第1678話「取り調べ」

「――で? 騎士団が運んできた砂糖と菓子類のほとんどを食い尽くしたのはなんでなんだ?」

『そ、それは今は関係ないでしょう。それよりもあなたのですね』


 これまで意気軒昂にこちらを詰めてきていたウェイドが、反転攻勢を仕掛けると途端にしどろもどろになる。延々と尋問を受けながら、ちょっとずつ言質を取ってきた甲斐がある。

 俺も自由にやらせてもらっていたとはいえ、ウェイドはウェイドで砂糖類をほとんど食べ尽くしてしまったみたいだからな。どう考えても管理者として逸脱した行為だ。


『ぎょ、業務上必要な、ですね……』

「何がどう必要なんだ、全く」

『そうじゃそうじゃ。お主は日頃から管理者としての自覚が足りぬからそうなるのじゃ』

「いや、T-1もだぞ?」

『なんじゃとぅ!?』


 なぜか味方みたいな顔をしてこちらに同調してくるT-1にも釘を刺す。こっちはこっちで稲荷寿司を全部食べ尽くしている。今も寿司桶片手に、よくウェイドを責められたもんだ。


『お、おいなりさんは妾の生存に必須の栄養素であってな……』

「どう考えても嗜好品だろ。中毒症状出てるんじゃないか?」

『や、やめるのじゃ! それは妾のおいなりさんなのじゃ!』


 寿司桶を奪取して高く持ち上げると、背丈の足りないT-1はピョンピョンと飛び跳ねる。前髪の隙間から見える瞳がガチ泣きしていた。


『……話は聞かせてもらいました。とりあえずT-2とT-3にも掛け合って、ウェイドとT-1の処遇は後々精査しましょう』


 上手く話題を逸らせたかと思った矢先、冷静な声が水を差す。テントに入ってきたのは招集を受けて駆けつけた第零期先行調査開拓団員、現在は監獄闘技場の管理者と植物園の相談役を務めるコノハナサクヤであった。

 彼女は取り調べ室になっているテントの室内を見渡し、おおよその状況を察する。レティたちは最初の方に捲し立てて満足したのか椅子に座って寛いでいるし、レゥコとチィロックは暇そうにしている。俺の方も尋問は一通り終わってしまったのだ。


『コノハナサクヤ! レッジがひどいのじゃ、ビシッと言ってくれ!』

『T-1も一度、いなり断ちをした方がいいでしょうね』

『ほぎゃーーーーっ!?』


 希望を見出して駆け寄ってきた指揮官を一蹴し、コノハナサクヤはこちらを見上げる。


『貴方がウェイドとT-1を虐めている間に、レゥコたちからも事情聴取を行いました』


 人聞きの悪いことを。

 とはいえ、彼女は元々零期組のよしみがある。レゥコたちとも比較的話が通じるはずだった。


『レゥコ=ナイノレス。第三開拓領界の統括管理者で、権限レベルで言えば、クナドやポセイドンと同等です。そして、レゥコ=チィロック。こちらはナイノレスの部下にあたりますね』

「まあ、そんなところだろうな」


 コノハナサクヤの整理した情報に目新しいものはない。赤いチャイナ服を着たウェイドと同様の姿の少女は術式的隔離封印杭を押さえていた旧管理者であり、隣の高飛車そうな顔つきの子は彼女の留守を守っていた。

 チィロックの役割は、封印杭によって汚染術式を抑えた後、死の海となった〈黄濁の冥海〉を復活させること。〈ホウライ〉から落ちてくる生命の種(偽)を糧にグソクムシを成長させ、豊かな生態系を復活させることだった。

 しかし、計画にいくつかの綻びが生じた。ひとつは〈ホウライ〉から生命の種が落ちてこなかったこと。ふたつめは封印杭から汚染術式が漏出してしまったことだ。しかも最悪なタイミングで生命の種が降ってきてしまったため、チィロックは汚染術式に侵された上で暴走を始めてしまった。


『そして今回重要なのは、トヨタマです』

『わたし?』


 コノハナサクヤが、俺の頭上に目を向ける。さっきから俺を太ももの上に座らせて、後ろからがっちりと腕と羽でホールドしている大きな少女、トヨタマは自分の名前を呼ばれてきょとんと首を傾げる。

 汚染術式に侵され、黒神獣化していたチィロックを、トヨタマは食った。いや、正確に言うならば汚染を消滅させた。これは特にコノハナサクヤにとって驚くべき事実である。

 なにせコノハナサクヤは黒神獣の治療のために簡易輪廻転生システムを構築し、〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉でそれを運用しているのだから。長い苦しみを強いながら、少しずつ汚染術式を除去していくシステムに、彼女が心を痛めていないはずがない。もし仮にトヨタマが汚染術式を喰らえるのならば……。


『トヨタマ、あなたは今後も自由に汚染術式を除去できるのでしょうか?』

『わかんない!』


 そっかー、わかんないかぁ。

 コノハナサクヤの問いに対して元気に答えたトヨタマに、思わず苦笑してしまう。汚染術式の除去はトヨタマの特殊能力である可能性が高いものの、それを本人が使いこなせるかどうかは別の話だ。さっぱりと言い切ったトヨタマに、コノハナサクヤもどうしたものかと唸りを上げる。

 こちらの検証は、トヨタマ以外の白龍イザナミの分霊体の捜索と共に進めた方がいいだろう。

 やることが多くなってきたなぁ。


「ちなみにレゥコ。〈ホウライ〉から生命の種が落ちてこなかった理由は分かるのか?」

『全然ネ。正直、ワタシの計画だとホウライの背中には大きい都市が今も存続してるハズだったネ』


 廃墟ばかりで生命の気配のしないホウライに、レゥコも首を縮める。やはり、〈ホウライ〉にも何かしらの異常が発生したのだろう。そしてその謎を解き明かす糸口となるのが、列柱神殿の守護者たちと言うわけだ。


「よし、それじゃあ列柱神殿に行って、守護者たちから話を聞こうか」

「おおっ! やっとレティたちの出番ですね!」


 手錠を外して立ち上がると、レティもぴょこんと耳を立てて跳ね起きる。ダンジョンの攻略となれば、彼女の本領発揮である。


『ああっ!? いつのまに手錠を……。って、アレ!? なんで私がT-1と手錠で繋がれてるんですか! ちょっと待ちなさい、まだ話は!』


 ウェイドが何か言っているが、話は終わりだ。さてさて、ダンジョン形式は久しぶりだな。


「列柱神殿守護者、レゥコ=エデピトネクのタマ獲りましたわーーーーーーーーっ!」


 意気揚々とテントを後にしようと思った矢先、どこかで聞いた覚えのあるような声がキャンプ地に飛び込んできた。


━━━━━

Tips

◇調査開拓員拘束用手錠

 問題のある調査開拓員の行動を制限するために開発された頑丈な手錠。電子錠が内蔵されており、管理者以上の権限を持つ者でなければ着脱の操作ができないようになっている。〈解錠〉スキルによる鍵開けも無効化される。

“あの馬鹿の腕に10個くらい着けててもいいですね! はっ!”――管理者ウェイド


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