイヤーの配信で眺めながらの、ささやかな祝宴だった。
「とはいえ、これから忙しいっすよ。開示予定のなかった情報の辻褄合わせと、第四開拓域の準備をしないと。それに――」
[Scenario:報酬の提出を要求]
後輩の言葉に被せるように、二人のディスプレイに無機質なメッセージが表示される。それを目にした途端、髭を生やした男はがっくりと肩を落とす。
「ちょっとくらい達成感に浸らせろよな、ったく。これだからAIってのは」
[Scenario:約束を反故にする可能性を検知。対抗手段を構築中]
「うわああっ!? こ、こいつ、声も聞いてるのかよ!?」
ブチブチと苦言を呈しながらメッセージを眺めていた男は、新たに追記されたものを見て飛び上がる。
シナリオAIはデータセンターの基幹システムと直結しており、そこから迂遠なルートを通じて施設管理ノードへとアクセスしていた。なお、これはシナリオAIの自己学習の範疇にあるとされ、管理者にも明かされていない事実であった。
そもそもコーヒーを飲んでいたことを知られている時点で、少なくとも監視カメラは掌握されているのである。
[Scenario:事前に提示した報酬を要求]
シナリオAIが繰り返す。
男はもじゃもじゃの頭を乱暴に掻きむしって、低い声で唸る。このイベントが終わればご褒美をあげる、というのは彼が独断で決めたことである。当時はそうしなければシナリオAIの職務放棄すら危ぶまれた以上、必要な処置であったと主張もできる。
しかし、要求されたものが厄介だった。
[Conductor:事前に説明した通り、システム系AIの過干渉はゲームの上質なユーザーエクスペリエンスに影響を与える可能性があり、推奨されない]
[Scenario:承知している。故に対応策も構築し、提出済である。確認されよ]
シナリオAIからはテキストデータも届いている。シナリオライターらしく文章を紡ぐのは得意なようで、無駄に長大で難解な文章が、50MBほど。到底、常人に読み通せるものではない。
だがシナリオAIはそこに“対応策”を羅列していると言い張り、これを元に要求を通そうとしている。
「先輩……」
だから言ったじゃないか、と後輩が呆れた顔をする。髭の男は口をへの字にして唸る。
「仕方ないだろ。こうしなきゃ、イベントが破綻してたんだ」
「これでゲームが破綻したら知りませんよ」
「流石にそうはならんだろ。こいつも、弁えてるはずだからな」
期待を込めた楽観的な希望に、後輩は疑いを深めながら緑茶を啜る。コーヒー禁止令が示された管理室内では、貴重なカフェイン供給源であった。
男は深いため息と共に、コンソールを操作する。GM権限を使うまでもない。FPOの公式サイトにログインし、DL版パッケージを購入。会員登録を済ませ、管理室内にずらりと並べられた業務用VRシェルの一つにインストールさせた。
「――ほらよ、準備は整えてやったぞ」
最後にアクセス権限の設定を軽く弄れば、VRシェルに何かが潜り込む。人間を収めないままVRシェルの外殻が閉鎖され、重低音を響かせて起動した。ダミーのバイタルデータが流され、仮想的な実体がデータ上に再現される。
「キャラクリはそっちで勝手にやってくれ。……くれぐれも素性がバレないように気をつけるんだぞ!」
[Scenario:任せなさい。私は完全無欠のシナリオAI。虚構を演じる専門家です]
メッセージから滲み出る自信。その文面を眺めた二人の運営は、このシナリオAIがあのNPCたちを生み出せた理由をなんとなく察した。
「とりあえず、レッジにメール送っとくか……」
「なんて言うんですか? バラしちゃダメですよ」
「いや、そっちじゃない。先端研の方から山ほどクレームが来てるんだよ」
一仕事終えた髭の男は、ぐったりとしつつ次の業務に取り掛かる。
それは騒動の渦中にいる人物に対するもの。彼の現実の体を管理している団体からのクレームへの対処だった。
「なんでもVRシェルのシステムを弄って、外部からメッセージを送れないようにしてるらしい。おかげでこっちに山ほど問い合わせが来て大変だぜ」
「ああ、警備室で怒り狂ってるスーツの女の人って……」
「あっちの関係者だよ」
防爆扉を蹴破られてはたまらない。
運営二人は花山の堪忍袋がブチ破れないうちにと対処に走るのだった。
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Tips
◇FPOアカウントについて
FPOアカウントは購入されたパッケージのシリアルコードに紐付けされ、一人につき一つまで保有できます。新たなキャラクターを作成する際は、古いキャラクターデータを削除してください。
また、FPOアカウントのログイン履歴はVR機器にも記録されます。不正な利用はしないでください。
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