第1679話「見届ける者」

 事情聴取も終えて、いよいよ列柱神殿攻略に乗り出そうかと思った矢先、キャンプ地に元気いっぱいの声が飛び込んできた。現れたのは赤いドレスメイルを着た長身の女の子と、コウモリのような翼を生やした眼鏡のメイドさんだ。


「あれって、テファさんですよね。ワルキューレ三姉妹の」

「たまに前線で見かける顔だな。隣のメイドロイドは……」

『バアルでしょ。ソロモンのところの』


 わいのわいのと騒がしくしながらやって来る二人を眺める。テントの外でひとり過ごしていたカミルもやって来て、テファの隣を歩くメイドロイドの名前を口にした。

 バアルといえば、メイド卿ことソロモンが擁する七十二人のメイドロイドの筆頭だ。あんな翼があったかどうかは覚えていないが、手にした長柄の箒は見たことがある。

 だがそれよりも目を引くのはテファが抱えている白い玉だ。「タマ獲りましたわーー!」と言っていたが、魂の比喩表現というわけでもなく、文字通りの玉だ。いや、あれはもしかして……。


『アイヤーーーー!?』


 背後から悲鳴があがり、直後、俺たちの足元をすり抜けて飛び出す少女がいた。赤いチャイナ服を翻し、血相を変えてテファの元へと向かったレゥコである。


「おわーーーっ!? な、なんなんですの!? これは私のタマですわよ!?」

『それはエデピトネクの神核実体ヨ! ナニ勝手に取ってルカ!』


 飛びついて白い玉を奪おうとするレゥコだが、タイプ-ヒューマノイドの中でも長身なテファがひょいと持ち上げると届かない。ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、それを返せと叫んでいる。

 やはりあの白い玉は神核実体だったらしい。第零期先行調査開拓団員の魂そのものとも言える重要部品だ。零期組は神核実体を有機外装と呼ばれる筐体に置くことで活動するのだ。


『ソレとっても大事! 返す!』

「えええっ!? だって、百足のドタマカチ割って手に入れたのは私ですのに……」

『お願いネ……。コレないと、エデピトネクが……』

「うぐぐぐ……。庶民に施すのも貴族の務め、ということですわね。仕方ありません」


 小さな女の子が涙目になっているのが効いたのか、テファが神核実体をレゥコに渡す。地位的には多分、レゥコの方が上だと思うのだが、まあいいか。

 レゥコはピョンピョンと飛び跳ねて喜んでいるしな。


「というか、エデピトネクって列柱神殿の守護者なんだよな。その神核実体を取ってもよかったのか?」

「魂が無事なら、なんとかなるのでは?」


 列柱神殿守護者はボスではあるが、アストラがそうしたように交渉の余地がある相手だ。そんな存在の魂を分捕って問題ないのかと不安になるが、レティは楽観的だった。

 よくよく考えてみれば、コノハナサクヤやオモイカネなんかの零期組も神核実体を分離して〈白き深淵の神殿〉に運んだしな。


「でも、神核実体がここにあったら、列柱神殿攻略してもボスと戦えないってことにならない?」

「それもそうか。……レゥコ、それは神殿に返しに行くか」

『アイエーー!?』


 一応、列柱神殿はいつでも再挑戦可能なものになっている。だから、アストラが守護者全員と話をつけた後でも、テファたちがエデピトネクと戦えたのだ。おそらく守護者は倒されても、神核実体が無事なら有機外装も復活するのだろう。しかし神核実体がなければ、いつまで経ってもボスがリポップしないことになる。

 レゥコはエデピトネクを帰したくなさそうだったが、彼の役目が列柱神殿の守護であることも確かで、不承不承といった様子ながらも頷いた。


『ウン? ……なるほど。分かったネ』


 白い玉を抱えたまま、レゥコはふんふんと相槌を打つ。神核実体状態のエデピトネクとも、レゥコは意思の疎通ができるらしい。


『本人も列柱神殿に戻りたい言ってるネ。星が落ちてこないか心配しテル』

「星?」

『行ったラ分かるヨ』


 どうやら本人は列柱神殿へ戻りたがっている。星が落ちるというのがよく分からないが、レゥコから与えられた使命を全うしたいとも言った。


『……何百年も待たせてたカラネ。ようやく仕事ができるって張り切ってるヨ』

「それはいいですね。では、ぜひレティもお手合わせ願いたいです」


 ぶんぶんとハンマーを振り回してやる気十分のレティ。

 他の列柱神殿守護者たちも、エデピトネクと同じような心境なのだろうか。レゥコから神殿を守るという役目を任されながら、守るため立ちはだかるべき敵が現れなかったのだ。


「そういえば、守護者たちは何か知らないのか? 〈ホウライ〉のエルフたちがいなくなった理由」

『知らナイ言ってるネ。この子たち、みんな神殿の奧にイタ。外のコト分からない思うヨ』


 なるほど、職務に忠実だったわけだ。申し訳なさそうに、表面の光を明滅させる神核実体を見て、大丈夫だと慰める。エデピトネクたちは真面目な守護者だったらしい。

 レゥコは神核実体を抱えたまま情報交換を進め、うむうむと頭を揺らす。


『エデピトネクたちは知らナイ言ってるケド、リノガードなら知ってるカモって』

「リノガード?」

『霊山大社の守護者ネ』


 レゥコ=リノガード。七つの列柱神殿を巡った先に開かれる最終ダンジョン、霊山大社の守護者。つまるところ、実質的な大ボスだ。いや、イベントの最終的な相手は流れ上チィロックになるはずだったから、その手前のボスになるのか? とにかく、霊山大社という通常のルートでは行けない場所にいる存在らしい。

 そのリノガードは〈ホウライ〉の全てを見届けているのではないか、とエデピトネクは言っている。


「なーるほど! いい事を聞きましたわ〜〜〜!」


 レゥコの言葉を聞いていたのは俺たちだけではない。神核実体を持ってきたテファもそこにいた。彼女はにやりと笑うと、大きな赤い両手剣を担いで走り出す。バアルの手も掴んで、素晴らしい速度でキャンプ地を飛び出した。


「七つの列柱神殿を攻略して、霊山大社へ行けばいいんですのよ! バアルさん、手伝ってくださいまし!」

『……はぁ、かしこまりました』


 心なしか、ソロモンのメイドロイドにも呆れられているような気がする。ともあれ、二人はあっという間に山を駆け上ってしまった。


「レッジさん、こうしちゃいられません。レティたちも早く攻略しないと!」

「そうだなぁ」


 鼻息を荒くするレティ。俺は彼女と共に今度こそ列柱神殿の攻略に乗り出した。


━━━━━

Tips

◇レゥコ=リノガード

 〈ホウライ〉霊山大社に坐す守護者。その目は山の隅々にまで届き、その全てを見届ける。睥睨の観察者。天より見下ろす百眼の王。


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