第1675話「メイドの戦い方」※

◇リスナーあんのうん

姉様ご乱心! 姉様ご乱心!


◇リスナーあんのうん

何やってんだよテファ!


◇リスナーあんのうん

ついにテファ姉まで頭レティになっちゃったかぁ


◇リスナーあんのうん

同じくイメージカラー赤だもんね。かわいそうに。


◇リスナーあんのうん

赤髪は凶暴になる運命|(さだめ)でもあるの?


◇リスナーあんのうん

ああもう(列柱神殿が)めちゃくちゃだよ!


突然の暴挙を働くテファにリスナーもどよめく。そんな中でバアルだけは冷静沈着な表情を崩さずに、暴れ回る彼女の様子を見つめていた。


「ぶっ壊しますわ! ぶっ壊しますわ!」


 名剣ダインスレイヴを振り回し、壁や床や柱を壊すテファ。見境も分別も躊躇もない。彼女が赤い機剣を振るうたび、瓦礫が吹き飛んで砕け散った。


◇リスナーあんのうん

テファ姉、(有名プレイヤーの中では比較的)まともだったのに・・・


◇リスナーあんのうん

うんうん。これも調査開拓だね。


◇リスナーあんのうん

あれ? でもなんかおかしくないか?


 狂ったようなテファに憐憫さえ抱いていたリスナー陣から、異変に気付いたコメントが流れる。それをきっかけに、少しずつ同じ違和感を抱いた者が現れ始めた。

 テファは次々と神殿を破壊している。悠久の歴史を伝える貴重な史料ともなる遺跡を完膚なきまでに破壊し続けている。それがおかしな行為であった。


『なるほど。ここは非破壊オブジェクトに指定されていないのですね』


 バアルがキラリとレンズを光らせて頷く。その声で他のリスナーたちも遅れて気が付いた。

 テファは〈斬撃〉や〈破壊〉といった非破壊オブジェクトを破壊するスキル、いわゆる物質系スキルを使用していない。にも拘らず、彼女が剣を振り下ろすだけで石が砕けるのだ。

 通常、ボスエリアは全域が非破壊オブジェクトとして設定されている。かつて、どこかの馬鹿がボスエリアを全て耕して滅茶苦茶にしたのが原因だとまことしやかに囁かれているが、その真偽は定かではない。とはいえ、基本的にボスエリアは破壊できないというのが通説である。

 列柱神殿のような小型ダンジョンとも言えるようなフィールドであれば、より明確にそれが行われる。迷宮の壁を破壊されては、惑わせることはできないからだ。極論、壁を突っ切って進むことができてしまう。道中の通路は当然ながら非破壊オブジェクトであった。

 だからこそ、この部屋が非破壊ではないという事実が浮き彫りになる。


「どこかの壁の向こうに隠し通路があるはずですわ! 謎を解いたらギミックで解除できるのかもしれませんけど、この両手剣マスターキーが手っ取り早いですわーー!」


◇リスナーあんのうん

さすがテファ姉! 今日も冴えてるな!


◇リスナーあんのうん

よっ、ワルキューレ三姉妹の頭脳!


◇リスナーあんのうん

でも言動がほとんど赤兎ちゃんと変わらなくない?


◇リスナーあんのうん

赤髪だもの。


 リスナーに好き放題言われながらも、テファは構わず壁を壊していく。だが、いくら破壊しても、壁の向こうには厚い石が続き、隠し通路らしきものは見当たらない。流石に疲れてきたと動きを鈍くするテファの代わりに動き出したのは、バアルだった。


『テファ様、ここは協力致しましょう』

「ぜぇ、はぁ……おえっ。わ、分かりましたわ。バアルさんの力を貸してくださいな」

『かしこまりました』


 肩で息をするテファが壁際に下がり、バアルが前に出る。彼女は刀を仕込んだ箒を携え、背中から悪魔の羽を伸ばして、円形の部屋の中央に立った。


『ソロモン家、家政戦闘術。冥怒流剣技、一の術』


 黒々とした翼が三対六枚へと増える。皮膜を支える指骨の先に、一本ずつの刀が握られていた。総計、六振り。さらに箒を引き抜き、七振り。それらを掲げてバアルが凛と発声する。

 後方のテファが、画面越しのリスナーたちが驚愕していた。


『――『荒羽掃キ』』


 剛と風が吹き荒ぶ。それは斬撃を載せて周囲へ無差別に襲いかかる。石さえもたやすく切り刻み、破壊する。暴力がそこに顕現した。


「ほぎゃーーーーーーーっ!? な、なんですのこれは!?」


◇リスナーあんのうん

NPCが流派技!? ていうかなんだこの流派、初めて見たぞ!


◇リスナーあんのうん

家政戦闘術ってなに!? 冥怒流ってなに!?


◇リスナーあんのうん

置いてかないで! 置いてかないで!


 物理的な斬撃の嵐に翻弄されるテファと、情報の濁流に押し倒されるリスナーたち。オーディエンスを置き去りにして、バアルは周囲のことごとくを破壊し尽くす。その暴風が、大きな変化をもたらした。


「なっ、床が!」


 轟音と共に、床が崩れる。その下に底の見えない奈落が広がっていた。


『どうやら隠し通路は下にあったようですね』

「これは通路じゃないんでなくて!?」


 瓦礫と共に重力に絡め取られて落ちていくテファ。いかに〈受身〉スキルを持っていようと、着地地点が分からなければなす術はない。ジタバタともがく彼女の手を、バアルが握った。


『手を握ってください』

「バアルさん! やっぱり六枚も羽があれば飛べるんですのね!」

『いえ、この翼は飛行には適しておりません。……多少の落下なら、運が良ければ、低い確率で、生き残ることも、できるかもしれない、と推察されます』

「ほぎゃーーーーーーーーーーっ!?」


 一瞬安心したテファの希望は、悪魔のメイドによって打ち砕かれる。それでも彼女は精一杯に努力をしてくれたようで、皮膜にを広げて落下速度を抑えていく。瓦礫が先んじて落ちていくのを見送りながら、さらに翼の先の刀を周囲の壁に突き刺し、ガリガリと削る。

 だが、一般的なタイプ-ヒューマノイドと比べて重量の嵩むテファを抱えては、バアルも苦しげだ。


「なっ、バアルさん! 翼が!」

『問題ありません』


 バキ、と嫌な音がする。バアルのメイド服にしがみついていたテファは、彼女の羽の一枚が妙な方向に折れているのに気が付いた。二人分の重量は、六枚の翼でも支えきれない。それでもバアルはテファを離すつもりはないようだ。


「問題大有りですの! 私が迷惑をかけるなんて、したくありませんのよ!」


 テファは強引にバアルの腕を振り解き、底知れぬ闇へと身を投げ出す。慌てて手を伸ばすバアルだが、届かない。


「輸血パック! ひゃあ、もうお上品とか考えてる暇ねぇですわね!」


 空中で青い血液の充填された輸血パックを取り出し、直接犬歯を使って封を切る。ゼリー飲料を飲むようにゴクゴクと喉を鳴らし、握り潰すようにして血液を補給したのち、テファは叫んだ。


「バアルさん、ちょっと噛みますわよ!」

『噛む……? なっ!?』


 眼鏡の奥の瞳が初めて驚きに揺れる。口元を青い血で濡らしたテファがバアルの肩に手をかけて抱き寄せ、そのすらりとした白いうなじに歯を突き立てた。ぷつり、と二つの噛み跡がバアルのスキンに刻まれる。だがそれ以上に、凄まじい活力がバアルの体内を巡り始めた。


「――『血液循環』ッ!」


 〈手当〉スキル、血液系テクニック。自身のブルーブラッドを他の調査開拓員と共有することで、ステータスを増幅させるというもの。一時的かつ疑似的ではあるが、モデル-オニの血酔状態に近い現象を発生させる。

 本来ならば同じ調査開拓員を対象に取るものではあるが、バアルもまたNPCではあれど機械人形には違いない。多少品質は劣るものの、互換性のあるブルーブラッドがそのスキンの下に流れている。

 逆に言えば、そこにテファのような調査開拓員の上質な血が流れ込めば――。


『感謝します、テファ様』


 漲る力が溢れるままに、バアルが力強く翼を広げる。折れた指骨も瞬く間に癒えて更に強靭なものとなる。彼女は今度こそ壁に深々と刀を突き刺し、急激に勢いを殺す。


「そ、底に辿り着きましたわ〜〜〜」


 長い長い落下時間を経て、二人は無事に地の底へと到達することとなった。


━━━━━

Tips

◇冥怒流

 とある調査開拓員が、NPCに深い愛情を注いだ末に開眼させた新たなる流派。奉仕と忠誠を柱とし、家を護ることに力を尽くす者のための技。


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