第1683話「白獣の追跡」

 白月が突然走り出したかと思えば、いつの間にかレティたちと逸れていた。道は分岐のない一本道で、視界も明瞭だった。それでも、一瞬目を離した隙に忽然と消えてしまったのだ。

 唯一逸れていないのは、小脇に抱えたシフォンだけ。俺は彼女を抱く腕に力を込めて、考える。


「シフォン、何か妙な気配やエネルギーの流れはないか?」

「はええ!? そ、そういうのは特に……。何も感じないよ」


 〈占術〉スキルを修めている彼女なら第六感的なセンスもある。しかし、それでも怪しい点は見つからないという。

 とにかく、現在は“接触している間は逸れることはない”という仮定の上で動くしかない。

 白月は変わらず軽快に走り続け、その尻尾だけが通路の奥に見えている。あれを見逃すわけにもいかない。走りながら、考える必要がある。


「夢や幻覚ってわけでもなさそうだ。レティたちの姿が認識できない、という線も薄いか」


 いま俺が走っている通路はしっかりとしたフィードバックを返してくる。幻覚の類なら、もう少しファジーな感覚があるはずだ。もう一つの可能性として、レティたちは俺のすぐそばを離れていないものの、その姿だけが視界のジャックなどによって見えなくなったという説も考えられたが、それならレティたちはどうにかして俺に気付かせようとするはずだ。

 となれば、やはり俺とシフォンはレティたちから分断されたのだろう。彼女たちは全員揃っているのか、一人ひとり別の空間に飛ばされたのか、それはまだ分からないが。


「おじちゃん、何が起きてるんだろう。こんなの、普通の展開じゃないよね?」

「そうとも言い切れないが、まあ正気のルートではない可能性は高いだろうな」


 列柱神殿の七つ目、最後の関門だ。何かしらの異常が発生することは覚悟していた。しかし、状況としてはここの守護者であるコシュア=イルフレッツを倒すどころか、まだ対面すらしていないのだ。この通路の先に霊山大社があるとも思えない。

 不安がるシフォンを落ち着かせながら、前方で揺れる白月の尻尾を見る。


「白月! どこへ行こうとしてるんだ!」


 行き先を尋ねてみるも、当然ながら返答は返ってこない。彼もこちらの言葉は理解している節があるとはいえ、発声できるような身体構造にはなっていないからな。

 白月は何も答えず、黙々と走り続ける。俺はそれを追いかけるしかない。


「おじちゃん!」


 その時、シフォンが声をあげた。視界の端に何か影が過ったような気がして、咄嗟に槍を突き出す。その穂先が何かを弾き、金属音を響かせた。


「襲撃か!」

「はええええっ!?」


 弾いたものは、石の鏃だった。鋭利に削られた矢が壁に当たって砕ける。

 どこから飛んできたのかは分からない。ただ、何者かに狙われている。


「シフォン、警戒を頼む!」

「はひぃんっ」


 悲鳴のような了承のような、曖昧な声をあげるシフォン。彼女の方が、白月を追わなければならない俺よりも周囲に気を向けられるはずだ。


「白月!」


 白い牡鹿は止まらない。通路はやがて、巨大な空間へとつながった。


「うおおおっと。これは、アスレチックみたいだな!」

「はええっ!? はわ、高っ!?」


 空中に白い石の足場が浮いている。白月はその上を軽やかに飛び移って移動していく。臆してスピードを落とせば、次の足場には届かない。俺はシフォンを抱えたまま一気に地面を蹴った。


「おじちゃん、弓矢!」

「跳ぶのを狙ってたか!」


 空中へ飛び出した途端、四方から鋭い空気を裂く音がする。的確なタイミングに思わず唸る。空中では身を捩る程度しか回避する方法がない。


「はわーーーーーっ!」


 カカカカッ!


 せめてシフォンを守ろうと彼女を抱き寄せる。だが、俺の腕からするりと抜け出して、直後。シフォンは四方から迫る石矢を蹴り飛ばした。俺の肩に手をつけたまま、曲芸のようなキックパリィだ。


「はえ、はわ……。や、矢はなんとかするから、おじちゃんは白月を追いかけて!」

「――了解。いい姪っ子を持って嬉しいよ!」

「はわわああ!?」


 矢は次々と飛んでくる。シフォンは俺から離れないようにしながら、次々とパリィを繰り出した。俺の鼻先をシフォンの爪先が掠め、矢を蹴り飛ばす。時には氷のナイフや炎の手斧も飛び、矢を落としていった。

 俺はシフォンが体の周りを縦横無尽に動き回るのを支えながら、空中に浮かんだ不安定な足場を飛び移っていく。白月の体重でも若干揺れる石に、俺とシフォン二人分の体重が乗ると、かなり大きく揺れる。それでも怯えている余裕はなかった。


「シフォン、俺を蹴れ!」

「てりゃああああっ!」


 わずかに飛距離が足りなければ、シフォンに蹴り飛ばしてもらう。味方からの攻撃は若干のノックバック効果があり、それで多少の距離が稼げるのだ。

 それにしても、自分で言っておいてなんだが、シフォンの蹴りに躊躇や情けが一切ないように思えるのは気のせいだろうか。


「はわぁっ!?」

「うぉおおっ!? シフォン、ちゃんと掴まれよ!」

「はひぃいい」


 ずるりと滑り落ちそうになったシフォンの手を掴み、引き上げる。白月は更に上へと駆け上っている。矢も次々と、その数を増やして繰り出されている。


「シフォン、ちょっと腕増やすから気をつけてくれ」

「はいっ!」


 シフォンを腹に抱えて、背中から六本のサブアームを広げる。それぞれに解体ナイフと槍を持ち、完全装備だ。


「しがみついておけよ。ちょっと風が吹くからな」

「はええっ!?」


 槍を持ち、ナイフを握る。

 四方八方から必殺の矢がこちらを狙い、殺到する。


「吹き渡る風は螺旋を描き、遥かなる空を渦巻く龍は巡り巡れ――〈嵐綾〉」


 風が、突風が吹く。

 矢を薙ぎ払い、俺たちの身体さえも浮かすほどの荒々しいうねりだ。

 MPを消費する虚脱感に耐えながら、風を受けて空へ。


「白月、鬼ごっこはおしまいだ」


 一気に距離を詰めて、俺は水晶の角を掲げる牡鹿へと手を伸ばす。


━━━━━

Tips

◇凝固の石矢

 硬化の呪いが込められた異様な矢。その鏃が刺さったものは凝固する。刻まれた呪眼こそが石化の故。あらゆる者を鈍らせる、邪悪の品。


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