第1674話「途方に暮れて」※

 モジュール〈黒縄〉によって夥しい血を流しながらもエルフの魔法使いに勝利したテファは、ついに神殿の最奥へと辿り着く。重たい扉がゆっくりと開き、その向こう側へと彼女を誘なう。

 七つの列柱神殿、それを守る守護者。その姿を見るため、テファは覚悟を決めて踏み込んだ。果たしてそこで待っていたのは――。


「め、メイドさん?」

『おや。あなたはどこかで……』


 部屋に入ったテファはキョトンとする。円形の広々とした空間の中央に立っていたのは、ロングスカートと白いエプロンという古式ゆかしいメイドであった。すらりとした長身の美女で、理知的な瞳が銀縁に飾られている。

 まさか守護者が、と混乱するテファだが、すぐにメイドの頭上に浮かぶ青い逆三角形のビルボードを見つける。


◇リスナーあんのうん

あのメイドって、もしかして……


◇リスナーあんのうん

えっ


◇リスナーあんのうん

あれって……


「ソロモン七十二柱のメイドさん、ですの?」


 長身のメイドは恭しく一礼し、彼女の問いに答えた。彼女の背中から、大きな蝙蝠のような翼が広がる。精緻に人を模っていたシルエットに、異形のものが加わる。


『まさしく。私はソロモン様の忠実なる僕、七十二柱が第一位。ソロモン家筆頭メイド長――バアルと申します』


 ソロモンは調査開拓団においても非常に有名なプレイヤーである。その名前はアストラやレッジと並んで広く知られている。彼を一言で言い表すのなら、メイド狂。NPCのメイドロイドと多数の契約を交わし、彼女たちを独自の軍勢として育てているのだ。

 特にソロモン王七十二柱のメイドたちは、その凄まじい時間とリソースを注ぎ込んだ強さによって広くその名を知られている。筆頭メイド長、バアルはクールな見た目ながら、箒に仕込んだ刀を用いて強烈な近接戦闘を繰り広げる戦士だ。


「どうしてバアルさんがこちらに? ソロモンさんは?」

『我が主人は別の列柱神殿の攻略を行っております』


 その言葉にテファは瞠目する。バアルの言葉が正しいならば、彼女はNPCでありながら単独行動を取り、あまつさえ列柱神殿を攻略しようとしていることになる。


◇リスナーあんのうん

たしか、〈家事〉スキルがあったらメイドさん連れ歩けるんだっけ


◇リスナーあんのうん

にしたって完全放任ってあり得るのかよ


◇リスナーあんのうん

バアルは死んでも戻らないんだろ?

メイド卿の信頼が厚すぎる


 メイドロイドはNPCであり、死ねば復活することはない。にも拘らずソロモンはバアルを列柱神殿に単身で挑ませた。そしてバアルは主人の期待に応えて見せた。


「あの魔法使いなんて、いったいどうやって倒したんですの?」


 道中の戦士タイプであれば、まだ分かる。紅玉を狙えばNPCであれば十分に倒せる。〈取引〉スキルを用いて雇用できるNPCの傭兵なども、大金を積めばかなり強力な者と契約できるという。また、ペットや機獣も育成していけばかなりの強さになる。

 だが、プレイヤーの監督もなく単身で乗り込み、そして通常の攻撃が一切通用しない魔法使いタイプまで倒したメイドロイドがいるとは、テファもリスナーもにわかには信じ難かった。


『問題ありません、メイドですので』

「ええ……」


 真顔ではぐらかすバアルに、テファもそれ以上踏み込むことはできない。


◇リスナーあんのうん

メイドってすごいなぁ


◇リスナーあんのうん

やっぱメイドロイドって有能なんだなぁ

カミルちゃんもそうだし


◇リスナーあんのうん

俺もメイドロイド雇おうかな


◇リスナーあんのうん

ソロモン72とかカミルちゃんレベルはそうそう居ないだろ


◇リスナーあんのうん

それはそう


『私の職業適性検査の成績は、もともと総合0点でしたよ』


◇リスナーあんのうん

ええええっ!?


◇リスナーあんのうん

そんなメイドロイドいるの!?


◇リスナーあんのうん

というか、なんでコメント欄に反応できてるんだよ


『問題ありません。メイドですので』

「なんか勝手に話進めないでいただけます!?」


 どういう力を使ったのか、リスナーと会話を始めるバアルを見て、テファは慌てて口を開く。

 今重要なのは落ちこぼれどころか廃棄確定だったバアルが如何にして最強のメイドさんとなったのか、ではない。


「バアルさんが守護者を倒してしまったのなら、待つ必要がありますの。いったい、リポップにどれくらい時間が掛かるやらですわよ」

『ああ、その点であればご心配なく。私、まだ守護者は倒しておりません』

「へっ?」


 ボス前でのリポップ待ちはよくある風景だ。とはいえ短くとも十分程度は時間を持て余すことになる。それを予感して眉を寄せるテファであったが、バアルは首を横に振った。


『こちらの部屋は、どうやら守護者の間で間違いないようなのですが……。なぜか守護者が現れないのです』


 銀のアンダーリムを光らせて、彼女は周囲を見渡す。広々とした部屋に他の気配はない。異様な静寂が広がっている。


◇リスナーあんのうん

NPCが入っても反応しないとか?


◇リスナーあんのうん

それならテファ姉が入ったタイミングで何かしら変化があるだろ


◇リスナーあんのうん

メイドさんがやってくるのは想定してなくて困ってるに一票


◇リスナーあんのうん

出現にもギミックがあるタイプかぁ


 リスナーたちにも理由は分からないようで、困惑は広がる。テファは眉を寄せて腕を組み、その原因を考えた。


「アストラさんたちは問題なく守護者を呼び出せたのですよね。白神獣の仔を連れているか、カルマ値か。パーティ人数、は違うでしょうし」


◇リスナーあんのうん

見ろ、テファ姉のあの目を

テファ姉は深い思考にもぐった時あの目になるんだ。あの状態のテファ姉の推理力はホームズにも比肩すると言われているぞ。


◇リスナーあんのうん

考えてるんだ、この謎を!


◇リスナーあんのうん

心なしかバアルさんも期待しているみたいだぞ、頑張れテファ姉!


「……よし、決めましたわ」


 注目の集まる中、テファはひとつ頷いて剣を握る。


「守護者様ぁああああああああっ! いるなら出てきてくださいまし! 出ないなら、この辺りを手当たり次第に破壊し尽くしますわよーーーーーー!!!」


 大きな声でそう宣言し、彼女は剣で部屋をぶん殴り始めた。


━━━━━

Tips

◇封魔の仕込み箒

 強い力を宿した箒。内部に細い刀を仕込み、暗器としても使用される。持つ者に資格を求め、代償に見合った力を与えるという。


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