第1676話「地の底の星空」※

 テファとバアルが落ちたのは、深く暗い縦穴の底だった。テファが取り出したランタンの光で周囲の光景が明らかになる。埃とも土ともつかぬものが堆積し、それがもうもうと舞い上がっている。壁は隙間なく積み上げられた石壁で、指をかける余裕すら皆無の絶壁だ。


「これは登れないですわねー」


 広間の床を砕いて、一緒に落ちてきた瓦礫が足元に散乱している。バアルの助けがなければ、この下敷きになっていた可能性もあり、テファは顔を青褪めさせた。何よりも絶望的なのは、ここから上へ戻る手段が見当たらないことである。

 テファは追加の輸血パックを一気飲みしつつ、バアルの様子を窺う。


「バアルさん、怪我は大丈夫ですの?」

『主人より応急修理マルチマテリアルや各種アンプルは支給されております。少しお時間いただければ、すぐに動けるようになります』


 テファの『血液循環』を受けて一時は本来以上の活力を手に入れたバアルだが、着地の衝撃で両足と翼を負傷していた。彼女はメイド服の懐からアンプルを取り出して手当を行っていた。

 とはいえ、バアルは調査開拓員ではなくNPCのメイドロイドだ。その制約を受けて、アイテムの効果は十全に発揮されない。


「仕方ないですわねー。とりあえず、包帯巻きますわよ」

『テファ様……。ありがとうございます』


 テファはインベントリから包帯を取り出し、バアルの足に巻き付ける。スカートの下のすらりとした美脚が、今は強い衝撃を受けて人工筋繊維の断裂を起こしていた。それを抑えて修正するようにキツく巻きつけておけば、治癒も早まるだおる。

 日頃から姉妹たちとパーティを組んでの行動が多いテファは、自身の出血多量のプレイスタイルを補う目的もあって、〈手当〉スキルを習得していた。彼女が包帯を巻いてやれば、バアルが応急処置をするよりもよほど効果が高い。


◇リスナーあんのうん

テファ姉優しいですわねー


◇リスナーあんのうん

NPC相手だと回復系アイテムも効果量0.8倍とかになるんだったか

テファ姉の手当スキルで減少分が相殺されてる感じかな


◇リスナーあんのうん

これってもしかして百合ですか?


 幸いなことに電波状況は悪くなく、浮遊撮影端末はテファが甲斐甲斐しく介抱する様子もしっかりと配信していた。リスナーたちの茶化すコメントに軽く反応しつつ、テファはバアルの手当を終えた。


「本当ならパーツごと取っ替えるのが一番なのですが、まあ仕方ありませんわね。……ところで、私たちはこれからどこへ向かえば良いのでしょう」

『それならば、風が教えてくれるようですよ』


 手当をしている間に立ち込めていた粉塵が落ち着いてくる。わずかに残った靄のような土煙を、バアルが指で示す。それは壁に囲まれた穴の底であるにもかかわらず、微かな流れを作っていた。

 テファがはっとして風の吹く方向へ目を向ける。そこは頑強な石壁のようであったが、彼女は迷いなく赤い総金属製の両手剣を繰り出した。


「てりゃあーーーーーいっ! ですわーーーー!」


 爽快な轟音と共に壁は呆気なく崩れる。その向こうには、燭台にほのかなオレンジの光をともす燭台が連なっていた。

 テファは長く続く通路の前に立つと、異様な空気を感じた。この先に何かがあると直感的に理解する。それはバアルも同様だった。


「準備は大丈夫ですの?」

『ええ。問題ありません』


 二人は互いの装備を確認し合い、通路を走る。

 無数の燭台を通り過ぎ、その過程に敵はいない。初見殺しのような床砕きギミックが用意されていた以上、それ以上の理不尽はないだろうというテファの予想は当たっていた。


「見えてきましたわ!」


 通路の終端が現れる。そこは地下にもかかわらず満天の星空が輝く大空間であった。無数の巨大な鎖が天から垂れ下がり、ドームの中央にある台座で何かを拘束している。

 テファとバアルが決戦の場へと足を踏み入れた瞬間、夜天に垂れる鎖が震えた。


『――』


 小さな声で何かを囁く。

 それは、テファの知らない時代の言葉だった。じゃり、と鎖が揺れうごき、その先に手足を拘束された者が頭を上げる。


『……――ッ!』


 橙色の双眸が二人を見下ろす。ゆっくりと立ち上がったのは、長い体躯を頑丈な甲殻で包み込んだもの。


「また虫ですの!?」


 テファがギョッとして言う。

 千の脚を鎖で繋がれ、顎に枷を嵌められた、巨大な虫であった。


◇リスナーあんのうん

げええ、ムカデ!?


◇リスナーあんのうん

守護者ってことはレゥコ族なんだよなぁ

この一族は虫ばっかりなのか?


◇リスナーあんのうん

デカすぎんだろ・・・・


 拘束された巨虫が睥睨する。

 赤い甲殻を持つ守護者は、天が震えるほどの咆哮で来客を迎えた。


━━━━━


「列柱神殿の攻略ですか? まあ、そうですね……」


 レッジの尋問が長引くなか、アストラはシフォンに請われて列柱神殿での出来事を話し始める。自分も余裕がなくてあまり覚えていないと前置きしながらも、彼の説明は細かかった。


「それで魔法使いタイプのエルフを倒したら最奥っぽい部屋に辿り着いたんですが、そこにはボスがいなかったんです」

「はえー。謎解きか何かが必要だったってことですか?」

「その可能性も考えたんですけど、急いでましたからね。深く考える余裕はなかったです」


 まったく手がかりのない初見攻略。しかも事態は切迫している。そんな極限状況をどうやって乗り越えたのか、シフォンはワクワクと胸を躍らせて続きを待つ。


「ただ部屋に入った時に足音が変わったので、多分床の下に空間があるなーとは思ったんです。なので適当に叩いてみたら、それが当たっていたようで」

「はええ……」


 謎解きも何もない天才特有の強引な解法に、シフォンはへにょりと耳を倒す。


「そこから一気に50メートルくらい落ちましたかねぇ。あ、大丈夫ですよ、瓦礫も一緒に落ちたので」

「何が大丈夫か分からないですけど!?」


 何一つ安心できる要素のない補足であった。しかしアストラはへらへらと笑って続ける。


「瓦礫に乗ってれば姿勢も安定します。それに、先に落ちた瓦礫が底についたタイミングで受身を取れば、間に合うでしょう」

「うーん、そうかなぁ」

「シフォンさんならできますよ。目隠ししてもいけるんじゃないですか?」

「無理に決まってるでしょ!?」


 突然何を言い出すのだと目を剥くシフォン。だがアストラは確信すら持っているようだった。

 シフォンは憤慨する。自分はトッププレイヤーであるアストラとは根本的に力量が違うのだ。身内であるレッジやレティたちがとんでもなくぶっ飛んでいるおかげで自分までそんな目で見られるのは勘弁願いたかった。


「自覚がないところとか、そっくりですね」

「誰に……? おじちゃんと一緒にしないで欲しいですけど!」


 ぷくりと頬を膨らませる姿を見てアストラは目を細める。アイという実妹がいるからか、シフォンのこともそのように捉えている節があった。


「まあとにかくそれで底に着けば、あとは壁を壊して通路を進んでボスと話して終わりです」

「一番大事なところを端折ってない!?」

「あははっ。でも、それだけですからねぇ」


 シフォンの鋭いツッコミをさらりと避けて、アストラは肩をすくめる。


「最初に攻略した列柱神殿の守護者、大きなムカデ型のものは案外話を聞いてくれましたよ。まあ、その前に星空レーザー流星群を避けて鎖を全部破壊する必要がありましたけど」

「星空レーザー流星群って聞くだけで厄介そうなんですけど」

「あははっ。人間、窮地に立たされても案外なんとかなりますよ」


 不穏すぎる言葉に顔を顰めるシフォン。ウェイドの悲鳴がテントの奥から漏れ聞こえるのを流しながら、彼女は今まさに列柱神殿を攻略しているだろう調査開拓員の身を憂うのだった。


━━━━━

Tips

◇守護者レゥコ=エデピトネク

 ホウライの列柱神殿にて巡礼者を待ち構える守護者のひとり。序列第三位。星海の崩落を恐れ、大地の深くへと潜った小心者。その鎖で天を吊り下げ、その身をもって星を支える。


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