第1673話「黒縄の大蛇」※
エルフは厄介だが、弱点が明確だ。テファは入り組んだ構造を呈する列柱神殿内部を駆け抜けながら、立ちはだかる戦士エルフたちを次々に打ち倒していった。快刀乱麻を断つが如く、疾風の速度で滑らかに。そしてついに現れた、新たな敵。それもまた胸に赤い宝玉を埋め込んだエルフだった。
「とりゃあああああっ! ――ああああああっ!?」
視認と同時に勢いよく切り掛かったテファだったが、その威勢のいい声は驚愕へと変わる。彼女の武器、ダインスレイヴは敵の宝玉に直撃したにも拘らず、全く欠けていない。否、そもそも数ミリの隙間を残して剣先が届いていない。まるで見えない壁に阻まれたかのように、攻撃が到達していないのだ。
「な、なんですのこれは!? チートですわ! バグですわ!」
◇リスナーあんのうん
姉さんおちついて
◇リスナーあんのうん
多分ギミックあるタイプだよ
剣持ってないし
◇リスナーあんのうん
魔法使い型? 初めて見るな
慌てふためくテファをリスナーたちが宥める。カメラはしっかりとエルフの姿を映し出しており、彼女がサーベルの代わりにロッドのようなものを携えていることも確認できた。
目元を隠すような深いフードを下ろし、ゆったりとした布地のローブを纏っている。笹型の耳だけが飛び出し、エルフであることは分かった。
「騎士団の報告書にもこんなの上がってませんでしたわよ」
◇リスナーあんのうん
そもそも団長、報告書まだ書いてない説
◇リスナーあんのうん
実際あるからなぁ
◇リスナーあんのうん
他のプレイヤーから報告上がってない?
◇リスナーあんのうん
掲示板見てくるか
憤慨するテファであったが、そもそも初見攻略はイベントの花である。積極的に攻略wikiで予習してから挑む性格でもない。彼女はすぐさま気を取り直し、剣を構えた。
「『バーニングブレイド』ッ!」
炎の翼を広げながら剣が翻る。エルフはそれを後方に跳躍することで回避し、ロッドを構えた。
『ヤベェ。マジパネェー』
「何をごちゃごちゃ言ってますのーーーー!」
『激オコボンバー』
「ほわっっっちゃっ!?」
フードの下で小さく呟いていたエルフが、ロッドを振り下ろす。その瞬間、ロッドの先端から鮮やかな赤の火球が飛び出した。それは一瞬でテファの下へと到達すると、火花を散らして爆発する。
火属性耐性を高めているテファでさえ無視できないほどのダメージで、LPゲージがごっそりと削れた。
◇リスナーあんのうん
今の、機術っぽくなかったよな
◇リスナーあんのうん
火球だとして、あのサイズをあの速度で飛ばすとなると、もっと詠唱長いはず
◇リスナーあんのうん
いやまあ機術ってプレイヤーしか使えないし
◇リスナーあんのうん
まじで魔法使いなのかぁ
◇リスナーあんのうん
テファちゃんもう一回攻撃受けて。ついでに詠唱も聞いてほしいな
「マジで言ってんですの!? めっちゃあっちぃんですのよ!?」
リスナーの無茶振りにテファが目を丸くしている間にも、エルフは次々と火球を放つ。同時に10以上の火球を繰り出す様は、機術によるものとは雰囲気が異なる。アーツ特有の、ナノマシンパウダーによる青い燐光も見られない。
火球を避けながら対策を考えていたテファは、腹を括って距離を詰める。密着した方がむしろ当たらないと考えたのだ。しかし、エルフはそれも予想した。
『コッチクンナシ』
「ぎょわーーーーーーっ!?」
エルフがロッドの先端で足元の石床をコンと叩く。その瞬間、青白い光の波が周囲に広がり、テファは勢いよく吹き飛んだ。
◇リスナーあんのうん
て、テファ姉ーーーーー!
◇リスナーあんのうん
おもしろいくらいハマったなぁ
◇リスナーあんのうん
接近見てプッシュ余裕でした
「ぐ、ぐぬぬう。なんという卑劣な! 正々堂々戦うつもりはないんですの!?」
◇リスナーあんのうん
相手は非生物ぞ
◇リスナーあんのうん
落ち着いてテファ姉
◇リスナーあんのうん
攻撃効かない、弾かれるとなると、こりゃ大変だな
「はーもう分かりましたわ。そっちがその気なら私も魔法、使わせていただきますわ!」
剣を支えに立ち上がったテファへ、容赦のない火球の追撃が迫る。それを次々と回避しながら、彼女は叫んだ。
「“我が血を喰らえ、覇虐の黒蛇よ。のたうち、爬行し、咬み啜れ。其は王を弑殺すべき者。其は玉座を穢す者。圧政に征伐を、君臨に克復を。万衆の血は杯を溢れ、大地へ染みるだろう。豊穣はいずれ来らん。今こそは永劫の開闢なりし。我が怒り、我が苦しみ、我が怨嗟に誓いたまえ。穢らわしき邪悪の蛇よ”!」
長大な詠唱。MP3点に加え、血液量50%の喪失を代償とする、非常に強力なモジュールが発動される。ワルキューレ三姉妹が長姉テファによる魔法の行使が要請された。
彼女はダインスレイヴの刃で自身の手首を裂き、青い血を流す。それは地面へ落ちる前に霧散していく。まるで何かに吸い込まれていくかのように。傷口から全量の半分の血が流れ、テファの視界が霞む。急激な出血によって無数のバッドステータスが並ぶなか、彼女の足元で何かが蠢いた。
浮遊撮影端末の光と、列柱神殿の壁に掲げられた燭台の炎。それらが照らすテファの足元に、黒い影があった。その漆黒が揺れて、太く長いなにかが首を持ち上げる。
「――モジュール発動、〈黒縄〉」
テファが持つ3点のMPが全て消費される。それを合図に、枷から解き放たれた無数の大蛇が、彼女の影から飛び出した。それは勢いよくエルフの魔法使いへと牙を伸ばす。
エルフも次々と火球を放って応戦するが、あまりにも数が多かった。瞬く間にテファの姿も覆い隠した蛇の群れは、多少の損傷は気にする様子もなく殺到する。その蛇がエルフの肌に触れた瞬間、まるで熱した鉄でも押し当てたかのようにジュッと焼ける音がして、エルフが悲鳴をあげた。
蛇の群れは瞬く間にエルフを飲み込み、蹂躙する。それでもなお飽き足らず、石室の中を巡る。
◇リスナーあんのうん
テファ姉のモジュール禍々しくない?
◇リスナーあんのうん
やっぱそう思うよなぁ
◇リスナーあんのうん
かなり強力なんだけどなぁ
まあコストとリターンはあんまり釣り合ってないけど
◇リスナーあんのうん
MP3点消費に50%出血だろ。気絶するしLP消費倍増するし、防御力も紙になるよな。
◇リスナーあんのうん
最悪そのまま死ぬからねぇ
◇リスナーあんのうん
あ、扱いにくい!
リスナーもドン引きするような凄惨な光景は、20秒足らずで終わる。蛇たちは形を保つことができずドロドロと溶けるように崩れ、また影へと戻っていくのだ。
残されたのは、全身に荒縄を締め付けたような火傷跡を残して倒れるエルフと、出血過多で朦朧としながら、辛くも立ち続けるテファの二人だけであった。
「はぁーーー、はぁーーー……。ど、どんなもんじゃい、ですわぁ」
もはや舌を動かすのも億劫なはずだが、テファは勝鬨を上げる。そんな彼女の健闘を讃えるかのように、神殿最奥の扉がゆっくりと開いた。
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Tips
◇MB-B+〈黒縄〉
怨嗟の蛇を呼び起こし、その蹂躙によって強者を弑する。擦り潰された民草の怨念。上位者への叛逆。
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