第1666話「邪神内部」

「うおおおおっ!? 危なっ!? トーカめ、迷うことなく首を狙いに来たな」


 ごっそりと半分以上削がれた首を慌てて再生させる。全身をめぐるエネルギーの配分を調整して、カツカツのなかで傷を癒していく。なんとか一命を取り留めても、今度はラクトが足を凍らせてくるし、エイミーがバチボコに殴りかかってくる。

 特に大変なのは、ウェイドの管理者専用兵装だ。


『でりゃあああああっ!』

「ぬわあああっ!? ほ、本当に手加減ってものを知らんのか!」


 銀の斬撃は刃から離れて飛び、俺の身体を切り付ける。おかげで一太刀で腕が二、三本落とされることもあって大変だ。

 なんとか交渉をしたいのに、向こうが聞く耳を持ってくれない。


「おーーい! 止まってくれ――」

『死ねですわ! この裏切り者の異分子がですわ!』

「ええい、こっちもこっちで大変だな!」


 大慌てで巨人の両手を挙げて降参の意を占めそうとすると、横から小さい少女が飛びかかってくる。背中の翅を巧みに利用した鋭い飛び蹴りを放ってきたのは、何を隠そうこの巨人の真の主人で、甲虫たちの女王である。


「落ち着いてくれよ、レゥコ……えっとなんて言ったっけな」

『レゥコ=チィロックですわ! いいかげん名前を覚えなさいな!』

「そうだったそうだった。チィロック、とりあえずここは落ち着いて――」

『これが落ち着けるはずないですわ!』


 シュババババッ! と鋭い蹴りが連続で繰り出される。それを避けつつ、交渉の余地はないかと肩を落とす。

 彼女こそが甲虫たちの集合意識の中で城を構えていた女王であり、俺は彼女の元へと訪れた。謁見の間(と暫定的に呼んでいる)で彼女との拝謁が叶い、そして次世代の甲虫を産むための糧となった。

 甲虫たちは全てレゥコ=チィロックという一人の第零期先行調査開拓員を構成するものだ。それらが全て、汚染術式の影響を受けて暴走している。俺はその中で主格となる“女王”と接触し、彼女をこうして戦場に引き摺り出したというわけだ。


『この私をこんな矮小な身体に封じ込めて、いったい何がしたいんですの!?』

「その外装は管理者のデータを流用しただけというか。とにかく、話ができないと始まらないだろ」

『あなたの命はここで終わるのですわ!』


 再び猛攻が繰り出される。とはいえ、小柄なフェアリータイプを土台にした外装を適用しているから、避けるのは容易い。

 彼女の頭を押さえながら、なぜこんなことになったのかを振り返る。

 レゥコ=チィロック。無数のグソクムシ型の有機外装を統率する群体型の第零期先行調査開拓団。彼女はレゥコ=ナイノレスが術式的隔離封印杭として自己封印を行なった後の周辺環境の維持を担っていた。しかし、なぜかエネルギー供給源となるはずの生命の種(偽)が落ちて来ず、機能不全に陥っていた。そんな折に俺たち第一期調査開拓団がやって来たので、エネルギー供給のため襲いかかってきたわけだ。

 ところが、そのどさくさの中で封印杭から汚染術式が漏出し、さらに生命の種(偽)が降ってきた。両方を取り込んでしまったチィロックは、汚染に侵されながら暴走するという最悪の結果を迎えてしまった。

 そこで俺がチィロックの集合意識の中へと入り、女王と謁見。彼女に情報的な枷を与えた。それが、この小さな少女の姿である。


『今すぐ全員皆殺しですわ! 破壊ですわ! マッシュマッシュですわーーー!』

「ずいぶん錯乱しちゃってまあ」


 チィロックは言語機能こそ失っていないものの、行動原理が殺戮に塗りつぶされている。今も俺と共に生み出した巨人の制御権を奪って、調査開拓団に攻撃を繰り出そうとしている。

 この巨人の生成時になんとか俺の制御権限をねじ込めたものの、油断はできない。チィロックがこうして巨人の中にまでついてきて、物理的に攻撃してくるのだ。


「レティ、助けてくれ!」


 仲間に向かって祈るも、声は届かない。俺は今、巨人の体内に封じられている。


━━━━━


『……むむっ?』

「どうかしましたか、トヨタマさん」


 レッジとチィロック入りの巨人が暴れ回っている〈ホウライ〉から遠く離れた〈塩蜥蜴の干潟〉。〈エウルブギュギュアの献花台〉前に作られた基地で待機していたトヨタマが顔を上げる。ぱたぱたと翼を揺らす彼女を見て、駐在の調査開拓員が首を傾げた。


『何か、異変が起きているような気がする』

「異変? まあ、前線の方は大変みたいですよ。でっかい亀に上陸したらゴキブリの大群が襲ってきて、おっさんが雷と一緒に落ちてきたらウェイドさんが食料枯渇させたとか」

『何をやってるの?』

「一応調査開拓活動の一環のはずですが」


 自分にも分かりません、と調査開拓員は肩を竦める。前線に出張っている者だけでなく、こうして後方でのんびりとしている方が性に合っている彼は、時折上がってくる報告をラジオ感覚で聞くくらいである。


『むー、なんだか胸騒ぎがする。パパが別のおんなといる』

「女の勘ってやつですか?」

『むぅぅ』


 身体は大きいが、トヨタマの精神年齢は幼い。調査開拓員はぷっくりと頬を膨らませる彼女を見て、思わず相好を崩した。


「そんなに気になるなら行ってみます?」

『いいの!?』

「俺の責任にならなけりゃいいですよ。ほら、ウェイドさんが準備してた除草剤散布用のミサイルがまだ残ってますし」

『行く! わたしもパパのところに行って、確かめる!』


 不真面目な調査開拓員は、やる気を燃やすトヨタマを見て頷く。彼女が行きたいというのなら、行かせてやるのが調査開拓員としての役割である。ミサイルの中の除草剤を取り出せば、彼女が入るスペースは捻出できるだろう。


「じゃ、ちょっと待ってくださいねー」

『よろしくね』


 さっさと準備を始める調査開拓員。彼の作業を見守りながら、トヨタマは〈ホウライ〉の方角を睨みつけるのだった。


━━━━━

Tips

◇外装データ“管理者”

 管理者ウェイドによって作製された、管理者専用筐体の外装データ。有志によってデータがCDBにアップされ、自由に使用可能となっている。


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