第1672話「贋作妖精」

 エルフの戦士は傷を受けつつも、そこから一滴たりとも血を流していなかった。平然と立ち上がり、サーベルを構えている。その姿は浮遊撮影端末が克明に写し取り、配信に乗せて広く公開している。


◇リスナーあんのうん

生き物じゃないってどういうこと!?


◇リスナーあんのうん

見た感じは生身っぽいんだけどな


◇リスナーあんのうん

でも血が出てないあたりとか、かなり不気味だぞ


 コメント欄にも動揺が広まるなか、テファは油断なく剣を握りながら冷静に敵を見極めようとしていた。そして、鋭い眼光でエルフの胸元に光る紅玉を見つけた。


「あれは……。首飾りかと思いましたが、どうやら胸に直接埋め込まれているようですわね」


◇リスナーあんのうん

それって、八尺瓊勾玉ってことか


◇リスナーあんのうん

あからさまにコアなのだ!


 偶然と片付けることもできるだろうか。しかしテファやリスナーたちも、その胸元の紅玉に注目した。

 調査開拓員の活力の源である、八尺瓊勾玉。高度なエネルギーリアクターであり、LPを絶えず生産し、貯蓄している。三種の神器に数えられる最重要部品だ。当然ながら文字通りの心臓として、調査開拓用機械人形の弱点でもある。


「では、少々申し訳ありませんが……。『ハイパーダッシュ』ッ!」


 テファは一気に距離をつめる。エルフの戦士は機敏な反応でサーベルを繰り出すが、


「『クイックステップ』『サイドスラッシュ』『スラッシュ』ッ!」


 さらにテファは移動を伴うテクニックを立て続けに繰り出す。直線的かつ不規則な動きでエルフを圧倒し、その懐へと深く潜り込んだ。

 重厚な両手剣を持つテファは決して機動力に秀でるわけではない。ドレスアーマーも軽鎧に分類されるとはいえ、重量の嵩む金属製の機装である。特化型の軽装戦士には遠く及ばない俊敏性を、彼女はテクニックの連発によって補っていた。

 複数の消費LP圧縮バフと、容量に重点を置いた八尺瓊勾玉の強化。それにより、テファは大技の連発が可能になっている。残像を残しながら高速移動を繰り返し、エルフを翻弄する。


「『バックスラスト』ッ!」


 そして、背中に回り込んだ直後に両手剣を突き出す。エルフの胸に、赤い両手剣の刃が生える。透き通った宝玉が、硬質な音を立てて砕けた。


『クァ……ア……』


 途端にエルフは糸が切れたように崩れ落ち、膝を突く。薄暗い列柱神殿の広間に倒れたエルフは、四肢の末端から急激に灰色に変わり、ボロボロと崩れ始めた。まるで急速に風化が進むコンクリートのようで、瞬く間に原型すらとどめなくなる。


◇リスナーあんのうん

消えたぁ!?


◇リスナーあんのうん

なんだこれ


◇リスナーあんのうん

これ、団長は会ってるはずなんだよな?

そんな情報あったっけ?


◇リスナーあんのうん

たぶん団長、鎧袖一触でコア破壊して突破したんじゃないかな

急いでただろうし


◇リスナーあんのうん

ええ……


 この列柱神殿はすでに騎士団によって攻略済みである。しかし、攻略したのがアストラと銀翼の団の幹部連中であったことが災いした。彼らは時間を惜しむあまり、見敵必殺を極限まで極めていた。特にアストラの凄まじい戦闘力と天性の観察眼が合わさることで、本能的に胸元の紅玉を弱点として認め、貫いたのだ。

 紅玉を砕かれたエルフは即座に砂となる。解体などする暇もなく、それも情報の消失に一役買っていた。


「この奥、まさか偽エルフが一人だけというわけがありませんわね」


 テファはがらんとした広間を見渡し、奥へ続く扉を睨む。その向こうに待ち構えているものについて、大方の予想ができていた。


「うっし、じゃあ気合い入れていきますわよ!」


 えいえい、おー! と拳を突き上げて気炎を上げるテファ。コメント欄も賑わい、彼女は意気揚々と神殿の奥へと走り出した。


━━━━━


「偽物エルフ?」

「ええ。列柱神殿を攻略するとき、そういえばそんなものが居たなぁと思い出しまして」


 ウェイド、T-1、トヨタマ、レティ、ラクト、トーカ、エイミー、アイによるレッジの取り調べ尋問が行われている最中、アストラははたと思い出した様子で口にした。稲荷寿司を補給していたシフォンは手を止めて、その興味深い単語に首を傾げる。


「見た目はエルフのそれなんですが、胸元に赤い宝石が埋め込まれていたんです。それを壊したら倒れたので、特に気にせず進んでたんですが」

「はええ……。それってかなりビッグニュースじゃないんですか?」

「あはは。その時はレッジさんたちを支援するために急いでいましたからね。考察を巡らせる余裕もなくて」


 からりと爽やかな笑顔を浮かべるアストラに、シフォンは狐耳を垂れさせる。それにしてももう少し早く思い出していれば良かったのではないか。すでに少なくない数の調査開拓員が、列柱神殿の攻略に乗り出している。


「まあ、基本的には対人戦と同じ要領なので、楽なものですよ。FPOのNPCのAIは高性能ですからね。逆にブラフも効くんです」

「そういうこと言えるの、闘技場ランカーだけだと思いますよ」


 そもそも人型の存在を相手取るだけで、VRMMOという環境ではそれなりにやりにくいと感じるプレイヤーは多いのだ。あっけらかんと言い放つアストラに、そのあたりのことは理解できているのだろうか、とシフォンは怪訝な顔をする。


「それよりも、厄介なのは神殿の奥で出てくる魔法使い型ですね」

「はえ?」

「最初はサーベルを持った戦士型が出てくるんですが、順調に進んでいると魔法使いが出てくるんですよ」


 なんともエルフらしい話である。魔法と言えばエルフ、という典型的な構図を思い出し、シフォンも納得する。オフィーリアやレアティーズが魔法を用いるところもすでに確認されている以上、神殿のエルフが魔法を使うのは何らおかしいことではない。

 いったいそこの何が厄介なのだろうか。

 シフォンの視線を察したアストラは口元を緩めながら言った。


「魔法使い型のエルフ、どうやらモジュールを活用しないとまともにダメージも入らないんですよね」

「はええ……」


 これまで若干影の薄かったモジュールの活躍どきである。しかし、平時はほとんど出番がないからこそ、咄嗟にその使用を選択できるプレイヤーも少ないだろう。シフォンは現在の列柱神殿で阿鼻叫喚の戦いが繰り広げられていないか心配になるのだった。


━━━━━


「ほわーーーーーーーーっ!? な、なんなんですの、このエルフ!? 全然攻撃が効きませんわーーーーーーっ!?」


━━━━━

Tips

◇エルヴン・ファイター

 妖精族の屈強なる戦士。その魔力の全てを身体強化へと費やすことで、巌の如き強靭さと嵐の如き熾烈さを兼ね備える。湾曲刀を得物とし、領地を踏み躙る外敵を殲滅する。


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