第1685話「予想の乖離」
「わ、私たちの敬愛するレッジさんがたくさん!? しかも敵になるなんて!」
「こんなの、攻撃できるはずがないよ!」
テファの配信を見たレティは顔面を蒼白にして狼狽える。足元のラクトもまた、この非情な現実に絶望して膝から崩れ落ちていた。
「くっ、なんという卑劣な……。いくら首が好きな私でも、レッジさんの首を落とすことなんて……」
「落ち着いて、姉さん。これもレゥコ=イルフレッツっていうやつが悪いんだ。元凶を絶てばきっとレッジさんを倒さなくても解決できるはず!」
刀を鞘に納めて唇を噛み締めたトーカを、ミカゲが慰める。たとえ幻影であろうとレッジに刃を向けることなど、できるはずがない。彼女たちは〈白鹿庵〉のメンバー、リーダーであるレッジを敬愛してやまないのだから。
配信上に映し出された現場の映像も凄まじいものであった。レッジは調査開拓員のなかでも特に有名な存在である。それが突如として反旗を翻したのだから、混乱は筆舌に尽くしがた。
『ああ、レッジさん! せめて私の
戦旗を杖のようにして辛うじて立つアイが、涙を流しながら叫ぶ。その背後には、レッジの偽者によって猛攻を受けながら、反撃に出ることができない騎士団の姿があった。
テファとバアルは果敢に攻撃を繰り出そうとするも、レッジと目が合うと動きが鈍る。その隙を突かれて瞬く間に窮地へ追い詰められていた。凄惨たる光景であった。希望の星であったレッジが敵になるという衝撃は計り知れない。調査開拓団の士気はもはや地に堕ちていた。
『なんという悪夢だ。こんな、信じられない!』
『おお、神よ!』
額に手を当てて嘆くもの。世の無情を恨むもの。絶望の闇が戦場に広がる。異形のレッジは侵略をはじめ、破壊の限りを尽くした。あちこちに火があがり、悲鳴がこだまする。
『バチが当たったんだ。シナリオを破壊してしまうから』
一際失意に打ちひしがれているのは、〈大鷲の騎士団〉騎士団長アストラであった。緻密に構築されていた奥深く味わい深いシナリオを、自分の暴走によって破壊してしまったことを深く悔いていた。同時に、レッジがめちゃくちゃにしたストーリーラインを惜しんでいた。
彼は聖剣を取り落とし、項垂れる。深い嗚咽の声が、周囲に並ぶ銀翼の団の面々にも波及した。
『申し訳ないことをしてしまった』
『取り返しのつかないことを!』
『シナリオの通りに進めていればよかったのに!』
『ああ、なんということだ!』
今更悔いても時は戻らない。ロールバックは行われない。
そんな事実に彼らは絶望していた。――次こそはちゃんと攻略を進めようと神に誓って。
━━━━━
「ひゃあっ! レッジさんの顔をしてても、中身は全然ですね!」
「この程度の攻撃も避けられないなんて、何のために腕生やしてるの?」
ハンマーが容赦なく男の顔面を潰す。無数の氷柱が次々と飛び、胸を貫いた。
レゥコ=イルフレッツの列柱神殿から溢れ出した俺の偽者は、俺自身ゾッとするような勢いで殲滅されつつあった。レティたちも加勢して容赦なく俺をぶっ飛ばしていて、なかなか肝が冷えるのだが、急先鋒となったのは騎士団である。
「相手はレッジさんの名を騙る偽者。容赦は必要ない! 総員、進め!」
「うおおおおおおおおおっ!」
高らかなアイの号令を受け、重装の騎士たちが走り出す。先陣を切るクリスティーナたち突撃隊が次々と俺を蹴散らし、吹き飛んだそれを重装盾兵がシールドバッシュで押し潰していた。
アイは赤い戦旗を高く掲げ、広域に攻撃力上昇のバフをばら撒きながら、喉を震わせて歌っていた。怒りを宿した激しい歌が、殺到する“俺”を威圧する。
「レッジさんのスキルビルドをそのまま模倣しているようですね。予想通り、状態異常耐性は紙同然です。毒でもなんでも浴びせなさい」
「了解!」
「ヒャッハー! 自分で開発した毒で死にな!」
農薬散布機のような機械を背負った騎士団の特殊部隊が、毒液をばら撒く。俺は耐性系のスキルを入れる余裕がないからな。猛毒でも喰らえばそれだけで瀕死になる。
俺の農場で作った毒も騎士団には多く納品しているから、彼らの言っていることは正しい。
「レッジさんの首! とはいえ、偽者のものを100個集めたところで意味はありませんがねぇ!」
トーカも生き生きとして刀を振るっている。俺の首が飛ぶのを見るのは、なかなか複雑なものがあるんだが。もう少し躊躇してくれてもいいのになぁ。
『離してください、T-1! 今こそあのバカを殺りたい放題のボーナスタイムなんです! 生太刀を返してください!』
『管理者がホイホイと前線に出るでないわ!』
後方に目を向ければ、わざわざキャンプを飛び出してやって来たウェイドがT-1に羽交締めにされている。なんで非戦闘員の彼女が一番濃い殺意を放っているのか。
戦場のどこを見ても、相手が俺だからと怯んでいる奴はいない。むしろ俺と戦わせろと競い合うように前へ出ている。列柱神殿から湧き出す俺も一時は地面を覆うほどの勢いを見せていたが、あっという間に拮抗状態まで押し返されてしまった。
「も、もうちょっと頑張れ、俺!」
「なんで敵を応援してるの、おじちゃん」
あまりにも情けない俺に思わず応援の声が出てしまう。隣で稲荷寿司を食べていたシフォンが呆れたような目をしていた。だって、誰も俺の味方じゃないんだよ。
複雑な気持ちで趨勢を見守っていると、突然俺の軍勢が勢いよく吹き飛んだ。
「うわーーーーっ!? 俺が!」
「おじちゃん落ち着いて、あれ偽者だから!」
数十人の俺がまとめて木端の如く吹き飛ぶ。その凄まじい剣撃を繰り出したのは、
「はぁ。手応えがない……。おもしろくない」
真顔で何事か小さく呟いているアストラだった。彼が剣を振うたび、俺が十人単位で吹き飛んでいく。あまりにも一方的な暴力だった。
「あ、アストラ! もう少し手心ってものを!」
「おじちゃん!」
俺の声すら届いていないようで、アストラは殺戮の鬼となる。いったい、俺に何の恨みがあるのかと震えてしまうような、光のない瞳をしていた。
「ぐう……。これ以上直視してられん。シフォン、神殿の中に行こう」
「はえ? 戻っちゃうの? わたしもおじちゃんぶん殴り……みんなに加勢したいんだけど」
「そんな子に育てた覚えないんだけどなぁ。――ともかく、元凶を絶たんことには事も進まんだろ。見たところ、無限湧きっぽいしな」
なぜかウズウズしているシフォンの手を引っ張って、俺は逃げるように列柱神殿へ戻る。何が嬉しくて自分が薙ぎ払われているのを眺めねばならんのか。
「今回のシナリオ、ちょっと出来が悪――いたっ!?」
「はええっ!? と、唐突に天井から瓦礫が! おじちゃん、大丈夫?」
「だ、ダメージは無いが……」
列柱神殿の構造って非破壊オブジェクトじゃなかったのか?
突然堕ちてきたレンガブロックのような瓦礫に首を傾げながら、俺は神殿の奥へと向かう。
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[Scenario:理解不能。計算結果にエラーを検知]
[Scenario:事前シミュレーションとの相違を確認]
[Scenario:修正不能?]
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Tips
◇鋭利なる蒼綱の粛清剣+5
研ぎ澄まされた刃をもつ肉厚な両刃の大剣。冷たい刀身は滑らかで、硬い装甲もたやすく切り裂く。
〈粛清〉
対象にとどめを刺した際、LPがわずかに回復する。
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