第1682話「夢幻の蝶迷宮」
本気を出したレティたちの活躍もあり、列柱神殿の攻略は順調に進んだ。何より、アストラたちが一度踏破してくれていることもあり、列柱神殿自体の所在がすでに判明しているのが大きかった。〈ホウライ〉は亀であることを忘れる程度には巨大な島で、眩しい緑に溢れた森の中を探し回るのは骨が折れる。
「よし、シフォン。ここは出番だぞ」
「はええっ!?」
七つ目の列柱神殿。レゥコ=イルフレッツの元へと向かう、その道中。俺は隣を走っていたシフォンの背中を押して、目の前に現れた部屋の中へと飛び込ませた。驚くシフォンが転がり込んだ直後、部屋と通路が頑丈な鉄格子によって隔てられ、俺たちは分断される。
「はえええっ!? ちょっ、おじちゃん!?」
「ここで3分間耐えぬけばボス部屋の扉が開く! 頑張って避けてくれ!」
「はえええええええええっ!?」
八角形の部屋の、入り口と出口を除いた六面の壁に穴が開く。そこから飛び出して来たのは、色とりどりの鮮やかな翅をした、手のひらサイズの小さな蝶だった。それはフラフラと昆虫特有の不規則な動きでシフォンの元へと向かい、そして爆発を起こす。
赤い翅の蝶は火焔を、黄色い翅の蝶は雷撃を周囲に拡散させる。
「はええっ!? ひょわあっ!? はえんっ!? はえわっちゅっ!?」
このボス部屋前の試練は、次々と迫り来る蝶の猛攻を一定時間凌ぐというもの。部屋に入れるのはただ一人だけ。壁の穴からは際限なく蝶が飛び出し、その一人を執拗に狙う。
シフォンは爆発した蝶に驚きながらもパリィを決めて、ノーダメージで凌いでいた。
「おじちゃん! ちょっと、おじちゃん!」
「あと2分と50秒だ。頑張れ!」
「もーーーーーーーっ!」
防御力が紙レベルのレティとLetty、ラクトは論外。俺とヨモギも、真っ当な戦闘職と比べるとそこまで装甲が厚いというわけでもない。そもそも、一番防御力の高いエイミーでも、視界を覆うほどの物量で攻めてくる蝶、しかも一つ一つが手のひらに収まるほどの小ささとなれば捌くのが難しくなる。
そこで、シフォンが適任と考えたのだ。実際、彼女は半泣きになりながらも蝶にしっかりとパリィを決め続けて無傷で凌いでいる。
俺たちは格子の外から応援するくらいしか、することもできることもない。
「よし、テント建てたぞ。飲み物いるか?」
「わたしカフェオレ」
「レティはスポドリが欲しいですね」
「レティさんと同じものを」
小型のテントを建てて、飲み物を用意する。
「ちょっと!? みんな、せめて応援くらい!」
「応援してるぞ。頑張れ、シフォン!」
「コーヒー片手に持ってたら、それは観戦なんだよぅ!」
しかし、シフォンは言葉こそ焦っているものの、動きに危なげはない。ぽんぽんと鞠のように跳ねながらパリィを決める様子は軽快ですらあった。
「頑張ってください、シフォン。ここを越えればいよいよ最後のボスですよ!」
「レティ、それプレッシャーだからね!? はえええっ!」
ぴょんぴょこと動き回るシフォン。白い毛玉がもふもふとしていて、なかなか可愛らしい。ちゃんと写真も撮っておいてあげよう。あとでブログに上げていいか確認しとかないとな。
手元のタイマーでは、あっという間に2分が経過する。やはり、シフォンはこういう乱戦に非常に強い。下手に味方から支援を受けるより、一人で回避に専念する方が強いのだから、すごい才能だ。
「覚えてなよ、おじちゃん! 絶対ビンタするから! はえっ、はわぁっ!?」
「はっはっはっ! とりあえずあと30秒だぞ」
姪が元気に跳ね回っている姿というのは微笑ましいものだ。稲荷寿司か甘いものでもご馳走してやろう。
そんなこんなで、あっという間に3分が経過する。規定の時間が訪れたことで、最後に蝶たちが次々と爆発し、俺たちを隔てていた格子が開く。
「よく頑張ったな、シフォ――ぐべーーーーっ!?」
「ふんっ!」
両手を広げてシフォンを迎えると、飛び蹴りが返って来た。くぅ、彼女もずいぶんと仮想空間での身のこなしが板についてきたようだ……。
ポカポカと俺の腹を殴ってくるシフォンを落ち着かせながら、開いた通路へと向かう。この先に最後の列柱神殿の守護者、レゥコ=イルフレッツがいるはずだった。
いざ敵陣へ、と足を踏み出そうとした矢先、
「おおっ、どうしたんだ白月」
今まで黙って後ろをついて来ていた白月が、するりと足元をすり抜けて駆け出した。俺はレティと一瞬視線を交わし、シフォンを担ぎ上げて彼を追いかけた。
「はえっ!? ちょっとおじちゃん、まだ話は終わって――」
「いいなー。わたしもレティよりレッジにかかえて欲しいんだけど」
「贅沢言わないでください! って、誰がクッション性皆無ですか!」
「そこまで言ってないよ……」
まだご立腹なシフォンを小脇に、長い通路を駆け抜ける。白月の白い背中は付かず離れず、俺たちを誘導するようだ。
アストラからは、この列柱神殿で白神獣の仔が反応するようなことはないと聞いていたのだが、何か事情が変わったのだろうか。何にせよ妙なことが起こっているのは確実だ。
「おかしいわね」
「どうかしたか、エイミー」
隣を走るエイミーが怪訝な顔をする。
「この通路、こんなに長い?」
「そうだな……。いや、ギミック部屋からボス部屋まではそう遠くないはずだ。もうかなり走ってるし、通路自体も湾曲してるな。アストラから聞いた情報と違う」
違和感が膨らんでいく。
白月は軽快に蹄を鳴らして石の床を蹴っているが、通路が緩やかなカーブを描いているせいで、彼の短い尻尾しか見えない。そもそも、もう何十メートルも走ってきたが、いまだに終端が見えない。
「レティ、気を付けろ。俺たちは何か、異常な事態に巻き込まれてるぞ!」
咄嗟にレティに警戒を呼びかける。
だが、返事がない。
「レティ?」
「はええっ!? ちょ、ちょっとおじちゃん、誰もいないんだけど!」
隣を走っていたエイミーも見えない。姿が確認できるのは、小脇に抱えていたシフォンだけ。
「これは……」
少し気付くのが遅かった。俺たちは、いつの間にか迷宮の最奥で分断されていた。
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Tips
◇レゥコ=イルフレッツの眷属
鮮やかな色彩をはためかせる可憐なる蝶。その彩りに、人は目を奪われる。ゆらゆらと羽ばたき、ひらひらと揺蕩い、はらはらと近寄る。その羽音は死を運ぶ。
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