第1671話「不死の戦士」※
「『
紅鉄の両手剣が盛んに炎を燃え上がらせて、薄暗い神殿内部を赤く照らし上げる。テファの繰り出した円を描くような大振りの一撃は、炎の尾を残して周囲へと広がる。
当たり判定、発生時間が長く、無数の敵を一網打尽にするにも機敏な敵を絡めとるにも便利な強力な剣技だ。さらにテファは火属性かつ斬撃属性の攻撃力を増幅させる支援アーツも併用し、その威力は凄まじいものとなる。
◇リスナーあんのうん
テファ姉の炎舞じゃ!
◇リスナーあんのうん
なんやかんやワルキューレ姉妹最大火力は伊達じゃねぇぜ!
◇リスナーあんのうん
これならば……敵も無事では済むまい!
配信に載せられたテファの華麗な剣捌きにコメントも加熱する。だが、次の瞬間、鮮やかな赤い軌跡を断ち切るように、銀の剣戟が迫った。
「ほわーーーーっ!? これだけやって火傷ひとつ負わないってどういうことですの!?」
業火に臆することなく飛び込んできたのは、昏い瞳のエルフ。滑らかな軽鎧を装い、手には湾曲した刃の剣、サーベルを持っている。長い深緑の髪を翻し、全く物怖じすることも、躊躇すらなくテファへ猛攻を仕掛ける。
次々と繰り出される鋭い斬撃を、此方は両手剣を盾に凌ぐほかない。テファは握りしめた柄に伝わる重い衝撃に、内心で舌を巻く。
「ぐぅ、なんですの、この強さ! ボスというわけでもありませんわね」
◇リスナーあんのうん
こいつ、列柱神殿の守護者じゃないのか
◇リスナーあんのうん
守護者は動物の姿してるはずだからな
◇リスナーあんのうん
一般通過MOBってこと!?
◇リスナーあんのうん
普通に闘技場のランカーくらい強いんじゃねぇの?
調査開拓員同士が武術の研鑽を積むために開かれた〈アマツマラ闘技場〉。そこのトップランカーは戦闘行動がデータ化され、誰でも戦えるようになっている。列柱神殿で待ち構えていたエルフの女戦士は、そのトップランカーにも比肩するような鋭い攻撃を繰り出していた。
「ええい、戦いにくいったらありゃしませんの! なんだかこの方、ちょっと変ですわよ!」
サーベルの振り下ろしをダインスレイヴで弾きながら呻く。テファは直に敵とやり取りをして、その違和感を明文化できないものの、肌で感じ取っていた。
彼女に追従する浮遊撮影端末は距離を取り、広角で広く画面を設定する。列柱神殿の入り口通路を抜けた先、扉の向こうに広がる一辺が30mほどの正方形の空間だ。テファの炎剣によって壁に刻まれた彫刻が影を滲ませて浮かび上がる。だが、あまりにも激しい攻防が、その詳細を見せる隙を与えない。
◇リスナーあんのうん
なんやかんやテファ姉強いな
エルフのレベルがどんなもんか分からんけど、かなり強いよな
◇リスナーあんのうん
テファ姉、むしろ対MOBより対人戦の方が得意まであるからなぁ
◇リスナーあんのうん
一時期そっちで賞金稼ぎしてなかったっけ
◇リスナーあんのうん
「平和主義なので原生生物の乱獲は致しませんの!」って言いながらランカーに挑んでた。首切りに目を付けられて涙目で逃げてたけど。
◇リスナーあんのうん
普通にめっちゃ実力者で草
テファがギリギリの戦いを繰り広げている間にも、コメント欄は加速する。彼女を応援する声も、増えてくる。テファ自身も視界の端に置いたコメントウィンドウの流れが激しくなるのを見て、カメラの向こうのオーディエンスを意識する。
「『火焔の幻影』! 『闇討っちゃん。『バックドラフト』!」
ジリジリと壁際に追い詰められていたテファが行動を起こす。大きな火焔が上がったかと思えば、彼女は一瞬にしてエルフの背後へ。直後、再び爆発が起こり、彼女は大きく後方――部屋の中央まで吹き飛んだ。
火柱によって相手の注目を一瞬だけ途切れさせ、その合間を縫って背後へ回るテクニックを半分だけ行使した。本来ならば背後に周り、次に攻撃を繰り出す『闇討ち』というテクニックを意図的に暴発させることで中断させ、その移動効果だけを抽出したのだ。そこに加えて爆発による後方吹き飛びを用いることで、一気に距離を取る。
◇リスナーあんのうん
でたーーーー!
テファ姉の自爆離脱!
◇リスナーあんのうん
火属性の機術剣士御用達の自爆技
◇リスナーあんのうん
普通にLP管理難しいんだよなぁ
下手すると自滅するし
テファは身体の前面に火傷を負いつつも、想定通りにコンボがつながったことに安心する。火属性機術を併用する剣士というスタイルを採用している彼女は、そのために火属性耐久値も高い。多少の火傷を負ったところで、すぐに癒える。
ただし、スキンは別である。テファがこだわり抜いた白い肌が焼け落ち、ところどころ金属筐体が露出してしまう。ぐるりと振り返りサーベルを構えるエルフに、テファは眉尻を吊り上げた。
「せっかく貼り直したスキンがお釈迦ですわーー! これいくらすると思ってるんですの!」
◇リスナーあんのうん
1500ビットの恨み!
◇リスナーあんのうん
めっちゃ安いやんけ
◇リスナーあんのうん
高級コスメ、テファ姉絶対買わんもんなぁ
プチプラだけでここまで可愛い顔にできるの凄いけど
エルフはそんなテファの怒りに動じることなく、軽やかな跳躍を見せる。
「ふはははっ! 隙を見せましたわね!」
それこそが、テファの狙いであった。距離を取れば敵は大技を繰り出してくる。数分にわたる攻防によってそのパターンを見出した彼女は、あえて隙を晒すことによって飛びかかり斬りを誘発させたのだ。
炎剣を翻し、高らかに叫ぶ。
「『機装展開』、“
声に応じ、剣は真なる姿を顕現させる。猛火が部屋全体へと広がり、灼熱のフィールドへ。さらに炎は深紅の血液へと変わり、床を覆い隠す。
「専用機装技、『赫灼の琰玉傷』ッ!」
テファの装いが猛火を揺らす豪奢なドレスへと変わる。猛々しい声と共に彼女は炎剣を血溜まりへと突き刺した。その波紋が広がると共に、部屋全域へとわたる血溜まりから、次々と燃える刃が飛び出し、空中を跳ぶエルフを貫いた。
機装、“咬み啜る血の装”の専用機装技。その中でも特に威力に秀でた大技である。血溜まりの中から無数の刃が現れ、敵を貫く。その刃のひとつひとつに吸血効果があり、敵の生命力をLPへと還元する。
テファはエルフを貫く血刃から生命力が送られてくることに、笑みを浮かべ――ぴくりと眉を揺らす。
「LPが回復しない……? ぬわああっ!?」
吸血によるドレイン効果が発揮されない。その違和感に気がついた直後、全身を貫かれたはずのエルフがぐるりと身を捻って着地した。
◇リスナーあんのうん
ええええっ!?
◇リスナーあんのうん
大技決まったのに!?
◇リスナーあんのうん
やったか!
◇リスナーあんのうん
あいつ、全身ズタズタになりながら抜け出したぞ
◇リスナーあんのうん
ていうか、血も流れてないな
◇リスナーあんのうん
なんなんだ、あのエルフ
異様な光景にコメントも困惑するなか、テファは剣を構えて眼光鋭く敵を見つめる。
「なるほど、そういうことですのね」
彼女は、四肢に深い傷を受けながらも平然と立ち、ぎこちなく動きつつも痛がる様子を見せないエルフを見極めた。
「あのエルフ、生き物ではありませんわ」
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Tips
◇『赫灼の琰玉傷』
機装“咬み啜る血の装”の専用機装技。周囲に灼熱の炎を広げたのち、血溜まりへと変換。血溜まりの中から吸血効果のある刃を生成し、血溜まり範囲内の敵を貫く。
発動時、回避不能の出血の状態異常を受け、血液量30%を失う。
“玉肌をひらき、深紅の甘露が流れ出す。灼熱は身を焦がす。血を啜り、漲る力を渇望する。”
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