第1668話「毒を食らわば」
シフォンたちに押し切られそうになったその時、突然ミサイルが飛び込んできた。それが一体なんなのか理解するよりも早く、ぱかりと割れた筒の中から白い羽が飛び出した。
「うわぁ、トヨタマ!?」
どうして彼女がここに。後方にいたのでは。というか、このミサイルはウェイドが残していたスノーホワイト用のものか。
一瞬で色々な考えが浮かんでは消えていく。だが、
『見つけた! パパ!』
「げえっ!? こっちが見えてるのか!?」
煙幕の中から飛び出してきたトヨタマが真っ直ぐにこっちを見つめてきて、それどころではなくなった。俺はレゥコ=チィロックと共に巨人の胸元あたりにあるコアの中にいる。内側からはある程度外の様子が見えるものの、外からは見えていないものと思っていたのだが。
『パパ、隣にいる子だれ!? また女の子連れてきて、何やってるの!』
トヨタマは怒りをあらわにしてこちらを見ている。しっかり捕捉されているとみて間違いない。
というか、また女の子を連れてきて、って。そんなことは……。
『なんなんですの、あの子! 今すぐ叩き落として差し上げますわ〜!』
「チィロックのことか!」
俺がトヨタマを見たように、チィロックもトヨタマを見た。彼女は俺の隙をついて巨人の制御を奪取すると、腕を動かしてトヨタマへぶつけようとした。猛烈な勢いで鞭のようにしなりながら迫る。シフォンやアストラによって削がれているが、既に再生も始まっている。
「トヨタマ、避けろ!」
『むーーーんっ!』
俺の声は届かないと知りつつ、思わず叫ぶ。トヨタマに無慈悲な攻撃が叩きつけられる。そう覚悟した直後、彼女が翼を大きく広げて叫んだ。
『な、なんですの!?』
そして、今度はチィロックが驚愕する番だった。
トヨタマに向かっていた無数の腕。それら全てが滑らかに削がれている。いや、トヨタマを中心にした球形の範囲の空間が消滅したようだ。ちょうど、ディッシャーを用いてアイスクリームを掬い取ったように。
「物質消滅弾……っ!?」
その現象は見たことがあった。都市防衛設備に使用されている、物質消滅弾。それは着弾地点から一定範囲内の物質を、その空間ごと消し飛ばす。
トヨタマの行った攻撃は、その現象によく似ていた。
『きぃいいっ! 何が何だか分かりませんけど、小賢しいですわ〜〜〜!』
攻撃を阻まれたチィロックはムキになって追撃を繰り出す。だが、トヨタマが翼をひるがえすたびに空間が削れ、巻き込まれた腕も消える。それどころか、調査開拓員の放った攻撃や、ドローンといったものまで問答無用だ。
おそらく、調査開拓員であっても。
「なんなんだ、この力は。トヨタマの能力なのか?」
考察を始めそうになる。だが、その暇はない。はっと我に返りチィロックの肩を叩く。
「なあ」
『うっせぇですわ! 今忙しいですわ!』
「とりあえず、今のままじゃジリ貧だ。このままだと俺たちもあの物質消滅に巻き込まれる可能性がある。ちょっとだけ協力してくれないか」
『立場分かって仰ってますの!? 私、あなたもブチ殺したくてたまりませんのよ!』
「まあまあ、ちょっと落ち着いて」
『むぐぅうっ!?』
完全に頭に血が昇っているチィロックの唇を塞ぐ。彼女は顔を真っ赤にしながら、驚いた顔でこっちを見た。彼女の口の中に、ぐっと指を押し込む。
『んぐっ。――けほっ、な、何を!?』
「“血織の赤蔓”」
チィロックの顔が青くなる。慌てて吐き出そうと胸を叩くが、もう飲み込んでしまっただろう。彼女は俺を取り込んでこの巨人を産んだ時、俺が集合意識へ侵入した方法についても知っている。
あの鎧武者型の末路。全身の神経が植物の根に侵食され、生きながら傀儡へと変わる。自分の体が、自分の手から離れていく感覚。
『こ、この外道! なんてこと、なんてことを……ッ! うぅ、む、胸がっ!』
「俺に制御権を渡してくれ。そうしたら萌芽を止めてやる」
『くっ、くぅぅ……!』
苦悶するチィロック。彼女はレゥコ=チィロックという群体の中枢だ。彼女が死ねば、この眼下で暴れ回っている甲虫達も一網打尽にできる。女王に近づけば、全てを覆すことができる。
俺はインベントリからアンプルを取り出す。分かりやすく彼女の目の前で振ってやると、眉間に皺を寄せて睨みつけてきた。
「抵抗するのは自由だが、時間はないぞ。あの大きい鎧武者型でも、一分足らずで全身に回った。チィロック、君の身体はずいぶんと小さいな」
『このっ……それでも誇り高き調査開拓団……ぐぅうっ……』
「悪いが、ちょっと手段を選んでいられなくなったんだ。トヨタマの攻撃が熾烈になってる」
腕を抉っていたトヨタマが、巨人に身体まで近づいてきていた。もうまもなく、このコアまで到達するだろう。
チィロックは苦悩する。どちらを選ぶべきか。どちらへ向かうべきか。
「選んでいる暇はないぞ。もう十秒経った」
『……!』
「10、9、8、7……」
『分かったですわ! ――勝手に使いなさい!』
「よし、ありがとう、チィロック!」
制御権が俺に与えられる。巨人と意識が重なり、その無数の腕の指先までもが自由に動かせるようになった。思考分割も併用して、一気に完全掌握まで持っていく。
全身を巡る汚染術式を、集めていく。
『ちょ、ちょっとあなた! 約束が違うじゃないですか! まずは薬を渡すのですわ!』
チィロックが焦った声で縋り付いてくる。俺は巨人の掌握を進めながら、彼女の頭を撫でて謝罪した。
「すまん、チィロック。それはただのパチパチする飴だ」
『……はへ?』
きょとんとする少女。その顔がみるみる赤くなっていく。
『だ、騙しましたわねーーーーっ!?』
「一刻を争う事態だったんだ。ちょっと荒療治だが、耐えてくれよ!」
『何を言って――ひぎゃああああああああああああああああっ!?』
俺に襲い掛かろうとしてきたチィロック。だが、その拳が届く寸前、彼女が悲鳴をあげて吹き飛んだ。
「そうだ。いいぞ、トヨタマ!」
俺の目の前にトヨタマがいる。彼女は俺と目が合っていた。
巨人の腕を彼女に食わせる。両腕を捧げるようにして。巨人の全身に巡る汚染術式の黒々とした澱を、消し飛ばしてもらう。
『ぐぅう、い、いぎぃ、痛いですわ!』
「耐えてくれ、チィロック。これしか方法が思いつかないんだ」
巨人が黒いのは、汚染術式に侵されているからだ。そして、トヨタマがそれを消し飛ばせるというのなら。巨人の制御を奪い、全身を巡る汚染術式を両腕に集める。それを食ってもらうのだ。
『力が、抜けていきますわ! このままじゃ死んでしまいますわ!』
倒れたチィロックが叫ぶ。俺は彼女の口にまた手を突き出した。
『むぐぅぅっ!? んぐっ!? ま、また食べてしまいましたわーーーっ!? こ、今度はどんな毒を!?』
どったんばったんと暴れ回るチィロック。それだけ元気があれば、そろそろ気付いて欲しいんだが。
「SHIRATAMAっていうバカみたいにエネルギーの高い食べ物だ。それを食べれば、飢餓感も収まるだろう」
『ほ、本当ですわ!? ってめっちゃくちゃ甘いですわ!? おええええっ!』
甘いのは苦手なタイプだったか。ウェイドと同じ外見とはいえ、味覚まで一緒になる訳ではないらしい。
「とにかく、白玉でエネルギーを補給しつつ汚染術式を消す。他の甲虫たちを任せてもいいか?」
『ぬぅぅ……』
トヨタマが次々と黒い腕を吹き飛ばしてくれたおかげで、巨人全体の黒色が少しずつ薄くなっている。それはつまり、チィロック本人の汚染が薄らいでいるということだ。
『……なんだか頭がすっきりしてきましたわ。私、使命を間違えていたみたいですわ』
落ち着いたチィロックは冷静に言う。もう、話は通じるようだ。
『ちょっとパパ! 聞いてるの! 詳しく話して! もう、この腕なんなの!』
とりあえず、トヨタマが満腹になるまで汚染術式が保てばいいんだが。
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