第1670話「いざ列柱神殿」※

「皆様〜、こんにちワルキューレ! ワルキューレ三姉妹が長女、テファですわ〜!」


 浮遊撮影端末フロートカムに向かってにこやかな表情で手を振る、タイプ-ヒューマノイドの少女。赤い金属製の軽鎧に身を包みながら、白くすっきりと引き締まったウエストをちらりと覗かせている。新進気鋭というよりは中堅と呼ぶ方が相応しいような手慣れた様子を滲ませながら、淀みのない定型の挨拶を繰り出して、カメラに自身の後方を示した。


「私は今、第九回〈特殊開拓司令;月海の水渡り〉の最終フィールドとされている〈ホウライ〉へ来ましたの。ですが、肝心の大規模レイドが早々に終わってしまったので、やることがなくて困ってますわ〜」


◇リスナーあんのうん

こんワル〜


◇リスナーあんのうん

こんワル


◇リスナーあんのうん

急いでINしたのにもうイベント終わりかけで草


◇リスナーあんのうん

展開が早すぎるっぴよ


◇リスナーあんのうん

置いてかないで! 置いてかないで!


◇リスナーあんのうん

ノルンちゃんとレスタちゃんは普通に配信してなかった?

Gの群れを薙ぎ倒してた気がするけど


「ノルンとレスタは一足先にログインしてましたの。私は晩御飯の支度だけして追いかけようとしたら、一時間出遅れただけで……」


◇リスナーあんのうん


◇リスナーあんのうん

不憫すぎて草


◇リスナーあんのうん

お姉ちゃん家事当番だったばっかりに


◇リスナーあんのうん

でもリアル一時間遅れただけでイベント終わるのは普通にクソでは


◇リスナーあんのうん

それはそう


「どうやら今回も〈白鹿庵〉のおじさまがハチャメチャにやっていたようですわね。私も今ようやくちょっとずつ情報を集められているところですの」


 テファの手元にはウィンドウが並び、wikiや掲示板といった場所の情報を閲覧できるようになっていた。

 現実世界でも数日間に渡ったとはいえ、大規模イベントにしては終焉が早すぎた。日頃からFPOに入り浸っている気合いの入ったプレイヤーならばともかく、日中は学業や職務のある一般人からすれば、参加しづらいことに変わりはなかった。そのような不満が、テファの配信画面上にも流れている。

 テファはコメントの治安が悪くなりすぎないようにそれとなく調整を挟みつつ、それでも残念がって眉を下げる。


「おそらく、本来はここからまたリアル数日はかかるイベントだったはずですの。掲示板の方にも、おそらく想定解と思われるチャートが書かれてましたわ」


 そもそもイベントが早期に集結を見たのは、とある一般プレイヤーが掻き回したからである。シナリオAIが構築した本来のストーリーに則れば、もっと重厚なイベントとなったはずであった。

 テファは有志が作成したシナリオを配信画面上にも表示しつつ、ふんすとやる気を見せた。


「そこで、今回はすっかりスキップされてしまった列柱神殿の攻略からしてみたいと思いますわ!」


◇リスナーあんのうん

おお! 列柱神殿さん!


◇リスナーあんのうん

列柱神殿!? 死んだはずでは・・・


◇リスナーあんのうん

あの守護者から認められなければならないという、あの列柱神殿に挑むというのか


◇リスナーあんのうん

あれ、でも列柱神殿の守護者って団長が口説き落としてなかった?


「それはそうなのですが、別に後から挑戦もできるそうですの」


 下調べは完璧である。

 列柱神殿の守護者はいわば中ボスであり、一度倒せば終わりというものでもない。後続のプレイヤーも攻略を楽しめるよう、誰でも何度でも挑戦することができる。

 神殿の場所はすでに特定されてマップデータとして共有もされている。あとは挑むだけ、というおあつらえ向きの状態であった。


「レスタとノルンは向こうでお楽しみですので、今回は私ひとりで参りますわよ」


 愛剣、ダインスレイヴを掲げ、ワルキューレ三姉妹のトレードマークとも言える機装に身を包んだテファが高らかに鬨の声を上げる。


◇リスナーあんのうん

出発ですわよ〜〜〜


◇リスナーあんのうん

なんやかんや守護者との対決って見たことないからな

楽しみ


◇リスナーあんのうん

やっと守護者さんにも出番が!


◇リスナーあんのうん

おっさんが取り調べ受けてる今がチャンスですよ


 リスナーたちのコメントも加速して、テファは意気揚々と〈ホウライ〉の山裾へと飛び込む。作り物のような真緑のなかを迷いなく進めば、やがて他の遺跡とは一線を画する威風堂々とした佇まいの石造建築物が現れた。

 太い二本の柱によって入り口が支えられ、侵食する緑も跳ね除けるようにして屹立した姿は、古びてなお色褪せることはない。見るだけで、その仄暗い穴の向こうに何やら異様な気配が凄んでいるのを感じるほどであった。


「ここが守護者のハウスですわね!」


◇リスナーあんのうん

まあハウスと言えばハウスだけども


◇リスナーあんのうん

思ったより混雑してないな。みんなおっさんの取り調べの方が興味あるのか?


◇リスナーあんのうん

白化する前に倒したGが剥ぎ取り祭りだからな。貴重な黒神獣素材が山ほど取れるってんで、みんなそっちに行ってるんだ


◇リスナーあんのうん

あと、新キャラもそっちにいるしな


◇リスナーあんのうん

中華娘ちゃん可愛くてちゅき


◇リスナーあんのうん

そういえばウェイドと同じ外見のあの子、キャラがテファちゃんと被ってない?


「キャラとか言わないでくださいます!? 私、生粋のお嬢様でしてよ!」


◇リスナーあんのうん

そうわよ


◇リスナーあんのうん

スーパーの特売日はちょっと配信時間遅れるけど、テファ姉はお嬢様やぞ


◇リスナーあんのうん

お金持ちトークよりも節約トークの方が盛り上がるけど、テファ姉はゴージャスお嬢様なんだよなぁ


「ほら、分かってる方は分かってますのよ。というか、私のお嬢様具合はどうでもいいですの。それよりも、このダンジョンに潜っていきますわよ!」


 ノリのいいリスナーたちをいなしながら、テファは列柱神殿の奥へと足を踏み入れる。左右に古びた石像がずらりと並んだ通路を進めば、やがて重厚な扉が現れる。これは謎解きをしなければ開かない神殿の扉ではあるが、アストラが〈切断〉スキルを用いた斬撃でこじ開けた。

 生々しい破壊の跡が残る扉を越えれば、いよいよ列柱神殿内部である。


「さあ、鬼でも蛇でも出てきなさいな」


 赤い両手剣を構え、油断なく周囲を睨むテファ。コメントにも熱が入る。

 そんな彼女の目の前に、行く道を阻むかのように影が現れた。それは――。


「え、エルフ……!?」


 細長い笹型の耳をした、美しい女性。エルフの戦士だった。


━━━━━

Tips

◇列柱神殿

 レゥコ=ナイノレスの霊亀の各地に置かれた巡礼の要。不死なる戦士を超えた奥の間にて待ち構える守護者は、参拝者の来訪を待っている。


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